贄玉[2]
「こりゃあ、種子島じゃねえな……」
六左が、ぽつりと呟いた。
その言葉に源次郎もうなずく。
この銃は従来の火縄銃とは、根本から違っていた。
まず、火縄を使っていない。
着火には別の仕掛けが組み込まれている。
つまようじほどの細い軸に雷汞と火薬を塗り固めたもの。
それは使い捨てで、撃つ度に火皿の横にある火道(火皿の炎を銃身内へ送る穴)へ差し込む。
そして、火鋏に取り付けた小型の玄翁で叩く。
衝撃によって雷汞が発火し、その火が火薬へ伝わる。
それだけだ。
さらに、弾丸そのものが違う。
火薬と一体化したプリチェット弾は、銃の口径よりわずかに小さい。
そのため、従来の球形弾のように力を込めて押し込む必要がない。
ほんのわずかな工夫。
だが、その一つ一つを積み重ねれば、兵士一人が銃を撃つまでに必要な時間は劇的に短くなる。
十秒。
それが、この銃の再装填時間だった。
もはや、火縄銃と呼ぶには無理がある。
火縄を捨て、雷管のような着火機構を備え、弾丸と火薬を一体化させる。
その姿は、むしろパーカッションライフルに近かった。
そして、この弾丸の利点は装填速度だけではない。
釣鐘形をしたプリチェット弾。
その底部には、凹みがある。
発射時、火薬の爆圧を受けると、その凹みが膨張する。
弾丸そのものが銃身の内壁へ押し広げられ、隙間を塞ぐ。
球形弾では逃げていた爆圧が、効率よく弾丸へ伝わる。
だが、当然ながら問題もあった。
ライフリングのない銃身では、釣鐘形の弾丸は安定して飛ばない。
射出後に空中で姿勢を崩し、横転する。
そうなれば意味がない。
有効射程は、むしろ短くなってしまうからだ。
龍仙寺にいた頃、拓真はその問題にも取り組んでいた。
そこで考えたのが、弾丸そのものに回転を与える方法だった。
弾丸の表面に、斜めに走る螺旋状の溝を付ける。
銃身にライフリングを彫らなくても、弾丸の側に工夫を施すことで、飛翔中の安定性を高めようという発想である。
十九世紀には、このアイディアが盛んに研究されていた。
だが、結果的にライフリングを施した銃には及ばず、研究は廃れる。
それでも、一定の成果は出た。
拓真は、西田教授の研究を通じ、その知識を持っている。
だからこそ試した。
そして、それなりの成功を収めた。
龍仙寺で作った溝付きプリチェット弾。
その有効射程は、およそ百から百五十メートル。
通常の火縄銃より五割ほど長い。
もちろん雷振筒には及ばない。
だが、雷振筒を二挺しか持たない白雲城にとって、その差は決して小さくなかった。
賀津は、この弾丸をこう呼んだ。
「贄玉」
拓真がミニエー弾と呼んでいたものを、いつの間にか賀津がそう呼び出した。
一度は雷振筒から不採用とされた弾丸。
だが、捨てられたわけではなかった。
使う場所が変われば、価値も変わる。
雷振筒が二挺しかない白雲城では、主力火器は約二百挺の火縄銃だ。
ならば、その二百挺を少しでも強くする。
拓真が残せるものは、雷汞だけではない。
「さすがタクミサマだ。こんなに上手く行くとは思わなかったよ」
試射を終えた賀津が、手にした弾丸を眺めながら言った。
「精度はまだまださ。龍仙寺で作った型を取り寄せれば、使える弾が大量に作れるぞ。……って、そういやあの型ってまだ残ってるのか?」
「さあ? 知らねえけど、兄やんに頼んだらすぐ作ってくれるよ」
「それもそうか」
拓真は苦笑した。
こういうところは、賀津らしい。
大きな問題を、まるで薪を割るような気軽さで片付けてしまう。
だが、それでいい。
時間がないのだ。
迷っている暇などない。
「ところで、この筒はなんて名前だ?」
賀津が改造された銃を持ち上げた。
「火縄を使わねえから種子島じゃねえし……」
拓真は少し考え込む。
やがて、にやりと笑った。
「ならいっそ……内ヶ島にするか」
「内ヶ島?」
「内ヶ島銃」
「ははっ、そりゃいいや、タクミサマ。種子島ならぬ内ヶ島か」
賀津は手を叩いて笑った。
その笑い声が、河原に響いた。
これから冬の間に、二百挺の種子島を内ヶ島へ改造する。
そして、大量の贄玉を生産。
雷振筒ほど強力ではない。
それでも、今ある火縄銃を、別の武器へと生まれ変わらせることが出来る。
それは拓真が残した、いくつかの遺産の一つだった。
そして今、七郎に率いられた足軽たちは、百挺の内ヶ島銃と共に、身を潜めていた。
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