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Last rewrite  作者: 蒼了一


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200/219

先手[1]

「……そうか。よくそこまで突き止めたな」


 島左近は、しばし黙っていた。


 目の前に控える垣屋勘兵衛の報告を頭の中でもう一度なぞり、やがて深く頷く。


「はっ!」


 短く答えた勘兵衛の声が、静まり返った部屋に響いた。


 佐和山城。


 年が明けて、まだ幾日も経っていない。


 城内には新年を祝う華やかな空気など微塵もなく、廊下を行き交う者の足音さえ、どこか遠慮がちだった。


 本来ならば、松の内ともなれば新年の挨拶に訪れる者が相次ぎ、城内は人でごった返す。だが今年、左近はそれを極力控えさせていた。


 大坂にいる主君、石田三成に代わり、近江を預かる身。


 春になれば、小早川と内ヶ島の激突は避けられない。


 戦が始まってから止めるのでは遅い。


 出来ることならば、その前に食い止める。どうしても避けられぬのであれば、せめて早期に戦を終わらせる。


 そのため左近は、家中に対して常に臨戦態勢を保つよう布令を出していた。


 余計な人の出入りを減らし、警戒を緩めない。


 新年を祝うことよりも、これから訪れる戦に備えることを優先したのだ。


 そんな最中にもたらされた、勘兵衛の報告。


 それは決して明るい話ではない。


 だが、待ち望んでいた一筋の光でもあった。


 雷振筒を奪った者。


 その尻尾を、ようやく掴んだのだ。


「その寺男……喜平と言ったな。今はどうしている」


「城下の寺に預かってもらっております。よもやとは思いますが、元の山寺に置いておくのも心配なので」


「確かにな……」


 左近は腕を組み、低く唸った。


「小山某の顔を見分けられるのだから、万が一ということがあってはならん」


 喜平は、ただの寺男に過ぎない。


 だが、知っている。


 雷振筒を山寺に隠した男の顔を。


 もし典膳側がこちらの動きを察知したならば、どうするか。


 口を封じるために動く可能性は、決して否定できない。


 左近は勘兵衛へ視線を向けた。


 勘兵衛もまた、同じことを考えているのだろう。


 もちろん、考えすぎなのかもしれない。


 典膳がそこまで用心深く動いているという確証はない。


 だが今回の件は、あまりにも重い。


 雷振筒は石田家にとって、ただの武器ではない。


 その存在そのものが、三成の立場を揺るがしかねない秘密なのだ。


 だからこそ、左近は一つの可能性も軽く見ることが出来なかった。


「しかし、寺男の話だけでは心許なくもある」


「はい。他にも、荷運びをやらされた者の話を集めようと思います」


「小早川の荷駄方をか? どうやって」


 左近の眉が僅かに動いた。


 勘兵衛は、すでにその先まで考えているらしい。


「当家にも小早川と縁のある者が、それなりにおります。その伝手を辿ろうかと」


 石田家では、かつて小早川家が減封処分を受けた際、召し放ちとなった浪人を多く抱えた。その縁もあって、小早川家中と繋がりを持つものが少なくない。


「理屈は分かる。だが、果たして上手く行くかな」


「上手く行かせます」


 勘兵衛は即答した。


 その声に、迷いはない。


「典膳の振る舞いは、職権を私物化して、他家の荷を奪ったこと。軍紀に照らせば、切腹を免れぬ大罪です」


 左近は黙って聞いていた。


「それに加担させられていたとなれば……己の身かわいさに、事情を話す者もおりましょう」


「荷駄方の足軽は、典膳の家臣ではないからな。そこまで義理は立てぬか」


「はい」


 勘兵衛は頷いた。


「典膳は加賀様にも、雷振筒の出所を明かしておらぬ様です」


「……なるほど」


「ならばこの件は、彼奴一人の科として処断出来ます」


 その言葉を聞いた瞬間、左近の目が細くなった。


 そこが重要だった。


 典膳だけを切り離せるのであれば、話は変わる。


「そうなれば、加賀様も知らぬ存ぜぬで押し通せるか……」


「左様にございます」


 勘兵衛の声が低くなる。


「これで典膳の罪状を明らかに出来れば、殿への脅しも消せまする」


「……そうだな」


 左近は、静かに息を吐いた。


 これまで三成は、典膳に弱みを握られていた。


 石田家が雷振筒を紛失した。


 その事実を明らかにされたくなければ、小早川の行動に一年の猶予を与えろ。


 典膳は、その秘密を盾にして三成を脅している。


 だからこそ、三成は動けなかった。


 だが、もし。


 その雷振筒を奪った元凶が、典膳自身だったとしたら。


 話は、まるで違ってくる。


 脅しに使っていた秘密そのものが、典膳自身の罪状になる。


 ならば、三成が恐れる理由はない。


「勘兵衛」


「はっ」


「よくやった」


 左近の言葉に、勘兵衛は深々と頭を下げた。


「ありがたきお言葉」


 短いやり取りだった。


 だが、二人の間には、それ以上のものが通じていた。


 まだ証拠は足りない。


 喜平の証言と弾丸だけでは弱い。


 荷駄方から証言を集め、典膳の命令によって雷振筒が運び出されたことを裏付ける。


 それが出来れば、典膳を逃がすことはない。


 そして時間は、二人の側にある。


 今はまだ、年明け早々。


 加賀へ至る道は深い雪に閉ざされている。山道も、街道も、雪に覆われているだろう。


 だが、それも永遠ではない。


 春になれば雪は溶け、道が開く。典膳は大坂へやって来る。三成を脅し続けるために。


 その時こそ──。


 左近は、障子の向こうへ目を向けた。


 冬の冷気が、わずかな隙間から部屋へ忍び込んできた。城下は薄らと白い雪に覆われている。


 静かな冬。


 だが、その静けさの向こう側では、すでに戦の準備が始まっていた。


 典膳が大坂へ姿を現した瞬間、そのすべての罪を明らかにし、捕らえる。それが、左近と勘兵衛の描いた筋書きだった。


 今はただ、証拠を集める。


 逃げ道を一つずつ塞ぎながら。

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