化物[6]
勘兵衛の刀が、鈍い音を立てた。
刀身には血と脂がこびりつき、刃先には目に見えるほどの刃こぼれが生じている。切先から半ばにかけて、もはやまともな切れ味は期待できそうにない。
二人を斬っただけで、これである。
先ほど、化物が刀を捨てて別の刀に持ち替えた理由が、ようやく身に染みて理解できた。
「お前のを使わせてもらうぞ」
勘兵衛は、足元に倒れた二人目の男から刀を抜き取った。
手に馴染むかどうかなど、確かめている余裕はない。
刀は道具だ。生き残るために使い、使えなくなれば替える。
「さあさあ、まだ続けるか?」
化物が、気の抜けた声で呼びかけた。
血の匂いが充満する広間で、その口調だけが妙にのんびりしている。
「今なら、逃げても追いかけんぞ」
冗談めかした言い方だった。
だが、用心棒たちには笑えない。
彼らの足元には、すでに幾人もの仲間が倒れている。
だからこそ、ここで逃げるという選択肢が、かえって現実味を帯びてしまう。
恐怖に駆られ、誰かが一歩後ずさった。
その動きを見た典膳が、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「さっさと殺せ! 奴らを殺した者には千両をくれてやる!!」
千両。
その言葉に、用心棒たちの目の色が変わった。
「おおおおっ!」
叫び声が上がる。
一人が踏み込み、二人が続き、さらに後方から別の男たちが間合いを詰める。
今度は、一人ずつではない。
数の利を生かし、二人、三人と同時に襲いかかる。
広間は一瞬にして乱戦の場と化した。
刀がぶつかり合う音。
怒号。
悲鳴。
畳を蹴る足音。
そして、血の匂い。
つい先ほどまで人が座り、言葉を交わしていた広間が、たちまち地獄へと変わっていく。
化物は、その地獄の中心にいた。
いや、正確には、地獄を生み出しているのがこの男だ。
襲いかかる刀を紙一重で躱し、相手が体勢を崩したところへ刃を走らせる。余計な動きは一切ない。大きく振りかぶることも、力任せに押し切ることもない。
一太刀。
それだけで、また一人が倒れる。
化物は敵を斬りながら、勘兵衛の周囲にも気を配っていた。
勘兵衛に向かってくる者がいれば、間に合う範囲で先に斬る。勘兵衛が一人を相手にしている間に横合いから迫る敵がいれば、最小限の動きで阻む。
そのすべてが見えているのではないか。
勘兵衛は、戦いながらそんな錯覚を覚えた。
「危ない!!」
勘兵衛が叫んだ。
三人の用心棒と対峙していた化物。その背後から、別の男が刀を振り上げていた。
死角を突いたつもりなのだろう。
だが、化物はすでに気づいていた。
背後の気配。
踏み込む足音。
刀が空気を切る微かな音。
そのすべてを察知し、次の瞬間には身を捻って斬り返すつもりだった。
しかし、化物が動くより早く、勘兵衛が飛び込んだ。
間に割って入る。
相手の刃を受け流し、返す刀で斬り伏せた。
男が崩れ落ちる。
勘兵衛はすぐさま化物へ視線を向けた。
「大事ないか!」
「……ああ」
化物は、一瞬だけ目を見開いた。
余計なことを、と苦笑が漏れそうになる。
自分の身を案じる者など、いつ以来だろうか。
勘兵衛は、まだ刀を構えたまま周囲を警戒している。
己の方が危険な立場にいるというのに、自分の無事を確かめていた。
──なるほどな。
──左近のジジイが、こいつを気に入るわけだ。
だが、感心している暇はない。
まだ敵が残っている。
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