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Last rewrite  作者: 蒼了一


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204/219

化物[2]

 浪花橋を渡り、土佐堀川沿いの道を西へ進む。


 夜の大坂は、昼間とは別の顔を見せていた。川面には月が浮かび、夜風が吹くたびにその姿を細かく揺らしている。


 左手には中之島の屋敷が連なり、月明かりを受けた屋根瓦が暗闇の中で白く浮かび上がっていた。だが、窓に灯りはなく、船宿の提灯も落ちている。これほど多くの屋敷が集まっているというのに、人の気配は薄い。遠くから、犬の鳴き声が聞こえるだけだ。


 橋を境に、景色は大きく変わった。


 屋敷が軒を連ね、人の暮らしが密集する大坂の町。それに対して、こちら側には深い森が広がっている。木々の間から差し込む月明かりは弱く、足元には濃い影が幾重にも重なっていた。


 森の向こう、遠くに、か細い明かりがひとつだけ見える。


 お初天神の灯りだ。


 その小さな光だけが、ここが完全な闇ではなく、まだ人の暮らす土地であることを知らせていた。


 勘兵衛は無言で歩き続け、やがて森を抜けた。


 視界が一気に開ける。


 月明かりの下、少し離れた場所に大きな屋敷が姿を現した。黒々とした木立を背に、静かに佇んでいる。


 ──あれが典膳の屋敷か。


 勘兵衛の足が、ほんのわずかに緩んだ。


 その瞬間、後ろを歩いていた男が、何気ない口調で声をかけてきた。


「ところでアンタ」


「ん?」


「剣術(たちうち)は、どれくらい使えるんだ?」


 あまりにも唐突な問い。


 勘兵衛は振り返った。


「今、それを聞くのか?」


「今だから聞くんだよ」


 男は淡々としている。冗談を言っている様子でもない。


 勘兵衛は少し考えてから答えた。


「大和の柳生道場で手ほどきを受けた」


 男の眉が、わずかに動いた。


「新陰流の目録も頂戴している」


「……そうか」


 男の足が、ほんの一瞬だけ止まった。


「石舟斎先生に学んだか……」


 先ほどまでより、声が低かった。


 勘兵衛は男を振り返った。


「貴殿は、石舟斎先生をご存じなのか?」


 男は答えなかった。


 月明かりを受けた横顔が、一瞬だけ遠くを見る。


 だが、それもほんの一瞬だった。


「いや」


 男はいつもの調子に戻った。


「俺のことなんざ、どうでもいい」


「……」


「アンタが新陰流の目録持ちなら、少しは楽できそうだ」


 そう言って、男はニヤリと笑った。まるでこれから酒でも飲みに行くような顔をしている。


 勘兵衛は目を細めた。


「……随分と余裕だな」


「そうか?」


 男は首を傾げた。


 勘兵衛は小さく息を吐くと、刀の柄にそっと手を添えた。冷たい金具の感触が、指先に伝わる。


「行くぞ」


「ああ」


 男は軽く答える。


 二人は再び歩き始めた。

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