先手[1]
「……そうか。よくそこまで突き止めたな」
島左近は、しばし黙っていた。
目の前に控える垣屋勘兵衛の報告を頭の中でもう一度なぞり、やがて深く頷く。
「はっ!」
短く答えた勘兵衛の声が、静まり返った部屋に響いた。
佐和山城。
年が明けて、まだ幾日も経っていない。
城内には新年を祝う華やかな空気など微塵もなく、廊下を行き交う者の足音さえ、どこか遠慮がちだった。
本来ならば、松の内ともなれば新年の挨拶に訪れる者が相次ぎ、城内は人でごった返す。だが今年、左近はそれを極力控えさせていた。
大坂にいる主君、石田三成に代わり、近江を預かる身。
春になれば、小早川と内ヶ島の激突は避けられない。
戦が始まってから止めるのでは遅い。
出来ることならば、その前に食い止める。どうしても避けられぬのであれば、せめて早期に戦を終わらせる。
そのため左近は、家中に対して常に臨戦態勢を保つよう布令を出していた。
余計な人の出入りを減らし、警戒を緩めない。
新年を祝うことよりも、これから訪れる戦に備えることを優先したのだ。
そんな最中にもたらされた、勘兵衛の報告。
それは決して明るい話ではない。
だが、待ち望んでいた一筋の光でもあった。
雷振筒を奪った者。
その尻尾を、ようやく掴んだのだ。
「その寺男……喜平と言ったな。今はどうしている」
「城下の寺に預かってもらっております。よもやとは思いますが、元の山寺に置いておくのも心配なので」
「確かにな……」
左近は腕を組み、低く唸った。
「小山某の顔を見分けられるのだから、万が一ということがあってはならん」
喜平は、ただの寺男に過ぎない。
だが、知っている。
雷振筒を山寺に隠した男の顔を。
もし典膳側がこちらの動きを察知したならば、どうするか。
口を封じるために動く可能性は、決して否定できない。
左近は勘兵衛へ視線を向けた。
勘兵衛もまた、同じことを考えているのだろう。
もちろん、考えすぎなのかもしれない。
典膳がそこまで用心深く動いているという確証はない。
だが今回の件は、あまりにも重い。
雷振筒は石田家にとって、ただの武器ではない。
その存在そのものが、三成の立場を揺るがしかねない秘密なのだ。
だからこそ、左近は一つの可能性も軽く見ることが出来なかった。
「しかし、寺男の話だけでは心許なくもある」
「はい。他にも、荷運びをやらされた者の話を集めようと思います」
「小早川の荷駄方をか? どうやって」
左近の眉が僅かに動いた。
勘兵衛は、すでにその先まで考えているらしい。
「当家にも小早川と縁のある者が、それなりにおります。その伝手を辿ろうかと」
石田家では、かつて小早川家が減封処分を受けた際、召し放ちとなった浪人を多く抱えた。その縁もあって、小早川家中と繋がりを持つものが少なくない。
「理屈は分かる。だが、果たして上手く行くかな」
「上手く行かせます」
勘兵衛は即答した。
その声に、迷いはない。
「典膳の振る舞いは、職権を私物化して、他家の荷を奪ったこと。軍紀に照らせば、切腹を免れぬ大罪です」
左近は黙って聞いていた。
「それに加担させられていたとなれば……己の身かわいさに、事情を話す者もおりましょう」
「荷駄方の足軽は、典膳の家臣ではないからな。そこまで義理は立てぬか」
「はい」
勘兵衛は頷いた。
「典膳は加賀様にも、雷振筒の出所を明かしておらぬ様です」
「……なるほど」
「ならばこの件は、彼奴一人の科として処断出来ます」
その言葉を聞いた瞬間、左近の目が細くなった。
そこが重要だった。
典膳だけを切り離せるのであれば、話は変わる。
「そうなれば、加賀様も知らぬ存ぜぬで押し通せるか……」
「左様にございます」
勘兵衛の声が低くなる。
「これで典膳の罪状を明らかに出来れば、殿への脅しも消せまする」
「……そうだな」
左近は、静かに息を吐いた。
これまで三成は、典膳に弱みを握られていた。
石田家が雷振筒を紛失した。
その事実を明らかにされたくなければ、小早川の行動に一年の猶予を与えろ。
典膳は、その秘密を盾にして三成を脅している。
だからこそ、三成は動けなかった。
だが、もし。
その雷振筒を奪った元凶が、典膳自身だったとしたら。
話は、まるで違ってくる。
脅しに使っていた秘密そのものが、典膳自身の罪状になる。
ならば、三成が恐れる理由はない。
「勘兵衛」
「はっ」
「よくやった」
左近の言葉に、勘兵衛は深々と頭を下げた。
「ありがたきお言葉」
短いやり取りだった。
だが、二人の間には、それ以上のものが通じていた。
まだ証拠は足りない。
喜平の証言と弾丸だけでは弱い。
荷駄方から証言を集め、典膳の命令によって雷振筒が運び出されたことを裏付ける。
それが出来れば、典膳を逃がすことはない。
そして時間は、二人の側にある。
今はまだ、年明け早々。
加賀へ至る道は深い雪に閉ざされている。山道も、街道も、雪に覆われているだろう。
だが、それも永遠ではない。
春になれば雪は溶け、道が開く。典膳は大坂へやって来る。三成を脅し続けるために。
その時こそ──。
左近は、障子の向こうへ目を向けた。
冬の冷気が、わずかな隙間から部屋へ忍び込んできた。城下は薄らと白い雪に覆われている。
静かな冬。
だが、その静けさの向こう側では、すでに戦の準備が始まっていた。
典膳が大坂へ姿を現した瞬間、そのすべての罪を明らかにし、捕らえる。それが、左近と勘兵衛の描いた筋書きだった。
今はただ、証拠を集める。
逃げ道を一つずつ塞ぎながら。
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