↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last rewrite  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

205/219

化物[3]

「これは垣屋様。斯様な時間に、お供ひとりだけで……いったい、いかがされましたか?」


 典膳は大袈裟なくらいに目を見開いた。


 夜の屋敷には、昼間とは違う静けさがあった。


 広間には二十畳もの畳が敷き詰められ、磨き上げられた柱には行灯の淡い光が揺れている。


 贅を凝らした造りだ。


 側用人風情が住まうには、明らかに分不相応。


 この屋敷そのものが、典膳という男の財力を無言のうちに物語っていた。


「至急、確認したいことがあってな。不躾とは思ったが、こうしてまかり越した」


「……ほう。それは、どういったご用件で?」


 典膳は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を傾げる。


「昨日、ある寺男が殺された。名を喜平という」


「はあ……左様なことがございましたか」


 声に驚きはあった。


 だが、それだけだった。


 喜平を殺した張本人であるというのに、まるで今初めて聞いた他人事のように、典膳は眉を上げてみせる。


 その芝居がかった表情が、勘兵衛には妙に癇に障った。


「喜平は知っていたのだ」


「なんのお話でしょうか?」


「関ヶ原のあの日、当家は六十挺の雷振筒と、二万一千六百発の弾丸を奪われた」


「存じておりますとも」


 典膳は、さも当然というように頷いた。


「その不埒な下手人を捜すお役目を、近江宰相様よりお任せいただいているのが、この典膳にございますからな」


 白々しい。


 だが、顔には出さない。


「奪った者は、三百貫以上もあるその荷を、ある寺に隠した」


 勘兵衛は典膳の目を真っ直ぐに見据えた。


「喜平はその寺の者だ。そして、荷を持ち込んだ男の顔を見ている」


「ほう……」


 典膳の眉が、ほんの僅かに動いた。


 だが、それも一瞬のことだった。


「左様でございましたか」


「喜平は、はっきりと言った」


 勘兵衛は一呼吸置いた。


 広間の空気が、わずかに張り詰める。


「その男とは──典膳、貴様だ」


「……!」


 典膳は大きく身を震わせた。


 まるで身に覚えのない濡れ衣を突然着せられたかのように、両手を広げる。


「まさか、まさか!」


 声まで裏返してみせた。


「垣屋勘兵衛様ともあろうお方が、斯様な下賤の輩の戯れ言を真に受けるとは! この私めが雷振筒を盗んだ不届き者などと……!」


 典膳は大袈裟に首を振る。


「そもそも、その寺に雷振筒が持ち込まれたという話自体、作り事ではございませぬか?」


 勘兵衛は黙って典膳を見た。


 正しい。


 証言者は、もういない。


 喜平は死んだ。


 今この場に残されているのは、死人が残した証言だけ。


 それだけでは、水掛け論にしかならない。


 典膳もそれを知っている。


 だからこそ、その口元には余裕があった。


「寺に運び込まれたのは間違いない」


 勘兵衛は静かに言った。


 そして懐へ手を入れる。


 取り出したのは、小さな金属の塊だった。


「これは?」


「喜平が持っていた雷振筒の弾丸だ」


 勘兵衛は畳の上にそれを置いた。


「住職の考顕和尚も、荷が寺に運び込まれたことを認めている。もはや煙に巻こうとしても、それは通らんぞ」


 典膳の笑みが、僅かに固まった。


 だが、すぐに元へ戻る。


「確かに……雷振筒が寺に隠されたという話が真だとして」


 典膳は弾丸を見つめ、それから勘兵衛へ視線を戻した。


「なにゆえ、私がやったと?」


 声は穏やかだった。


「その喜平とやらの見間違いということもありましょう。それだけで下手人と決めつけられるのは、いささか理不尽にございます」


 鼻で笑う。


 その顔には、勝ちを確信した者の余裕があった。


 だが、勘兵衛は一歩も退かなかった。


「典膳」


 低い声だった。


「貴様は雷振筒を闇で手に入れ、加賀様に譲ったと言っていたな」


「それが、いかがされましたか?」


 典膳は肩をすくめた。


「私は闇に流れた雷振筒を、持つべきお方の元へお運びしただけにございます」


 そして、薄く笑う。


「そもそも、筒を失くすような御家が、それを独占していることこそ、天下の安寧にはよろしくありますまい」


 あまりにも堂々とした言い草だった。


 盗人が、まるで世のため人のために働いた義士であるかのように語っている。


 勘兵衛は表情を変えなかった。


「それでは、この屋敷の蔵をあらためさせてもらう」


「……何と?」


「貴様の役目が、本当に闇商人と加賀様を繋ぐだけのものならば、ここに雷振筒があるはずはないからな」


 その瞬間だった。


 典膳の目から、ほんの僅かに笑みが消えた。


 勘兵衛は見逃さなかった。


「それは、なんと……」


 典膳はゆっくりと立ち上がる。


「ここは加賀大納言家のご縁に連なるお屋敷ですぞ。いったい、いかな権能でお改めになると申されるのか」


 声から、先ほどまでの柔らかさが消えていた。


「それとも──」


 口元だけが笑う。


「垣屋様は、とうとうご乱心なされたか」


「ならぬと言うなら……」


 勘兵衛も立ち上がった。


 衣擦れの音が、広間に小さく響く。


 その手が、ゆっくりと刀の柄へ伸びる。


「腕尽くでも……だ」


 静寂。


 一瞬、誰も動かなかった。


 次の瞬間。


「乱心者だ! 皆、出会え!」


 典膳が鋭く叫んだ。


 同時に、両手を大きく打ち鳴らす。


 パンッ、と乾いた音が広間に響いた。


 それを合図に、三方の襖と障子が、一斉に開いた。


 暗がりの向こうに、男たちがずらりと並んでいた。


 その数は、ゆうに三十を超えている。


 皆、黙って勘兵衛を見つめていた。


 最初から、そこに潜んでいたのだ。


 ──やはり、そういうことか。


「ここで俺を始末する気か?」


 勘兵衛は典膳を睨みつけた。


「この垣屋勘兵衛を」


「はて?」


 典膳は、もう笑っていなかった。


 代わりに浮かんでいたのは、冷え切った無表情だった。


「垣屋様は、この屋敷へおいでになってはおりませぬ」


 一歩、後ろへ下がる。


「ここにいるのは、ただの乱心者だけでございますよ」


 勘兵衛は腰を沈めた。


 右手は刀の柄を握り、左手を鞘に添える。


 視線だけが、まっすぐ典膳を射抜く。


「毒蛇め!」


 広間の空気が、一瞬で殺気に染まった。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。