化物[7]
「お前らでは、何人いようが相手にならん」
化物は、刀を構え直しながら言った。
その声は、先ほどまでと変わらず落ち着いている。
「命を粗末にするな。いくら銭をもらっても、三途の川に持っていけるのは六文だけだぞ」
誰も答えない。
用心棒たちの顔から、血の気が引いている。
目の前にいるのは、ただ剣の腕が立つ男ではない。
こちらが何人でかかろうと、恐怖に呑まれることなく、淡々と命を奪っていく化物だ。
しかも、息ひとつ乱していない。
その事実が、彼らの心を折り始めていた。
広間の中央に、二人の男が立っている。
勘兵衛と化物。
着物は血に染まり、頬にも、腕にも、返り血が飛び散っている。
赤く染まった二人の姿は、まるで赤鬼のようだった。
足元には、幾人もの死体が転がっている。
畳の目に沿って血が流れ、畳の縁を越えて廊下際にまで赤黒い水溜まりが広がっていた。
その光景を前にして、ついに一人の用心棒が刀を取り落とした。
からん、と乾いた音が響く。
誰も、それを咎めなかった。
もう、戦う気力など残っていない。
「ひっ……ひぃぃっ!」
最初に逃げ出したのは、ほかならぬ典膳だった。
顔を引きつらせ、腰が抜けそうになるのを必死にこらえながら、出口へ向かって駆け出す。
その姿を見た用心棒たちも、我先にと逃げ始めた。
雇い主が逃げたのだ。
命を懸けてまで、ここに留まる理由はない。
「待て、典膳!!」
勘兵衛が叫んだ。
ここで逃がせば、すべてが水の泡だ。
喜平が命を懸けて残した手掛かりも、雷振筒を追い続けてきた苦労も、何もかもが無駄になる。
勘兵衛は倒れた男たちを避け、典膳の後を追った。
「ば、化物ぉぉっ!!」
典膳は廊下を転がるように走り抜け、屋敷の奥へと逃げ込んだ。
足音が乱れ、息が上がる。
もはや、取り繕う余裕などなかった。
あの、ふざけた口調の男。
典膳は、奥の部屋に飛び込む。
納戸だ。
壁際には衣類や道具を収めた箱が並び、窓から差し込む月光が、床の一角を青白く照らしている。
典膳は、そこに身を潜めるように腰を下ろした。
そして、震える手で傍らの箱を開けた。
中にあったものを掴み、両手で構える。
雷振筒だ。
銃身は磨かれ、弾倉に弾丸は装填されている。
これがあれば、まだ助かる。
やがて、廊下から足音が近づいてきた。
典膳は息を殺し、雷振筒の銃口を戸口へ向けた。
足音が止まる。
次の瞬間、板戸が勢いよく開け放たれた。
「観念して縛につけ!」
勘兵衛が怒声を上げた。
その姿を見た瞬間、典膳の顔に、引きつった笑みが浮かんだ。
「くっ、くくっ……ここまで追ってきたのが、運の尽きよ!」
声は震えていた。
それでも銃口は、まっすぐ勘兵衛を捉えている。
勘兵衛の足が止まった。
雷振筒。
それも、紛れもない本物だ。
探し続けてきたものが、よりによってこの男の手にある。
勘兵衛の胸の奥で、熱い怒りが燃え上がった。
「典膳!!」
「死ねいっ!!」
典膳の指が、引き金を絞った。
乾いた銃声が、納戸の空気を引き裂いた。
同時に、勘兵衛の身体が動いた。
銃声。
火薬の匂い。
そして、どさりという鈍い音。
すべてが、ほとんど一瞬の出来事だった。
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