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Last rewrite  作者: 蒼了一


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使者[1]

 慶長九年の元日は、太陽暦では一六〇四年一月三十一日に当たる。


 この年の冬は小氷期のただ中で、さらに南米のワイナプチナ火山が起こした大噴火の影響もあり、北半球は厳しい寒さに覆われていた。


 だが、春の訪れは意外なほど早かった。


 三年という歳月は、成層圏まで吹き上げられた火山灰が沈静化するには十分な時間であった。その上、この年はエルニーニョ現象が発生し、世界各地で気温が上昇したと記録されている。


 飛騨の隣国である信濃でも、例年なら春の終わりまで山肌に残っている雪形が、春先にはすっかり姿を消していたという。


 例年よりも早く雪は解けはじめた。


 二月半ば。


 山々にはところどころ雪が残っていたが、その量は日に日に減っている。陽射しも、冬のそれとは明らかに違う。雪の上に落ちる光にも、かすかな温もりを感じられた。


 そんな残雪を踏み越え、荷駄の列と共に一団の男たちが白雲城へとやって来た。


 飛騨の峰々に囲まれながら屹立する城を眺め、一人が懐かしそうに目を細める。


 そして、お賀津の仕事場へ顔を出した。


「久しぶりだな、お賀津」


「五平サン! 五平サンじゃねえか!」


 声を聞いた瞬間、お賀津の顔がぱっと明るくなった。


 北川五平。


 かつて拓真の側近として仕え、書状の代筆や解読の補助などを担っていた男である。


 今は垣屋勘兵衛の家臣となっていた。


「殿……内匠頭様が現れたというのは、真であったのか?」


「ああ、間違いねえ。昔とまんま変わんねえでよ。色々と教わったよ」


「左様か……」


 五平は小さく息を吐いた。


 その声音には、喜びと、それだけではない複雑な感情が滲んでいた。


「拙者も……一目、お目にかかりたかった」


「仕方ねえさ。たった十五日しかいらんなかったからな」


 お賀津の言葉に、五平は静かに頷いた。


 十五日。


 それだけの時間しかなかった。


 五平は桃配山の戦いの折、勘兵衛の指揮下に入り、共に家康を襲撃した。


 本来ならば、拓真の身を守ることが五平の役目だ。


 だが、拓真を戦場から遠ざけるため、勘兵衛はある策を講じていた。


 拓真を戦闘に参加させず、安全に佐和山へ帰還させる。


 そのために、拠点として設置した穴蔵へ一時的に閉じ込める。


 時間も説得の可能性も乏しかったため、監禁という手段を選ばざるを得なかったのだ。


 五平もまた、その企みに加わっていた。


 あの時は、それが最善の方法だと信じていた。


 だが、守りたかった本人は忽然と姿を消す。


 誰にも予測できなかった出来事だ。


 それでも五平の胸には、拭い去れない悔恨が残った。


 もし自分が傍にいたなら。


 もし、あの時に別の判断をしていたなら。


 そんな思いが、幾度となく脳裏を過ぎった。


 だからこそ、拓真が再び姿を現したと知った時、五平は安堵した。


 生きていた。


 しかも、仙界という異なる世界から戻ってきたのだという。


 その事実を知ったことで、胸の奥に澱のように溜まっていた自責の念は、ようやく幾分か薄れた。


 それでも、騙してしまったことを詫びたいという思いだけは消えなかった。


 今は勘兵衛の家臣である。


 立場は変わった。


 だが、拓真がかつての主君であることに変わりはない。


 そして、あの時に自分が何をしたのかも、決して忘れてはいなかった。


「タクミサマも五平サンに会いたがっていたよ」


 お賀津が、そんな五平の心を見透かしたように笑った。


「今は勘兵衛様の御家来だって言ったら、『そうか、そうか』って嬉しそうにしてたぜ。タクミサマも五平サンたちのことを心配してたんだ」


「……有りがたいことだ」


 五平は静かに答えた。


 その声は、わずかに震えていた。


 そして、ふと顔を上げる。


 南の空へ向かって、深々と頭を下げた。


 青く澄んだ空の彼方。


 そこには何も見えない。


 だが、その方角には、拓真たちが仙界へ帰っていった場所──あの山小屋がある。


 五平には、それが見えるような気がした。


 もう一度会えたなら。


 その時こそ、きちんと頭を下げて詫びたい。


 そんな思いを胸の奥に抱きながら、五平はしばらく南の空を見つめていた。


「そういや、大殿様の御使者って誰が来たんだ? まさか勘兵衛様?」


 お賀津が何気なく尋ねる。


「いや。正使は山田様で、副使は樫原様だ」


「そっか……龍仙寺衆の組頭が来てくれたんだ」


 その名を聞いたお賀津の顔にも、自然と笑みが浮かんだ。


 山田左衛門佐頼定《やまださえもんのすけよりさだ》。


 樫原大炊介隆信《かしはらおおいのすけたかのぶ》。


 二人とも龍仙寺衆の組頭である。


 飛騨の山奥まで、最も信頼する仲間がやって来てくれた。


 それは、お賀津にとって嬉しいことであり、同時に心強いことでもあった。


 白雲城を吹き抜ける風は、まだ冷たい。


 けれど、その風の中には、確かに春の匂いが混じっていた。

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