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Last rewrite  作者: 蒼了一


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198/219

山寺[2]

 勘兵衛が案内されたのは、山中村から見て松尾山の反対側だった。


 祖父谷川が流れる山の中腹。細い山道を登っていくと、やがて木々の向こうに、小さな寺の屋根が見えてきた。


 松尾山は、それほど大きな山ではない。山中村からここまで、およそ三キロメートル弱。歩いても小一時間ほどの距離である。


 だが、同じ山の裏側へ回っただけで、景色は一変した。街道を行き交う人々の声はもう聞こえず、祖父谷川のせせらぎと、風に揺れる木々の葉擦れだけが、静かな山中に響いている。


「斯様な所にあるとはな……」


 寺を見上げながら、勘兵衛は思わず呟いた。


 寺が建つのは、傾斜のある扇状地だった。周囲には数軒の家があるだけ。山奥と呼ぶにはほど遠いが、松尾山の陰に隠れているため、街道からここを見つけることは難しい。


 人目につかず、それでいて荷を運び込むことは出来る。


 盗み出した荷物を一時的に隠す場所として、これほど都合のよい場所があるだろうか。


 勘兵衛の中で、先ほどから組み立てていた推論が、少しずつ形を持ちはじめていた。


 小ぶりながら、寺にはきちんとした山門があった。くぐれば正面に本殿が見える。境内は決して広くないが、山寺として長く人々の信仰を集めてきたことが伝わるだけの、静かな威厳があった。


 勘兵衛は、ここまで案内してくれた百姓に謝礼を渡した。男が何度も頭を下げて山道を戻っていくのを見届けると、寺の住職との面会を求めた。


 ほどなくして現れたのは、六十を越えていると思われる老僧だった。名を考顕という。真っ白な顎髭を一本一本ゆっくりと撫でながら、勘兵衛の問いに耳を傾けている。


「関ヶ原……でございますか?」


「左様。戦の日、この辺りは軍勢で埋まったと聞いているが」


「ええ……」


 考顕は、遠い記憶を手繰り寄せるように目を細めた。


「あの時は、大騒ぎでした。松尾山に籠もられた小早川様の軍勢が、夜半頃から山を下り始めましてな。あの日は雨でしたが……」


 考顕は山の向こうへ目を向けた。


「道には松明の明かりが連なって、それはもう、昼間のように明るかったのを覚えております」


「御院主は、その様子をご覧になっておられたのですな」


「ええ。ここがいつ焼かれるかわかりませんでしたからな」


 考顕の手が、白い顎髭を撫でる。


「寺の者は皆起こしました。いざという時には、いつでも逃げ出せるよう荷物もまとめておりましたよ」


 その言葉に、勘兵衛はわずかに目を細めた。戦から四年。それでも、この老僧の記憶には、あの夜の光景がまだ鮮明に残っている。山を埋め尽くした松明、雨の中を進む無数の兵、そして自分たちの寺もいつ焼かれるかわからないという恐怖。そんな夜だったからこそ、人々は周囲で起きた出来事を細かく覚えているのだろう。


「それで──」


 勘兵衛は声を落とした。


「小早川勢が去った後、この寺に荷駄を持ち込んだ者はおりますか?」


「…………」


 一瞬、考顕の手が止まった。


「ございます」


 その返事を聞いた瞬間、勘兵衛の胸の奥で何かが弾けた。


 ──当たりだ。


 もちろん、まだ確証はない。だが、山中村に立った時から考えていたことがある。もし自分が栢谷典膳だったら、この場所からどこへ雷振筒を隠すか。


 地面に埋めるのは現実的ではない。あれだけの量を埋めるには人手も時間もかかる上に、一トンを超える荷物を埋めた痕跡を完全に消すのは難しい。


 近隣の百姓に預けるのも危うい。戦の後なら略奪が起きる可能性もあり、預けた相手が荷物を守り切れる保証などない。


 森に隠すという手もあるが、それも安心出来ない。落ち武者狩りに見つかれば、それで終わりだ。


 ならば──寺社。そこなら事情が違う。寺に荷物を預けたとしても、誰も不思議には思わない。山寺ならば人の出入りも少なく、略奪者が押し入ってくる可能性も低い。何より、寺の者に「これは何か」と問い詰められたとしても、戦時に運び込まれた荷物だと言えば済む。


 論理的に考えれば、そこが最も合理的だった。だから勘兵衛は、最初から寺社を探した。


 まさか、一件目で行き当たるとは思っていなかったが。


「いつ、どれほどの荷駄が持ち込まれましたか?」


 勘兵衛は平静を装いながら尋ねた。


 考顕は、再び記憶を探るように目を伏せた。


「……あれは、戦のあった日です。小早川家の荷駄方を名乗るお方が、夕暮れ時にこちらへ参りましてな」


「荷駄方を?」


「はい。荷を預かってほしい、と」


 十頭の馬。二十人ほどの足軽。運び込まれた荷は、すべて木箱だったという。箱はどれも大きく、ずっしりと重かった。


「頼んできた男は、荷の中身については明かせぬ、と申しておりました。ただ、小早川家にとって重要な物である、と。事情があって大坂へ移すことが出来ぬため、しばらく預かってほしい、と頼まれました」


 勘兵衛は黙って聞いていた。十頭の馬、二十人ほどの足軽、木箱、そして小早川家の荷駄方を名乗る男。頭の中で、すべてが繋がっていく。

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