二撃[3]
一歩、また一歩。
盾の隙間から見える木柵が、少しずつ大きくなる。
銃口が見える。
敵兵の顔が見える。
血走った目つきの者。
歯を食いしばる者。
それぞれの表情まで見える距離になった。
その瞬間だった。
「放ていっ!!」
轟音が山間を揺るがした。
五十挺の火縄銃が、一斉に火を噴く。
白煙が一瞬にして視界を覆った。
弾丸が竹盾を撃ち砕き、乾いた破裂音が連続する。
竹片が飛び散る。
盾が弾ける。
その向こうにいる足軽の身体が剥き出しになった。
──だが。
倒れた者は、一人もいない。
槍が一斉に木柵へ向く。
「かかれっ!」
間髪入れずに怒号が飛んだ。
「かかれーっ!!」
槍を構えた足軽たちが、一斉に駆け出した。
火縄銃は、すぐには撃てない。
次弾まで早くても二十秒。
通常ならば四十秒。
たったそれだけの時間。
しかし戦場では、その数十秒が生死を分ける。
だからこそ、重綱は迷わない。
今だ。
今しかない。
百五十人の足軽が怒号を上げて突進する。
その後ろには、柵を倒すための道具を抱えた兵たち。
さらにその後方には、突破口が開いた瞬間に雪崩れ込むための騎馬が控えている。
敵の銃は沈黙している。
このまま槍を柵へ叩き込む。
あと少し。
あと十歩。
あと五歩。
木柵が目前へ迫った。
槍の穂先が、もう届く。
その瞬間──。
重綱の耳に、信じられない声が届いた。
「二撃放てーっ!」
──何?
その声を理解するより早く。
轟音が炸裂した。
最初の一斉射撃から、わずか十五秒。
五十挺の銃が、再び火を吹いた。
白煙が木柵を覆う。
銃口から吐き出された弾丸は、至近距離から足軽の群れへ叩き込まれた。
距離は、わずか十メートル。
狙いなど必要ない。
目を瞑っても当たる距離だ。
前列の兵が吹き飛ぶ。
その身体に後続の兵がぶつかる。
足が止まる。
列が崩れる。
だが、それで終わりではなかった。
銃声が途切れたと思った次の瞬間、再び銃声が響いた。
別の射手が撃つ。
さらにその隣が撃つ。
また一人。
また一人。
まるで山そのものが咆哮しているかのように、銃声が途切れることなく轟いた。
「う、うわぁぁっ!」
「退け!」
「退けぇっ!」
先ほどまで前へ進んでいた兵たちが、今度は我先にと後ろへ逃げ始めた。
槍が地面に落ちる。
盾が捨てられる。
仲間を踏み越え、倒れた者を置き去りにして、兵たちは後退していく。
何が起きたのか。
なぜ撃てるはずのない鉄砲が、これほど早く二度目の一斉射撃を行えたのか。
理解している者は、誰一人としていなかった。
ただ一つだけ、彼らにも分かったことがある。
自分たちは今、これまでの戦場では経験したことのない、異様な鉄砲の猛威に晒されている。
そして白雲城の木柵は、まだ遠くにある。
あまりにも遠くに。
大牧村で敵を迎え撃つ指揮官は、後藤又兵衛。
その又兵衛が考案した戦術は、実に巧妙なものであった。
最初の一斉射撃。
これに使った弾丸は、贄玉ではない。
火縄こそ使わぬものの、込めたのは通常の弾丸だった。
それには、幾つかの理由がある。
だが、最も大きな狙いは、敵に距離を誤認させることだった。
贄玉は通常弾よりも、およそ五割遠くまで届く。
その性能を最初から見せてしまえば、敵は警戒する。
どこまで近付けば安全なのか。
どこから先が危険なのか。
敵に正確な射程を知られてしまえば、せっかくの長射程もその価値を大きく失う。
だから又兵衛は、あえて通常弾を使った。
敵に、思わせるためだ。
──この距離ならば、まだ大丈夫だ。
そして、敵がそう信じて前へ出てきたところを狙う。
それが又兵衛の狙いだった。
最初の一斉射撃で竹盾を砕きながらも、敵を倒し切らなかったのも、そのためである。
撃退するだけなら、もっと遠い距離から贄玉を使えばいい。
だが、それでは意味がない。
敵には、もっと近くまで来てもらわねばならなかった。
そして、二度目の一斉射撃。
こちらには、十五秒もあれば十分だった。
火縄を使わない内ヶ島銃ならば、全員が再装填を終えることが出来る。
敵が「まだ撃てない」と思っている、その僅かな隙。
そこへ贄玉を叩き込む。
轟音と共に弾丸が飛び出し、敵の一番槍をまとめて吹き飛ばした。
敵兵の顔から、驚愕が消えない。
当然だ。
彼らにとっては、撃ったばかりの鉄砲が、あり得ない速さでもう一度火を吹いたようにしか見えない。
そして、その二発目に使われた贄玉こそが、敵をさらに混乱させた。
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