使者[3]
「それにしても、えらい大荷物だな」
白雲城の倉へ次々と運び込まれていく荷駄を眺めながら、賀津が感嘆の声を漏らした。
街道には、何頭もの牛馬が連なっている。
背に負わせた荷はどれも尋常ではない重さなのか、牛馬は白い息を吐きながら、蹄でまだ湿り気の残る土を踏みしめていた。
荷には念入りに筵が掛けられ、さらに縄で幾重にも縛られている。
いったい何を運んできたのか。
それほどまでに厳重な荷物が、ひとつ、またひとつと倉へ吸い込まれてゆく。
「お賀津様! お久しゅうございます!」
「なんだ、長吉も来ていたのか」
「なんだとは、ひどい言い様でございますな。お師匠様からの大切な荷物を、わざわざ運んできたというのに」
声の主を見て、賀津は目を細めた。
懐かしい顔だった。
長吉。
保田信右衛門常典こと又蔵の弟子であり、賀津とは同い年だ。
幼い頃から顔を合わせてきた、いわば兄弟のような間柄である。
龍仙寺にいた頃も、長吉は又蔵の傍らで雷振筒の製造に携わっていた。
まだ若い。
だが、鉄砲職人として積んできた経験は決して浅くない。
賀津にとっても、気心の知れた仲間だ。
「兄やんからの荷物って、なんだ?」
「これでござるよ」
長吉はそう言うと、荷のひとつへ歩み寄った。
結び目を解き、被せてあった筵をゆっくりとまくり上げる。
その瞬間、筵の下から黒鉄色の鉄塊が姿を現した。
蔵に差し込む薄い陽射しを受け、その表面が不気味なほど鈍く光る。
ただの鉄塊ではない。
幾つもの部品が複雑に組み合わされ、見慣れた鉄砲とも、これまで扱ってきた雷振筒ともまるで違う異形の姿をしている。
「なんだ、こりゃ……?」
賀津は思わず身を乗り出した。
「おわかりになりませんか?」
長吉の口元が、にやりと緩む。
「私は、これを組み立てるために使わされたのでございますよ」
そう言って、長吉は満面の笑みを浮かべた。
その顔には、隠しきれない誇らしさがあった。
まるで、とっておきの宝物を見せる子供のようだ。
「……?」
賀津はしばらく鉄塊を見つめていた。
どこかで見たことがある。
そう思った。
だが、記憶の中にあるそれと、目の前の物体がなかなか結びつかない。
やがて賀津の目が大きく見開かれる。
「これって、まさか……」
「そうです」
長吉は嬉しそうに頷いた。
「まさか、です」
「……十輪か!?」
「はい!」
長吉の声が倉に響いた。
賀津は言葉を失った。
目の前にあるのは、ただの鉄砲ではない。
かつて拓真が龍仙寺で図面を引き、その設計をもとに又蔵が形にした超兵器──牙十輪狗砲。
通称、十輪。
一分間に百二十発。
桁外れの速射性能を持つその兵器は、もはやこれまでの戦場の常識から完全に外れた存在だった。
敵が数百であろうと、数千であろうと関係ない。
その銃口から弾丸が吐き出され続ければ、押し寄せる兵の群れを文字通り薙ぎ払うことも可能だろう。
「よく兄やんが送ってくれたな……」
賀津は、しばらく十輪を見つめた。
その声から、先ほどまでの興奮が消えていた。
「こいつは……兄やんの宝物なのに……」
又蔵がどれほど十輪を大切にしていたか。
賀津は知っている。
長い時間をかけて作り上げた技術の結晶。
拓真が残した設計図を、又蔵が自らの手で形にした、二人の絆の象徴。
それを──。
「内匠頭様がお願いされたそうですよ」
長吉が答えた。
「『お賀津に十輪を送ってくれ』って。だから、お師匠様も快く引き受けたんです」
「……そうか」
賀津の胸の奥が、じわりと熱くなった。
「タクミサマが……」
無意識に胸元で拳を握る。
脳裏に浮かんだのは、あの男の顔だった。
いつも飄々としていて、ときに無茶を言いながら、それでも最後には誰よりも仲間のことを考えていた男。
その拓真は、仙界へ帰ってしまった。
もう、ここにはいない。
それなのに、こうなることを見越して手を差し伸べてくれていた。
その事実が、賀津の胸を締めつける。
寂しさと嬉しさが入り混じり、うまく言葉にできない。
「……ありがとな、タクミサマ」
小さく呟いた声は、誰にも聞こえないほどだった。
だが、その拳には強く力が込められていた。
これを無駄にはできない。
拓真が自分のために送ってくれたものなら、必ず役に立ててみせる。
「私が十輪を組み上げますので、お賀津様は弾をお作りください」
長吉が荷物を眺めながら言った。
「十輪は、大食いですよ」
「……ああ」
賀津は顔を上げた。
「それなら、たらふく食わせてやらねえとな」
十輪の弾倉は円環状になっている。
一度に装填できる弾丸は六百発。
だが、それだけでは十分ではない。
毎分百二十発。
普通に撃ち続ければ、わずか五分で撃ち尽くしてしまう。
五分。
戦場では、それだけの時間で戦況が一変する。
そして、この兵器を本当に戦場で運用するつもりなら、数千発程度では心許ない。
必要なのは、万単位の弾丸だ。
幸い、長吉が運んできた荷には、弾丸を製造するための部品も大量に積まれている。
ただし、雷汞だけは入っていない。
だが、それなら問題はなかった。
拓真と共に作った雷汞が、賀津の手元に十分すぎるほど残されている。
これまで積み上げてきた技術。
蓄えてきた材料。
そして今、ここに届けられた十輪。
そのすべてが、ひとつに繋がった。
牙十輪狗砲が、本来の力を発揮するための条件が整ったのである。
賀津は目の前の黒鉄の塊を見つめた。
まだ、それは沈黙している。
だが、やがてこの鉄塊が咆哮を上げる時が来る。
その時、白雲城の者たちは知る。
自分たちの手に、いったい何が与えられたのかを。
そしてまた、敵も知ることになる。
自分達を絶望の淵に叩き込む存在を。
ただし、その時が来るのは、もう少し先のことであった。
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