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Last rewrite  作者: 蒼了一


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残酷[5]

 蹄の音が、山道を震わせる。


 重綱は、ようやく悟った。


 ここで戦いを続ければ、全軍が潰される。


 怒りに任せていた頭が、急速に冷えていく。


 目の前に広がる惨状が、現実を突きつけていた。


 もはや、勝ち目はない。


「……退くぞ」


 重綱は、低い声で命じた。


「全軍、砦まで退却せよ!」


 その号令に、兵たちは一斉に踵を返した。


 もはや整然とした撤退とは呼べない。


 負傷者を支え、疲れ果てた身体を引きずり、兵たちは我先にと山道を戻っていく。


 その背中には、先ほどまでの勢いも、敵を追い詰めていた時の気迫もなかった。


 ただ、生きて帰りたいという思いだけがあった。


 重綱が率いていた兵は、一千八百。


 そのうち、死者はおよそ三百八十名。


 負傷者は七百四十名。


 無傷で残った者は、わずか六百八十名だった。


 戦場では、兵力の一割を失えば、軍の士気に大きな影響が出る。


 二割に達すれば、部隊の維持すら難しくなる。


 それが、この戦いでは六割を超えた。


 敵の領域に踏み込んだという事情があるにせよ、あまりにも凄惨な敗北だった。


 やがて、白川砦へ戻った兵たちが、次々とその惨状を伝え始める。


 砦に衝撃が走った。


 だが、彼らを待ち受けていたのは、それだけではなかった。


 白雲城側は、戦いの後始末においても、容赦を見せなかった。


 討ち取った兵の亡骸は丸太に括りつけられ、川へ流された。


 その日のうちに、遺体は白川砦へと流れ着く。


 ひとつ、またひとつ。


 濁流に揺られながら、無数の亡骸が砦の前へと姿を現す。


 その数は、おびただしかった。


 砦の兵たちは、流れ着いた遺体の収容と処理に追われることになった。


 そして、さらに恐ろしいものがあった。


 負傷兵の扱いである。


 再起不能と判断された者を除き、白雲城側は負傷者の片足の腱を切断した。


 歩くことができなくなった兵たちは、筏に乗せられ、こちらも川へ流された。


 命を奪うことが目的ではない。


 生き延びたとしても、二度と兵として戦場へ戻れない身体にする。


 そのための処置だった。


 だが、歩行できない負傷者は、手当てにも、移送にも多くの人手を必要とする。


 戸板に乗せて運ばなければならず、食事や排泄の世話にも人員を割かねばならない。


 白川砦にどれほどの兵がいたとしても、使える人手も物資も、無限ではない。


 残酷であることが目的ではない。


 二十倍もの敵を相手にする以上、兵の数だけで勝負を決めることはできないのだ。


 敵の物量を前に、正面からぶつかれば、いずれ押し潰される。


 ならば、狙うべきは何か。


 兵の心だ。


 どれほど大軍であろうと、兵士ひとりひとりの身体はひとつしかない。


 命も、ひとつしかない。


 仲間が殺され、生き延びた者も無惨な姿で送り返されてくる。


 そんな現実を目の当たりにすれば、誰もが平静ではいられない。


 どんなに大軍であろうと、誰かが最前列に立たなければならない。


 誰かが、最初に敵の前へ出なければならない。


 そして、その誰かが恐怖に呑まれれば、怯えは隣へ伝わり、やがて軍全体へと広がっていく。


 白雲城側が狙ったのは、まさにそこだった。


 敵を徹底的に殺し、傷を負わせる。


 白雲城へ近づく者には、決して容赦しない。


 その事実を、戦いそのもので刻みつける。


 敵の兵たちの心に、恐怖という名の楔を打ち込む。


 それこそが、真の狙いだった。


 白川砦の総大将、井伊直政が、その意図をどこまで察していたのかは分からない。


 だが、直政はしばらくの間、攻撃を見合わせることにした。


 次に動く時は、より慎重に。


 より確実に。


 白雲城を落とす。


 惨敗の報せが届いた白川砦が、重苦しい沈黙に包まれる一方で、白雲城では、まったく異なる光景が広がっていた。


「勝ったぞ!」


「又兵衛様が戻られた!」


「六左様もご無事だ!」


 城門の向こうから、歓声が湧き上がる。


 又兵衛らが凱旋すると、城下の村々は熱狂に包まれた。


 家々から人々が飛び出し、勝利を喜ぶ声があちこちで上がる。


 子供たちは駆け回り、女たちは兵たちの無事を確かめ、男たちは酒を持ち出して互いの肩を叩き合った。


 戦場で命を懸けた者たちを迎える歓喜の声が、山々にこだまする。


 それは、まるで祭りのようだった。


 戦いの傷も、失われた命も、今だけは遠いものに思える。


 束の間の平穏。


 束の間の勝利。


 白雲城の男たちは、しばし勝利の美酒に酔いしれた。


 だが、彼らは知っている。


 この勝利が、長きにわたる戦いの、ほんの始まりに過ぎないことを。

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