化物[8]
典膳は、何が起きたのか理解できないまま、自分の首元へ手を伸ばした。
指先に触れたのは、熱い血だ。
頸動脈を断たれた身体が、ゆっくりと傾く。
手から滑り落ちた雷振筒が、床にぶつかって鈍い音を立てる。
そして、典膳はそのまま動かなくなった。
勘兵衛は、しばらく刀を構えたまま立ち尽くしていた。
耳鳴りがする。
硝煙が漂う納戸の中で、撃たれたのかどうかさえ、一瞬分からなかった。
だが、身体に痛みはない。
床に転がった雷振筒を見下ろし、勘兵衛はようやく息を吐いた。
間一髪。
勘兵衛は刀を下ろし、典膳の傍らでしゃがんだ。
そして雷振筒を拾い上げる。
「これは、貴様が触れて良い鉄砲ではない」
吐き捨てるように言った。
「あーあ、殺しちまったか」
背後から、呆れ混じりの声がする。
振り返ると、化物が戸口に立っていた。
相変わらず、何事もなかったかのような顔だ。
「こんなことをして、左近のジジイに叱られねえか?」
「手向かいしたからな……」
勘兵衛は、短く答えた。
それ以外に言いようがなかった。
典膳は、間違いなく自分を殺そうとした。
しかも、雷振筒を使って。
あの場で斬らなければ、自分が撃たれていた。それだけのことだ。
「それに、もう捜し物は見つかった」
勘兵衛は納戸の奥へ目を向けた。
そこには、二つの箱と三つの弾丸箱が置かれていた。
箱を開けて中身を確認する。
雷振筒、十二挺。
弾丸、三千六百発。
残る四十八挺と一万八千発は、すでに小早川家の手に渡っていると考えるのが自然だ。
それでも、これで典膳が犯人であることを示す証拠は押さえた。
そして、犯人である典膳はもうこの世にいない。
勘兵衛は、複雑な思いで雷振筒を見つめた。
真相を暴くことと、事件を収めることは、必ずしも同じではない。
だが、すべてが片付いたという実感は、まだなかった。
「おい、血を拭って着替えなよ」
化物が、手拭いを放ってよこした。
「そのまま帰ったら、町の連中が腰を抜かすぞ」
「あ、ああ……」
勘兵衛は、受け取った手拭いを手にして頷いた。
そのとき、ふと化物の姿が目に入った。
化物は、すでに着物を脱ぎ、褌一丁になっていた。脱いだ着物を脇へ置き、身体についた血を拭い始めている。
その身体を見て、勘兵衛は思わず言葉を失った。
右腕には、古い刀傷が一本、深く刻まれている。
だが、それ以外に目立った傷は、ひとつも見当たらない。
勘兵衛は、そこに奇妙な違和感を覚えた。
傷がひとつしかない。
「……いつまで見てんだ?」
化物が、怪訝そうに顔を向けた。
「男の身体が珍しいのか?」
「い、いや! そういうわけでは……」
勘兵衛は、慌てて視線を逸らした。
化物は、呆れたように鼻を鳴らすと、再び身体を拭き始めた。
その仕草には、先ほどまで何十人もの命を奪っていた男とは思えないほどの気楽さがある。
勘兵衛は手拭いで顔を拭い、納戸にあった着物へ着替えた。
血に濡れた衣服を脱ぎ捨て、帯を締め直す。
そうして身なりを整えた頃、廊下の向こうから大勢の足音が聞こえてきた。
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