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Last rewrite  作者: 蒼了一


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207/219

化物[5]

 男は、完全に場を支配していた。


 広間の中央には、血に染まった畳と四つの死体。そして、只中に立つ一人の男。


 その姿を前にして、勘兵衛は言葉を失っていた。


 つい先ほどまで、この広間を支配していたのは典膳の側だった。三十人を超える手練れを揃え、逃げ道を塞ぎ、獲物を追い詰めたつもりでいた。


 ところが、蓋を開けてみればどうだ。


 人が斬られ、血が流れ、命が消えていく。その中心にいる男だけが、まるで縁側で日向ぼっこでもしているかのように、泰然としている。


 典膳は、目の前で何が起きているのか、まだ理解しきれていない様子だった。


 だが、ひとつだけはっきりしていることがある。


 人数では、依然として典膳側が圧倒しているのだ。


 いくら目の前の男が化物であろうと、三十人を超える手練れを相手にできるはずがない。一人や二人ならともかく、四方から同時に襲いかかられれば、どれほどの達人であろうと対処しきれるものではないからだ。


 それが常識というものだ。


 そして、この場にいる者の大半は、まだその常識にすがっていた。


「な、何をしている!! そいつから始末しろっ!!」


 典膳が金切り声を上げた。


 指さした先にいるのは、化物ではない。


 垣屋勘兵衛だ。


 この男さえ始末してしまえば後はどうにでもなる。そう悟った典膳は、必死に声を張り上げた。


 そして、その命令に反応した用心棒が、一人、勘兵衛へと飛びかかった。


「ぐっ!」


 頭上から振り下ろされた刃を、勘兵衛は咄嗟に刀で受け止めた。


 ガキンッ!


 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散る。


 相手は力任せに押し込んできた。腕にずしりとした重みがかかり、勘兵衛の足が畳を滑る。


 だが、真正面から力比べをする必要はない。


 勘兵衛は相手の刀を斜めに受け流した。


 刃が逸れ、男の身体が前のめりになる。


 その瞬間、勘兵衛は一歩踏み込み、腰を回した。


「ぎゃあっ!」


 水平に薙いだ刃が、男の腹を深々と切り裂いた。


 男は腹を押さえ、苦悶の声を上げながら畳に崩れ落ちた。


 勘兵衛は、その姿を一瞥することもなく、すぐさま刀を構え直した。


 敵はまだいる。


 気を抜けば、次の瞬間には自分が死ぬ。


 それだけは、嫌というほど分かっていた。


「貴様ぁっ!」


 二人目の男が斬りかかってきた。


 勘兵衛は、相手の刀が振り下ろされる寸前に身体を沈めた。


 刃が頭上を通り過ぎる。


 そのまま相手の攻撃線から身を外し、死角へと滑り込む。


 浮舟から山陰へ。


 新陰流に伝わる技の理合を、勘兵衛は実戦の中で体現していた。


 相手が体勢を立て直すより早く、勘兵衛の刀が走る。


 死角から斜めに斬り上げた刃が、男の脇から胸へと抜けた。男は声を上げる間もなく、畳へ倒れ込んだ。


 鉄砲方の家に産まれた。いずれ跡を継ぐ身であれば、槍や弓を修めても使い道はない。だからこそ、勘兵衛は剣術を選んだ。


 幼い頃から刀を握り、諸国の兵法者に教えを請い、やがて柳生石舟斎の門を叩いて、新陰流の目録を得るに至った。


 槍と弓、そして鉄砲が主役のこの時代、剣術一本を極めた武士は、決して多くはない。


 その修行の積み重ねが、今この修羅場で、勘兵衛の命を繋いでいた。


「ほう、ほう」


 少し離れた場所で、化物が感心したように声を漏らした。


 用心棒たちの動きを警戒しながらも、その視線は時折、勘兵衛の剣筋を捉えていた。


 ──石舟斎先生にきっちり仕込まれたようだな。


 これなら、そう簡単には大怪我をするまい。


 もっとも、それと生き残れるかどうかは別の話だ。

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