↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Last rewrite  作者: 蒼了一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

197/222

山寺[1]

 山中村は、佐和山城下から関ヶ原へ向かって、およそ五里(二十キロメートル)の場所にある。


 松尾山と城山。二つの山に挟まれた狭隘な土地であり、耕作には適さない。だが、中央を中山道が通っているため、古くから旅人や荷駄が行き交い、宿場町として発展してきた。


 街道沿いに家々が軒を連ね、人の往来が絶えることのなかったこの村に、戦の気配がやって来たのは、慶長五年(一六〇〇年)九月十五日の未明である。


 松尾山城を占拠していた小早川勢八千が、突如として山を下り始めた。


 夜の闇を裂くように、無数の松明が山肌を埋め尽くす。大軍の足音が大地を揺らし、兵たちは中山道を塞ぐように関ヶ原へと進出して行った。


 山中村に駐屯していた大谷吉継の軍勢は、その圧力に押し出されるように前方への移動を余儀なくされた。


 あまりにも突然の事態だった。


 兵を動かすだけで精いっぱいであり、村に集積していた物資を運び出す余裕などない。大谷勢は、膨大な荷駄の大半をその場に残していかざるを得なかった。


 そして、戦が終わった後。


 その荷駄の一部が、忽然と姿を消していた。


「ちょうどこの辺りから、あそこのお寺さんにかけて荷駄を積んでおりました」


 勘兵衛の前で、山中村の百姓が街道の先を指差した。


 男は関ヶ原の戦いの折、大谷勢の荷駄運びを手伝ったという。年の頃は五十ほど。日に焼けた顔には深い皺が刻まれていたが、あの頃の記憶は今も鮮明に残っているらしい。


「荷はすべて野ざらしだったのか?」


「いいえ。街道沿いの家々へ、大半の荷を運び入れました」


 男は街道脇に並ぶ家々へ視線を移した。


「特に武具は雨に濡れちゃいけねえってんで、全部家の中へ入れたはずです」


「そうか……。その後、荷はどうなった」


「さあ……。あっしらが手伝ったのは、大谷様のお荷物だけでして。小早川様の荷駄のことは、なんも存じませんで」


 男は申し訳なさそうに首を振った。


 勘兵衛は短く頷き、改めて周囲を見渡した。


 関ヶ原の戦いから、すでに四年。


 それだけの歳月が流れているにもかかわらず、村にはいまだ戦の爪痕が残されていた。


 街道沿いでは、いくつかの宿が営業を再開している。旅人を迎える声も聞こえるし、往来する人影もある。


 だが、その賑わいの陰には、焼け落ちたままの家屋があった。


「あの焼け跡は?」


「戦の前に、小早川様のご指図で焼いたと聞いています」


 男は焼け跡に目をやり、小さく息をついた。


「戦に使う武具はあらかた持ち出された後で、空いた家は退き口の邪魔になるってんで。もちろん荷が残っていた家だけは、手を付けられませんでした」


 黒く煤けた柱。崩れた土壁。道端に積み上げられた廃材。


 かつてそこに人々の暮らしがあったことを示すものは、わずかに残された礎石ばかりだった。


 ここが直接の戦場になったわけではない。


 それでも、戦は、刃が交わった場所にだけ傷を残すのではない。


 勘兵衛は、焼けずに残った家々へ目を向けた。


 あの中のどこかに、雷振筒と弾丸が置かれていた。


 そう考えると、目の前の風景が、四年前の光景と重なって見えるようだった。


 荷駄を運ぶ男たち。積み上げられた木箱。迫り来る小早川勢の気配。そして、混乱の中で荷を諦めて前進する大谷勢。


 その荷を、栢谷典膳は持ち去った。勘兵衛は、そう見ていた。


 胸の奥にわずかな焦りを覚えながら、思考を巡らせる。


 置かれていた弾丸は、二万一千六百発。


 尋常な量ではない。


 輸送のために、専用の木箱まで作られていた。


 箱は大人が一抱えするほどの大きさで、中には一千二百発の弾丸が収められている。重量は十一貫弱、四十キロほど。


 箱には縄が取り付けられ、運ぶ際には大人が二人がかりで持ち上げなければならない。


 雷振筒は一箱に六挺入りで、こちらもほぼ同じ重さがあった。


 弾丸は十八箱。


 雷振筒は十箱。


 合わせれば、総重量はざっと三百貫。一トンを優に超える。


 その数字を頭の中で繰り返し、勘兵衛は眉間に皺を寄せた。


 ──栢谷典膳はこれほどの荷を、いつ、どうやって運び出したのか。


 軍が動くときの荷駄は、荷駄奉行が厳しく管理している。たとえ典膳がその一員であったとしても、荷駄方のひとりが、これだけの物資を勝手に持ち出せるはずがない。大軍の移動に紛れさせるのも無理がある。


 ならば、人の目が届かぬ隙間を突くほかない。


 勘兵衛は、街道の先に目を向けた。


「……たしか、小早川勢は戦の後、大坂へ入ったはず」


 記憶を確かめるように、口の中でつぶやく。


 関ヶ原の戦いで奮戦した小早川勢は、潰走する徳川勢を追って揖斐川まで進んだ。だが、そこで日が暮れたため、追撃を諦めたという。


 翌日には他の軍勢とともに京へ向かい、その後、大坂城へ入った。


 山中村に集積されていた小早川勢の荷駄は、その折に引き上げられたはずだ。残された荷も、ともに退いた大谷勢が引き上げている。


 典膳が動けたとすれば、前線から本隊が戻ってくるまでの間だ。


 戦が終わった九月十五日の昼過ぎから、小早川勢本隊と合流する翌日の午後まで。


 ほぼ一日。


 そのわずかな時間の中で、一トンを超える荷物を、どこかへ運び出さなければならなかった。


 勘兵衛は、ゆっくりと息を吐いた。


 不可能ではない。


 だが、運び出した荷物を、どこかへ隠しておく必要がある。


 誰にも見つからず、なおかつ、後から回収できる場所に。


「だとすれば……」


 勘兵衛は、周囲の家々を見回した。


「この近辺に、一旦隠したのだろうな」


 荷を運び出した者が、最初から遠方へ持ち去るつもりだったとは限らない。まずは目の届かぬ場所へ隠し、騒ぎが収まってから回収する。


 そう考えれば、時間の制約にも説明がつく。


 では、どこへ隠したのか。


 勘兵衛は、男へ視線を戻した。


「この辺りに、人目につかぬ寺社はあるか?」


「……へえ?」


 男は怪訝そうに首を傾げた。


 勘兵衛は、あえて説明しなかった。


 男はしばし考え込んだ後、ぽんと手を打った。


「それでしたら……」


 そして、街道から松尾山城に通じる道へと歩き出した。


「山手にひとつお寺さんがあります。ちょいと、お連れいたしましょう」


 勘兵衛はその背中を追った。


 四年前に消えた大量の雷振筒と弾丸。


 その行方を示す痕跡が、ようやく目の前に現れたような気がした。

読んでくださり、本当にありがとうございます!


この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、

ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m


応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!


感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!


次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。