出鼻[3]
「さて……」
又兵衛も図面へ視線を落とした。
「井伊の赤鬼は、どんな手を打ってくるかな」
口元に笑みが浮かぶ。
戦場を求める武人の顔だった。
そして、その横では七郎が堪えきれない様子で笑っている。
「兵部殿ん首なら、天下一等ん兜首じゃ!」
大きな身体を揺らし、豪快に声を上げる。
「こげな大首、おいが討ち取らんで誰が討つっちゅうとじゃ!」
その言葉に、皆が思わず苦笑した。
だが、七郎本人は至って真剣だ。
むしろ嬉しくて仕方がない。
これほどの敵将と刃を交える機会など、そうあるものではない。
「しかし──」
そこで藤四郎が口を挟んだ。
全員の視線が集まる。
「敵は雷振筒を備えているでしょう」
藤四郎らしい、冷静で抑揚の少ない声だった。
「内匠頭様の話では、小早川は雷振筒を五十挺は用意出来るはずだとか」
途端に、部屋の空気が僅かに引き締まる。
雷振筒。
それは、数の差をさらに危険なものへと変える武器だった。
敵は二十倍の兵を擁している。
そこへ雷振筒まで加われば、こちらの精兵といえど、真正面から受け止めるのは難しい。
藤四郎の懸念はもっともだった。
「眸海の知らせでは、赤鬼の持ち分は十から二十だそうだ」
政宗は図面から目を離さず答えた。
「その数なら、おそらく手元に置いておくだろう」
全員が黙って聞いている。
「これほどの兵力差があるのだ。雷振筒を最初から使い潰すような真似はせん。戦上手の兵部殿ならば、なおさらだ」
政宗の見立てに、皆がうなずいた。
拓真がもたらした情報によれば、小早川家が保有している可能性のある雷振筒は最大で六十挺。
弾丸は二万一千八百発。
決して少なくはない。
だが、無限でもない。
一発撃つたびに、一発ずつ減っていく。
しかも、小早川家には新たな弾丸を供給してくれる者がいない。
もし秀秋が、この飛騨攻めの先に別の戦を見据えているのであれば──。
ここで雷振筒の弾丸を派手に消耗する愚は犯さない。
「ならば良いのですが……」
藤四郎はなおも険しい表情を崩さなかった。
戦場では、僅かな読み違いが命取りになる。
だからこそ、最悪を想定しておく必要がある。
「お前の心配も分かる」
政宗が頷いた。
「だが、とりあえず明日出てくる先陣に雷振筒は無い」
「明日!?」
又兵衛が思わず声を上げた。
次の瞬間には、腰を浮かせている。
「ならば急がねば!」
「まあまあ」
慶次郎が苦笑しながら手を伸ばし、又兵衛の肩を押さえた。
「焦るな又兵衛。戦は逃げやせん」
そう言いながらも、慶次郎自身の目にも鋭い光が宿っていた。
いよいよだ。
九ヶ月。
長かった。
だが、その九ヶ月が終わる。
「だから俺たちは今日、城を出る」
慶次郎が、ゆっくりと全員を見渡した。
「先鋒は又兵衛」
又兵衛が頷く。
「次鋒は六左」
六左が口元を吊り上げる。
「七郎は鉄砲備。そして、軍配を取るのは儂だ」
「承知したど!」
七郎が豪快に頷き、藤四郎は静かに息を吐いた。
それぞれの胸に、これから始まる戦の姿が浮かんでいる。
怖くないわけではない。
死ぬかもしれない。
仲間が倒れるかもしれない。
それでも、誰一人として退くつもりはなかった。
むしろ待ち望んでいたのだ。
自分たちが積み上げてきたものを、実際の戦場で試す、その時を。
慶次郎は扇を閉じると、膝を軽く叩いた。
「それでは皆──」
悠然とした笑みが浮かぶ。
「手筈通りに、奴らの出鼻を挫いてやろう」
「おう!」
短い声が重なった。
その声は決して大きくはなかった。
だが、部屋の柱を震わせるほど力強かった。
九ヶ月にわたって積み上げてきた策。
一千の兵に託された命。
そして、二十倍の敵を相手にする覚悟。
すべてを胸に刻み、白雲城の男たちは、ついに戦場へ向けて動き始めた。
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