残酷[2]
「手負いの者は後ろへ下げよ! 亡骸は一所に集めるのだ!」
重綱の檄が飛ぶ。
その声に応じ、兵たちが慌ただしく動き始める。
だが、誰もが疲弊していた。
先ほどまで繰り広げられていた戦闘は、あまりにも苛烈だった。
第一陣、およそ五百。
そのうち、死傷者は二百人近くに達している。
一度の戦闘でこれほどの損害を被ることなど、そうあるものではない。
血に染まった胴丸。苦痛に呻く者。仲間の亡骸を運びながら、唇を噛みしめる者。
つい先ほどまで、敵を追い詰めたという高揚感に包まれていた兵たちの顔には、今や疲労と緊張が色濃く浮かんでいた。
生き残った三百人は、負傷者とともに白川砦まで下がる。
入れ替わるように、後続の兵が前へと進み出た。
第二陣、およそ六百。
こちらはすでに敵を追って大牧村を越え、さらに先へと進んでいる。
重綱の手元に残された無傷の兵は、これで七百。
後方の広場から大牧村の入口にかけて、細長く伸びた道に兵たちが展開している。
だが、道幅は狭い。
兵が増えれば増えるほど、隊列は間延びし、互いの距離が開いていく。
大牧村の確保は手つかず、死者の収容も始まったばかり。
戦場の整理はまったく終わっていない。
誰もが次に何をすべきかを考えながら、目の前の作業に追われていた。
その時だった。
西側の山。
木々が密集する森の奥から、凄まじい音が轟いた。
バババババババババババババババッ!!!!!
乾いた爆発音。
兵たちの動きが、一斉に止まった。
次の瞬間。
パン! パン! パパパパパパパパパパーン!!
バチバチバチバチバチバチバチィィィッ!!!
一発や二発ではない。
森の奥で、爆発音が次々と連鎖していく。
木々が震え、鳥たちが一斉に飛び立った。
何が起きているのか分からない。
だが、戦場に身を置く者ならば、その音が意味するものを知っていた。
「鉄砲だ!」
「山の中に敵がいるぞ!」
「伏せろ! 撃ってくる!」
兵たちの間に、たちまち動揺が広がった。
誰もが山の斜面へと目を向け、身構える。
だが、弾丸は、飛んでこなかった。
ただ、爆竹を何十本も一度に鳴らしたような、けたたましい音だけが森の中から響き続けている。
銃撃ではない。
しかし、銃撃ではないと断じるには、音があまりにも不気味だった。
何が起きている?
敵はどこにいる?
重綱が森の奥へ目を凝らした、その時。
木々の隙間から、何かが飛び出した。
空を舞い、弧を描きながら、こちらへ向かってくる。
両手のひらに収まるほどの、小さな壺。
「何だ、あれは……?」
誰かが呟いた。
壺は兵たちの頭上を越え、地面へ落下した。
次の瞬間──。
ドンッ!
壺が炸裂した。
土煙が噴き上がり、無数の石や陶片が周囲へ飛び散る。
近くにいた兵が、何が起きたのか理解する間もなく、地面へ叩き伏せられた。
「うわああっ!」
「何だこれは!?」
「敵! 敵だぁー!」
悲鳴が上がる。
だが、それは一発では終わらなかった。
森の奥から、次々と壺が飛来する。
ひとつが地面に落ち、炸裂する。
その直後、別の場所でまた爆発が起こる。
石と陶片が飛び交い、土煙が視界を覆い隠していく。
どこから飛んでくるのか分からない。
次はどこに落ちるのかも分からない。
兵たちは身を伏せようとするが、伏せるべき場所すら判断できない。
逃げようとする者が、隣の兵とぶつかる。
隊列が崩れ、怒号が飛び交う。
先ほどまで整然と並んでいた七百の兵は、瞬く間に恐慌状態へ陥った。
重綱は歯を食いしばり、飛来する壺と森の奥を交互に見やった。
敵は、どれほどの数を潜ませている?
鉄砲なのか。
それとも、見たこともない新たな兵器なのか。
判断がつかない。
そして、判断できないことこそが、何よりも恐ろしかった。
その頃。
山の上では、賀津が発射筒の前に立ち、煙の向こうに広がる戦場を見下ろしていた。
傍らには十名の兵と長吉、そして藤四郎。
彼らの足元には、使い終えた木製の筒と、空になった箱が転がっている。
「お賀津様! 弾は全て撃ち尽くしました!」
兵の報告に、賀津は満足そうに口角を上げた。
「よっし! あとは六左のオッサンに任せて、俺たちは引き上げるぞ!」
「はっ!」
兵たちが慌ただしく撤収の準備に取りかかる。
賀津は最後にもう一度、山の下へ目を向けた。
木々の隙間から敵兵たちが右往左往する姿が見える。
それを見届けると、彼女は小さく息を吐いた。
これでいい。
自分達が敵を殺し尽くす必要などない。
敵の目を、耳を、意識を、すべて山へ向けさせ、混乱を引き起こす。
その隙さえ作れれば、六左の奇襲は成功する。
そして、その狙いはすでに果たされていた。
賀津が用いたのは、拓真が龍仙寺で設計した兵器、迫撃砲である。
飛翔装置を取り付けた陶器の壺に火薬を詰め、発射筒から撃ち出す。
雷汞さえあれば製造できる、簡素な構造の兵器だ。
砲身には、くり抜いた丸太の内部に鉄板を敷き、外周を縄と鉄輪で補強したものを用いている。
この時代には、すでに青銅砲の代用品として木砲が存在していた。
そのため、発射筒の製造そのものは、さほど難しくない。
従来の木砲との違いは、弾丸ではなく、雷汞によって着火する飛翔装置を取り付けた迫撃弾にあった。
砲身の内部で火薬を爆発させる木砲とは異なり、発射筒そのものにかかる負担は小さい。
耐久性は、格段に上がった。
賀津は十名の兵と長吉を伴い、山の上から二門の迫撃砲で弾を撃ち込んだ。
その数、二十発。
陶器の生産が追いつかず、弾薬には限りがある。
派手に撃ち続けられるほど、余裕のある兵器ではない。
だからこそ、一発一発の使い道は慎重に選ばなければならなかった。
今回の目的は、敵兵の殲滅ではない。
大量の爆竹を鳴らし、山の上から迫撃弾を撃ち込む。
敵の意識を山へと引きつけ、混乱を生み出す。
そのためだけに、二十発の弾を使ったのだ。
賀津は、すでにその成果を確認した。
敵は山を見ている。
爆発の正体を探ろうと、周囲を警戒している。
だからこそ、敵は気付かない。
水堀の向こうから何が迫っているのか。
堀の水面が大きく揺れた。
浅い水を蹴散らし、対岸の森から兵たちが一斉に飛び出してくる。
先頭を駆けるのは、槍を手にしたひとりの男。
その顔に、迷いはない。
水野六左衛門勝成。
率いる兵は三百。
敵が山に気を取られている、今こそが好機だった。
六左は鋭く目を細め、前方の混乱を見据えた。
「行くぞッ!」
飛沫を上げて、三百の兵が一斉に駆け出す。
水堀を越え、敵の側面へ。
重綱が異変に気づいた時には、すでに遅かった。
爆音と迫撃弾に紛れ、別の災いが降りかかってきたのである。
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