糸口[3]
「後になってわかったことなのですがな。典膳は、宇喜多家中でもあちこちから恨みを買っていたようでして」
「……ほう」
「弟の将監が斬られたことで、次は自分の番かもしれぬと思い、出奔したのだとか」
「その後、別の仕官先を探していたところを、小早川家に拾われたという話でござる」
勘兵衛は黙って耳を傾けた。
「金吾様……いや、今は大納言様でしたな」
主膳は、ふと思い出したように言葉を改めた。
「典膳の弟の小四郎が、大納言様と瓜二つだったそうでしてな。それが縁で影武者となったのですが……小四郎は関ヶ原で討ち死にしたとか」
「それは拙者も聞き及んでおります。確かに、小早川勢の関ヶ原での戦いぶりは、まるで羅刹のごときものであったと」
勘兵衛は、慎重に言葉を選びながら応じた。
栢谷小四郎。
彼は関ヶ原の戦いが始まる直前、藤四郎の長竿によって狙撃され、命を落とした。
だが、その事実を知る者は、島左近と藤四郎の二人だけである。
本来の標的であった秀秋を撃ち損じたことを、藤四郎はひどく悔やんだ。
しかし、左近は言った。
あれでよかったのだ、と。
小四郎が秀秋の身代わりとなって死んだことで、結果的に小早川勢は裏切り者ではなく、味方として獅子奮迅の働きをした。
その真相を、勘兵衛は知らされていない。
「小四郎の最期については、いろいろな話があるようです」
主膳は、どこか困ったように眉を下げた。
「奮戦の末、壮絶な討ち死にを遂げたという話もあれば、大軍を前に恐れおののき、心の臓が止まったという話もある。いやはや、真のところはわかりませぬ」
「なるほど……」
勘兵衛は顎に手をやった。
「しかし、その小四郎の武功によって、典膳は側用人に取り立てられたのでしょうか?」
「はて、そこまでは拙者にもわかりませぬ」
主膳は首をひねった。
「ただ、関ヶ原での典膳は、荷駄方を務めていたと聞いております。それでは、武功を立てる機会などないでしょうからな」
「……荷駄方」
その言葉を聞いた瞬間だった。
勘兵衛の脳裏に、雷鳴が轟いた。
雷振筒。
山中村に集積されていた、あの六十挺。
そして、それが忽然と姿を消した。
典膳は、関ヶ原で荷駄方を務めていた。
ならば──。
あの時、山中村に集められていた物資を、直接目にしていた可能性がある。
雷振筒の存在を知り、何らかの手段でそれを手に入れた。
もし、そうだとすれば。
これまでばらばらだった情報が、ひとつの筋道としてつながる。
典膳は、策謀を好む男だという。
呼吸をするように嘘をつき、他人を欺くことに何のためらいもない。
自分なら雷振筒を調達できる。
そう吹聴し、実銃を献上することで、秀秋の信頼を得た。
そして、側近の地位へと近づいていった。
だとすれば──。
雷振筒を持ち去った者の行方を調べる。
そう言っていた典膳の言葉は、最初からすべて茶番だったのではないか。
「……あの男が」
勘兵衛の奥歯が、ぎりりと鳴った。
怒りが、腹の底から一気にせり上がってくる。
己も、三成も、そして白雲城の者たちも。
すべてを欺き、裏で糸を引いていたのだとすれば、到底許せるものではない。
しかし、勘兵衛はすぐに目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
怒りに任せて動けば、相手の思う壺になる。
今必要なのは、憤りをぶつけることではない。
仮説の裏を取ることだ。
確かな証拠を掴み、逃げ道を塞ぐこと。
そのためには、まず山中村へ向かわねばならない。
「……なるほど。貴重なお話を聞かせていただきました」
勘兵衛は、努めて平静を装い、主膳に一礼した。
「いやいや、こちらこそ。久方ぶりにお会いできて、嬉しゅうござる。また機会があれば、今度は一献傾けながら、内匠頭様を偲びたいですな」
主膳は穏やかな笑みを浮かべた。
その表情を見つめながら、勘兵衛は胸の内で静かに決意を固めていた。
この偶然を、決して無駄にはしない。
勘兵衛は主膳と別れると、その足で大坂城を後にした。
新年の喧騒が、背後へと遠ざかっていく。
冷たい風が、火照った頬を撫でた。
向かう先は、山中村。
雷振筒が消えた、あの現場である。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




