出鼻[2]
六左と共に又兵衛が部屋へ入ると、すでに皆が顔を揃えていた。
上座には、玄舜坊こと伊達政宗。
その隣には、無苦庵こと前田慶次郎が悠然と座している。
反対側には七郎こと島津豊久。隣には、藤四郎こと雑賀孫市。
そして、後藤又兵衛と六左こと水野勝成。
戦国の世に生きる者ならば、一人だけでも名を聞けば身構えるような男たちが、こうして一つの座に集まっている。
これほど贅沢な顔ぶれが揃うことなど、常ならばあり得ない。
だが──。
彼らが率いる兵は、僅か一千。
忠誠心は高く、士気も旺盛。
しかも、ここ数ヶ月にわたって、この猛者たちの手で鍛え上げられた精兵である。
それでも相手は二十倍。
数だけで言えば、到底太刀打ち出来ない。
奇策を弄し、地の利を使い、敵の思惑を読み、さらにその裏をかく。
そのために、彼らは九ヶ月もの時間を費やしてきた。
何度も策を練り、何度も捨て、何度も組み直した。
そのすべては、今日という日のためだった。
いよいよ、本格的な戦闘が始まる。
部屋に漂う空気にも、それを察した者たちの昂ぶりが滲んでいた。
「これでようやく揃ったな。まあ、これを見ろ」
慶次郎が床几台の上に広げられた図面を、扇の先で軽く叩いた。
又兵衛が歩み寄る。
「これは……砦ですな」
「そうさ。眸海が知らせてきた」
そこに描かれていたのは、敵が築いた砦の詳細だった。
外郭の形。
兵の配置。
内堀の位置。
土塁の高さ。
鉄砲狭間の数。
眸海が集めた情報が、一つ残らず書き込まれている。
まるで砦そのものを上空から見下ろしているかのようだった。
又兵衛はしばらく無言で図面を見つめる。
敵の兵力だけを見れば、こちらは圧倒的に不利だ。
だが、戦は数だけでは決まらない。
こうして敵の姿を知ることが出来れば、戦い方はある。
「こいつぁ……なかなかだ」
六左が腕を組み、図面を覗き込む。
「わずか半月でここまで仕上げてくるとは……」
「飯田覚兵衛の仕事だ。又兵衛は奴を知っているか?」
政宗が静かに問う。
又兵衛は苦笑した。
「ああ。朝鮮のモクソ城でな」
その名を思い出したのか、又兵衛の口元に僅かな笑みが浮かぶ。
「覚兵衛と義太夫……そう言えば助兵衛もいたな。覚兵衛には一番槍を獲られた。まあ、ここで会うのも腐れ縁という奴か」
「しかし、さすが主計頭の右腕。実に大した縄張だ」
六左が感心するように唸った。
「こりゃあ、落とすのに骨が折れるぞ」
砦だけを見れば、確かに厄介な造りだった。
だが──。
「こちらの手勢が五千もあれば話は別だが、この砦に手は出せんさ」
政宗が淡々と言った。
「だから、いくら堅固でも関係ない」
「そうさ」
慶次郎が後を継ぐ。
「儂らの狙いは砦を落とすことじゃない。ここから出てくる兵を叩き、食い止める。それだけだ」
その言葉に、又兵衛は小さく頷いた。
敵の本陣を攻める必要はない。
勝つ必要すらない。
ただ、敵の進撃を止め続ければいい。
そして時間を稼ぐ。
それが九ヶ月かけて組み上げてきた、この戦の根幹だった。
「そいで、戦はいつ始めっとじゃ?」
待ちきれないとばかりに、七郎が身を乗り出した。
「おいはもう、いつでも出らるっど」
その目には、恐怖など微塵もない。
むしろ、ようやく出番が来たことを喜んでいる。
政宗が僅かに口元を緩めた。
「まあ、落ち着け。砦にはもう敵の大将が入っている」
その一言で、座に張り詰めたものが走った。
皆の視線が政宗へ集まる。
「井伊兵部少輔」
一拍置いて、政宗は告げた。
「井伊の赤鬼が、俺たちの相手だ」
その名が落ちた瞬間、部屋の空気が変わった。
井伊兵部少輔直政。
かつて徳川家最強の精兵と呼ばれた、赤備えを率いる男。
その武名を知らぬ者はいない。
だが怯む者もこの場にはいなかった。
むしろ。
「……ふっ」
六左の口元が、嬉しそうに吊り上がった。
「万千代ならば、相手にとって不足なし」
その声には、隠しようのない喜悦が滲んでいた。
六左にとって直政は、ただ名を知るだけの武将ではない。
その強さも、戦い方も、気性も知っている。
だからこそ、嬉しかった。
自分たちが命を懸けるに値する相手が、向こうにいるからだ。
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