初雪[1]
「藤四郎サン! すげえよ! 外、真っ白だよ!」
まだ夜の名残が残る早朝、静寂に包まれた藤四郎の部屋へ、お賀津が勢いよく飛び込んできた。
障子が音を立てて開かれ、冷えた空気が一気に流れ込む。
寝床の中でまどろんでいた藤四郎は、その冷気に肩をすくめながらゆっくり身を起こした。眠たげに目をこすり、声のした方へ視線を向けると、頬を紅潮させたお賀津が、子供のように目を輝かせて外を指差している。
「こんな朝早くに、どうしたんですか? お賀津殿」
「どうしたって、雪だよ雪! まわり全部、真っ白々になってるんだ!」
「雪なんて珍しくもないでしょう。何をそんなに驚いているんですか?」
藤四郎は苦笑した。
佐和山でも雪は決して珍しいものではない。冬になれば幾度となく雪は降り、伊吹山は春まで白い頂を保ち続ける。平地こそ積もった雪はすぐに解けるが、雪そのものに目を丸くするほどではなかった。
「すげえんだよ! とにかく見てくれよ!」
いてもたってもいられない様子のお賀津は、藤四郎の腕を掴むと半ば強引に部屋の外へ引っ張り出した。
戸口をくぐった瞬間、藤四郎は思わず息を呑む。
「……おお、たしかにこれは凄いですね」
眼前には、一夜にして生まれ変わった白銀の世界が広がっていた。
昨日まで枯れ木と落ち葉に覆われていた山々は、まるで白い衣をまとったかのように静かに眠り、空からは今なお細かな雪が絶え間なく舞い降りている。音という音は雪に吸い込まれ、世界全体が深く息を潜めているようだった。
「だろ! 飛騨は雪がすげえって聞いてたけどさ、ここまでとは思わなかったなー」
お賀津は降り積もった雪を見渡しながら、胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んだ。
一晩で世界の色が塗り替えられる。そんな光景を見るのは初めてだった。
見慣れた景色が跡形もなく姿を変え、昨日まで確かにあった道も庭も境界さえ曖昧になっている。その非現実的な美しさに胸が高鳴り、誰かとこの感動を分かち合わずにはいられなかった。
この城で真っ先に思い浮かんだ相手が藤四郎だった。
だからこそ、まだ夜明け前だということも忘れ、部屋へ飛び込んできたのである。
「しかし、こうして雪を眺めていると風邪を引きそうですね」
藤四郎は肩に降り積もる雪を払って小さく笑う。
「そうだな。じゃあ朝飯食いに行こうぜ」
二人は白い息を吐きながら顔を見合わせ、城内へ戻っていった。
拓真たちが姿を消えてから十日。
飛騨はいよいよ本格的な雪の季節を迎えていた。
もっとも、深雪に閉ざされるからといって、人々の営みまで止まるわけではない。
塩屋文内はいまだ佐和山から戻ってはいない。しかし出立前には、馬借や下男、内ヶ島領内の村人たちへ細かな指示を与え、積雪後も交通路が機能するよう周到な備えを済ませていた。
街道の両脇には長い竹竿が等間隔に立てられ、雪に埋もれても道筋を見失わぬ工夫が施されている。さらに除雪に当たる者たちの組み分けまで決められており、豪雪すら織り込み済みだった。
もちろん白雲城も歩みを止めない。
又兵衛や六左は汗を流して雪かきをしながら調練を続け、七郎や藤四郎は、お賀津とともに弾丸の製造や銃器の整備に追われる日々を送っている。
吐く息は白く、指先はかじかみ、思うように身体は動かない。それでも誰一人として弱音を吐く者はいない。
雪に覆われた静かな季節の下で、それぞれが黙々と積み重ねる一つひとつの努力は、やがて訪れる雪解けの時、そのまま戦場で生きる力へと変わる。
誰もが、その日を固く信じていた。
読んでくださり、本当にありがとうございます!
この作品を「続きが気になる」と思っていただけたら、
ぜひブックマークとポイント評価をお願いしますm(_ _)m
応援が増えるほどヤル気が爆上がりします……!
感想も一言でもくれたら即返信+X(旧Twitter)で感謝ポストします!
次回もよろしくお願いします!




