一撃[3]
六左は、槍を交えながら内心で舌を巻いていた。
(さすがに笹の才蔵だ……)
幾度、誘っても隙を見せない。
こちらがわざと間合いを外しても、追ってこない。
強引に押せば、真正面から受けるのではなく、巧みに槍を逸らしてこちらの体勢を崩そうとしてくる。
(まったく隙がない)
これほどの男だったか。
かつて共に戦場を駆けた時にも、その強さは知っていた。
だが、実際に刃を交えてみれば、その凄まじさは記憶以上だった。
六左の脳裏に、一つの結論が浮かぶ。
(やはり……ここで殺さねばならぬ)
才蔵を生かして返せば、必ずまた戦場で相まみえる。
その時はこちらが命を奪われるかもしれない。
ならば、ここで終わらせる。
一方、才蔵もまた、同じように相手の力量を測っていた。
(ここまでの強者とはな……)
槍を受けた腕が痺れている。
呼吸も荒くなってきた。
額には汗が浮かび、兜の内側には熱が籠もっている。
若い頃なら、まだいくらでも動けただろう。
だが、今の才蔵は自分の身体を誰よりもよく知っていた。
(さすがに、これ以上は儂が持たん)
勝負そのものは互角。
しかし、互角だからこそ危険だった。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
(ここらが引き際か……)
六左の槍を大きく弾く。
その反動を利用して、才蔵は手綱を引いた。
馬が後退する。
「どうした!」
六左が声を上げる。
「もう疲れたか!」
「おおよ!」
才蔵は豪快に笑った。
「疲れたわい!」
そして槍を肩に担ぐ。
「そもそも儂は物見に来ただけで、戦をするつもりは無かったからの!」
才蔵は敵陣を見渡した。
木柵。
兵。
堀。
そして、その奥に広がる大牧村。
この短い戦いだけでも、得られたものは多い。
「だが──」
才蔵の目が細くなる。
「敵に水野六左衛門が居ると知れたことは収穫よ」
そう言って、馬首を返した。
戻る。
今はそれでいい。
偵察の目的は果たした。
敵の戦力も分かった。
そして何より、これほどの武者が守備についていることも分かった。
だが──。
「待て、才蔵!」
背後から六左の声が飛んだ。
才蔵が振り返る。
「俺は言ったはずだ!」
六左は槍を構えた。
「今すぐ引き返すなら命は助けてやる、と!」
才蔵は黙っている。
「だが貴様は打ち掛かってきた!」
六左の声が鋭くなる。
「だから死んでもらう!」
一瞬、空気が張り詰めた。
「今、この場で!」
才蔵は肩越しに六左を見た。
「どうするつもりだ?」
口元に薄い笑みが浮かぶ。
「こちらの手勢は三百。そっちはせいぜい五十といったところか」
周囲を見渡す。
「それでどうやって儂を殺す?」
「雑作も無いことよ」
六左は静かに答えた。
そして──。
槍をゆっくりと持ち上げた。
その穂先が、真っ直ぐに才蔵を指し示す。
「あれが的だーー!!」
六左の声が響き渡った。
何のことか。
才蔵が眉をひそめた、その瞬間。
──轟音。
一発だけ。
銃声が大牧村の入口を震わせた。
あまりにも唐突だった。
兵たちが意味を理解するより早く、才蔵の身体が大きく揺れる。
「……え?」
才蔵の口から、声にならない息が漏れた。
身体がぐらりと傾く。
馬が驚いて首を振った。
次の瞬間、才蔵の身体が馬上から、もんどり打つように落ちた。
「才蔵様ぁっ!!」
兵たちが一斉に駆け寄る。
だが、才蔵は動かなかった。
兜の下。
眉間に、大きな穴が穿たれている。
弾丸は兜の錣さえも貫き、そのまま頭部を撃ち抜いていた。
傷口から、鮮血が噴き出す。
さっきまで、誰も手を出せなかった。
誰もが畏れ、誰もがその武勇を見守っていた。
その男が──。
たった一発の銃声で、あまりにもあっけなく地面に倒れている。
兵たちの顔から血の気が引いた。
理解できない。
何が起きたのか。
分からないまま、ただ恐怖だけが広がっていく。
「見たか!」
六左が怒鳴った。
「才蔵は色狂い金吾に手を貸した罪で、軍神の怒りに触れたのだ!」
槍を振り上げる。
「貴様らも後を追わせてやろうか!!」
三百対五十。
兵力だけを見れば、状況は何も変わっていない。
だが、その三百人の中に、戦おうとする者はもういなかった。
笹の才蔵が一撃で討ち取られたのだ。
しかも、その一撃がどこから放たれたのかさえ分からない。
兵たちは才蔵の亡骸を抱え上げると、我先にと後退していく。
隊列も何もない。
ただ逃げる。
生き残るために。
やがて、その姿が街道の彼方へ消えていく。
六左は、それを追わなかった。
追えば勝てる。
それは分かっている。
だが、今は追う必要がない。
敵の目的は偵察だ。
そして、その目的はすでに潰した。
六左は大きく息を吐いた。
「ふう……」
ようやく緊張が解ける。
「後追いはせんのですか?」
声に振り返ると、いつの間にか藤四郎が立っていた。
六左はそれを見て、苦笑した。
「おう。さすがに見事な腕前だったな」
そして、肩に掛かった長竿へ目を向ける。
「たった一発で仕留めるとは。さすが雑賀孫市じゃ」
「それは、この長竿の手柄ですよ」
藤四郎は淡々と答えた。
「あの櫓からなら、誰が撃っても当たります」
「まあ、そう謙遜するな」
六左は笑った。
「それにしても……」
先ほどまで三百もの兵がひしめいていた街道を見る。
そこには、もう誰もいない。
「奴らの慌てぶりは滑稽だったな」
藤四郎は答えなかった。
ただ、去っていった兵たちの姿を見つめている。
そして、ぽつりと尋ねた。
「このまま帰すのですか?」
「ああ」
六左は頷いた。
「あとはまあ、七郎に任せるさ」
それだけ言うと、六左は踵を返した。
「撤収するぞ!」
部下たちへ声を掛ける。
兵たちが一斉に動き始めた。
その背後で、村には再び静寂が戻りつつあった。
そして彼らは姿を消し、山々には一撃の残響だけが残された。
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