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Last rewrite  作者: 蒼了一


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201/219

先手[2]

「これはこれは、垣屋様。ご機嫌麗しきご様子、何よりのことと存じます」


 大坂城の廊下に、よく通る声が響いた。


 勘兵衛が足を止める。


 向こうから歩いてきたのは、栢谷典膳だった。


「貴殿もな。随分忙しい様子だが、例の件はどの程度まで進んでおるのだ」


 勘兵衛は、何食わぬ顔で問いかけた。


 その声にも、表情にも、わずかな揺らぎすらない。


 だが、胸の内では別の思いが渦巻いていた。


 ──よくもまあ、ぬけぬけと。


 しかし、それを顔に出すほど勘兵衛は未熟ではない。


「はは、それはもう。出所の絞り込みは随分と進みました。これでお約束通り、秋までには良いお知らせが出来るかと思います」


 典膳は、いかにも人好きのする笑みを浮かべた。


 その笑顔を見た瞬間、勘兵衛の胸の奥に、冷たいものが走った。


 白々しい。


 これほどまでに、白々しい笑顔があるものか。


 三月。


 加藤清正率いる二万の軍勢が金沢を出陣した頃、栢谷典膳もまた大坂へ上ってきていた。


 そして今日、大坂城内の廊下で、二人はこうして顔を合わせた。


 典膳は知っている。


 目の前にいる垣屋勘兵衛が龍仙寺衆の総帥であり、雷振筒紛失の件について責任を負う立場にあることを。


 だからこそ、顔を合わせるたびに、こうして愛想よく話しかけてくる。


 雷振筒を盗み出した者の捜索は、典膳に一任されている。


 それは、雷振筒紛失の事実を公表すると脅し、五大老の一人である石田三成に飲ませた条件だった。


 猶予は一年。


 その進捗を確認する役目を担っているのが、勘兵衛である。


 つまり典膳にとって、勘兵衛は自分の仕事ぶりを報告しておくべき相手なのだ。


 だから、こうして会うたびに追従を交えた笑顔を浮かべ、もっともらしい進捗を語ってくる。


 だが勘兵衛は知っている。


 雷振筒を奪ったのは、目の前にいる男だ。


 その確信がある。


 にもかかわらず、当の本人は何も知らぬ顔で笑っている。


 それどころか、自分が盗人を追っているかのように振る舞っている。


 その笑顔が、勘兵衛にはひどく醜悪なものに見えた。


 人の皮を被った蛇。


 そんな言葉が脳裏を過る。


 しかし、それも一瞬のことだった。


 勘兵衛は胸の内に生じた嫌悪を、静かに押し殺した。


 今ここで感情を露わにすれば、すべてが水泡に帰す。


 怒りを見せる必要はない。


 嫌悪を悟らせる必要もない。


 必要なのはただ一つ。


 この男に、最後まで自分を欺いていると思わせることだ。


「それでは、その知らせが早く来ることを待っている」


「はい。近江宰相様にも、よしなにお伝えください」


 典膳は最後まで笑顔だった。


 そして軽く一礼すると、そのまま廊下の先へと歩いていく。


 衣擦れの音が遠ざかり、やがて人の往来に紛れて、その姿が見えなくなる。


 それを確認してから、勘兵衛の表情が変わった。


 眉間に深い皺が刻まれる。


 先ほどまでの穏やかな顔が嘘のようだった。


 苦虫を噛み潰したような顔。


 いや、それだけでは足りない。


 まるで目の前で汚物を見せつけられたかのような、不快そのものの表情だった。


「喜平」


「へえ」


 勘兵衛の後ろに控えていた男が、小さく返事をする。


 今日は従者の身形をしているが、その正体はあの山寺の寺男、喜平である。


「今の男を見たか」


「へえ。間違いございませぬ」


 喜平は、遠ざかっていく典膳の背を見つめた。


「──あのお方こそ、小山様にございます」


 その言葉を聞いた瞬間、勘兵衛の中で最後の疑念が消えた。


 やはり、そうだった。


 山中村から雷振筒を運び出した男。


 喜平が山寺で見た「小山某」。


 それと同じ顔が、今、目の前にあった。


「では……これで決まりだな」


 勘兵衛は低く呟いた。


 長かった。


 ここまで来るまでに、幾つもの手掛かりを拾い、幾つもの可能性を潰してきた。


 そして今、その最後の一片が嵌まった。


「喜平、大義であった」


「へっ……へえ」


 喜平は恐縮したように頭を下げた。


 その横顔を見ながら、勘兵衛は静かに息を吐く。


 あとは、どう落とし前をつけるか。


 そこから先は、勘兵衛一人の独断で決められることではない。


 幸いにも、今は島左近が大坂にいる。


 石田家の下屋敷にて政務を執っている左近の判断を仰ぎ、けじめを付ける。


 しかも、証言は喜平だけではない。


 もう二人いる。


 小早川家で荷駄方を務め、かつて典膳の下についていた者たちだ。


 左近は家中の伝手を総動員し、二人を探し出した。


 そして、表立ってではなく、内々に探りを入れた。


 その結果、二人とも典膳の命によって荷運びを手伝ったことを認めた。


 これで、逃げ道はほとんど残っていない。


 喜平の目撃証言。


 喜平が持っていた弾丸。


 荷駄方の証言。


 そして、典膳自身の行動。


 ひとつひとつは決定打に欠けても、それらを繋ぎ合わせれば、一本の線になる。


 内堀は、すべて埋まった。


 あとは典膳を捕らえ、その口から悪行のすべてを吐き出させるだけ。


 勘兵衛は、そう考えていた。


 この時までは。


 *


 翌日。


 東横堀川を渡る風は、まだ冷たかった。


 春の気配はそこかしこに感じられるものの、冬の名残は消えていない。


 川面には朝の光が揺れ、八ツ橋を行き交う人々の足音が響いていた。


 そんな何気ない朝を破ったのは、八ツ橋のたもとで見つかった、一人の男の遺体だった。


 凄惨な有様だった。


 その男は喜平。


 前日に勘兵衛の従者を装い、典膳の面通しをした男である。


 喜平の死は、即座に勘兵衛に知らされた。


 遺体の袂に、石田家の御用札が残されていたからだ。


 その知らせを受け取った瞬間。


 勘兵衛たちが積み上げてきた計画は、思いもよらぬ方向へと舵を切ることになる。

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