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Last rewrite  作者: 蒼了一


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155/245

歩拍[1]

 飛騨攻めに動員される陣容が白雲城へともたらされたのは、年が明けて間もない頃であった。


 北陸はいまだ深い雪に閉ざされている。峠は白く埋もれ、人馬の往来は著しく制限されていたが、それでも命綱のような通信路だけは辛うじて生きていた。雪を踏み分ける飛脚や荷駄が、凍てつく風に耐えながら各地を結び、細いながらも情報と物資を運び続けている。


 眸海は飛騨侵攻の陣立てをかなり早い段階で掴んでいた。しかし、その内容があまりにも常軌を逸していたため、すぐには報せを送らなかった。


 二万。


 その数字は、飛騨という土地を知る者なら誰もが首を傾げる兵力だった。


 情報が誤っているのではないか。敵の偽情報ではないのか。そう考え、幾重にも裏を取り、細部を照合し、ようやく確信を得た末に白雲城へ伝令を走らせたのである。


「二万とは……金吾は、ついに狂うたのか?」


 文を読み終えた慶次郎は肩をすくめ、呆れ半分の笑みを浮かべた。その笑みの奥には、「まさか」という思いが色濃く滲んでいる。


「眸海は相当念入りに調べたようだ。ここまで細かな陣立てを揃えている以上、本気と見るべきだろう……」


 政宗も苦笑を浮かべながら文面へ視線を落とした。


 内心では到底信じ難い。しかし、眸海ほどの男が確証もなく情報を流すはずがない。兵数だけでなく、諸将の配置まで事細かに記されている以上、誤報と切り捨てることはできなかった。


 何より、小早川家ほどの大勢力が、飛騨の内ヶ島ごとき相手に、わざわざ情報戦を仕掛ける理由など見当たらない。


「総大将が主計頭とは、随分と大物を引っ張り出したな」


 又兵衛は愉快そうに口角を上げた。


 だが、その笑みは慶次郎のような呆れではない。


 猛獣が強敵の匂いを嗅ぎ取った時に見せる、抑え切れぬ昂揚だった。


 相手が強ければ強いほど胸が躍る。


 勝敗よりも、命を懸けて刃を交える瞬間を求める。どうしようもないほど戦人の血が騒いでいた。


「副将が万千代(井伊直政)ってのもいい。あいつの首は俺が取るからな! 皆、覚えておけよ!」


 六左は拳を握り締め、豪快に笑った。


 直政はかつて共に家康へ仕えた、いわば同僚である。


 その実力も、戦場での恐ろしさも、誰より知っている。


 だからこそ、その首には誰より価値があると信じていた。今度は敵として、戦場で相まみえることを思うだけで、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


「金吾様が戦んことば知っちょっかち? こんな山奥い二万も引き連れてくっなんて、正気じゃありもはんわ!」


 七郎は腹を抱えて笑い、パンパンと手を叩いた。


 あまりに馬鹿げた兵数に、笑うしかなかったのである。


「しかし、主計頭様も兵部少輔も戦ごとには手練れた方々。大軍を扱う難しさは、十分ご承知のはず」


 藤四郎だけは笑みを浮かべながらも、その眼差しは冷静だった。


 加藤主計頭清正も、井伊兵部少輔直政も、当代屈指の名将である。


 その二人が、狭く険しい飛騨の山々へ二万もの軍勢をどう動かすつもりなのか。


 兵の多さが、そのまま強さになる土地ではない。


 だからこそ、その采配には純粋な興味すら覚えていた。


「それはまず、お手並み拝見といった所か」


 政宗が静かに口元を緩める。


 その言葉を受け、又兵衛も獰猛な笑みを浮かべた。


「果たしてどれだけの働きが出来るかな。今度の主君は太閤殿下でも内府様でもない」


「飼い主を間違えた番犬に、野良犬の喧嘩を見せてやるさ」


 六左の荒々しい一言が座を締めくくる。


 一瞬の静寂の後、


「おう!」


 野太い声が広間いっぱいに響き渡った。


 誰一人として敵の大軍に怯む者はいない。


 むしろ胸の内で燃え始めた闘志を確かめ合うように、それぞれが拳を握り締める。


 冬の空気は凍えるほど冷たい。


 それでも広間の熱気だけは、戦を待ち望む男たちの気迫によって、雪さえ溶かしそうなほど熱く満ちていた。

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