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Last rewrite  作者: 蒼了一


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歩拍[4]

「どう、お関! 私の歩拍(ほはく)!」


 白雲城の奥深く、人目の届かぬ板張りの広間。


 冬の柔らかな陽光が障子を透かして差し込み、磨き上げられた床板に淡い光を落としている。その静寂を破るように、弓月は軽やかに床を蹴った。


 つま先で弧を描き、ふわりと身を翻す。


 裾が花びらのように広がり、金糸を織り込んだ髪飾りが陽光を受けてきらりと輝く。


 その足取りはまるで風を踏み、雪の上を舞う小鳥のようだった。


 くるり、くるり。


 幾度も身体を回転させるたび、異国の血を宿す青い瞳が嬉しそうに細められ、その表情には少女らしい無邪気な笑みが咲いている。


「まだまだ、おあな様の歩拍には及びませんよ、お姫(ひい)様」


 部屋の隅へ正座したお関は、目を細めながら静かに微笑んだ。


 その眼差しは、どこか懐かしいものを見つめるようでもあった。


「それは、お関の教え方が悪いのよ。私は母(かか)様の歩拍を見たことがないんですもの」


 頬を少し膨らませ、弓月は唇を尖らせる。


 もっとも、その拗ねた表情すら愛らしく、お関は思わず口元を緩めた。


 歩拍──。


 それは遥か西方、ウクライナの大地で踊られる伝統舞踊、ホパークのこと。


 お関はかつて、アナスタシアの世話をする中で、その舞を幾度となく見てきた。


 言葉は通じない。


 互いの国の文字も読めない。


 それでも、お関は決して理解することを諦めなかった。


 身振りを真似、絵を描き、指を差し、何度も同じ言葉を繰り返す。


 失敗すれば二人で笑い、通じれば子どものように喜び合う。


 そんな日々を積み重ねるうち、お関は断片的ながらアナスタシアの言葉を覚え、やがて二人だけが理解できる、不思議な会話の形を築き上げていった。


 それは言語ではなく、心を通わせる術だった。


 お関は礼儀作法や教養に優れていただけではない。


 相手を理解したいと願う真心と、深い慈しみを備えた女性だったのである。


 異国へ流れ着き、誰にも言葉が届かなかったアナスタシアにとって、お関は唯一、孤独を分かち合えた親友だった。


 短い生涯ではあった。


 だが人生の最後に、お関という存在を得られたことだけは、神が彼女へ与えたささやかな慈悲だったのかもしれない。


 弓月が母を知ることができたのも、すべてお関のおかげだった。


 遥か西の果てから、かざく(コサック)と呼ばれる民と共に旅を続け、その首領えるまく(イェルマーク)に守られながら東を目指していたこと。


 旅の途中で一行と引き離され、いつしか中国船へ乗せられていたこと。


 その経緯について、お関も詳しくは聞いていない。


 いや、おそらくアナスタシア自身も、何が起きたのか理解できてはいなかったのだろう。


 奴隷として売られたのか。


 あるいは誰かに買われ、その果てに船へ乗せられたのか。


 真実は誰にも分からない。


 ただ一つ確かなのは、嵐の海で命を落としかけながらも、日本へ流れ着いたという事実だけだった。


 それが不幸の始まりだったのか、それとも命を繋いだ幸運だったのか──その答えを知る者は、もう誰もいない。


「おひい様、そろそろ歩拍はおしまいになさいませ。いつ人に見られるか分かりませんから」


 お関は少しだけ声を潜めた。


 異国の舞は、この国ではあまりにも珍しい。


 興味本位で見られるだけならまだいい。


 だが、人によっては奇異の目を向ける者もいるだろう。


 弓月を守りたい。


 そんな母にも似た思いが、その言葉には込められていた。


「大丈夫よ。ここにはお関しかいないもの。それに、また千丸に歩拍を見せてあげるの。千丸、私の歩拍が大好きだから」


 弓月は楽しそうに笑いながら、もう一度だけ軽く身を回した。


 その笑顔を見ていると、お関も強くは言えない。


「まあ、殿のことをまた千丸などと……。そのようにお呼びしてはなりません」


 少しだけ眉を寄せ、たしなめる。


 しかし弓月は悪びれる様子もなく、くすりと笑った。


「いいの。大人になっても、千丸は千丸だもの」


 その答えに、お関はとうとう肩を落とす。


「本当にもう……困ったおひい様だこと」


 呆れたようにため息をつきながらも、その声には優しさしかなかった。


 千丸──。


 それは内ヶ島蔵人佐氏頼の幼名であり、弓月の夫となった今では、家中でその名を口にする者はほとんどいない。


 だが弓月だけは違った。


 幼い日に出会い、共に笑い合った頃のまま、二人だけの時は今も変わらず「千丸」と呼び続けている。


 そのたびにお関はたしなめ、弓月は笑って受け流す。


 もう何度繰り返したか分からない、いつものやり取りだった。


 そして最後には決まって、お関が小さくため息をつき、弓月がいたずらっぽく笑う。


 白雲城の奥には、今日も変わらぬ穏やかな時間が、ゆっくりと流れていた。

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