典膳暗躍[4]
即答だった。
そのあまりの躊躇のなさに、三成の内で何かが軋む。
「貴様……何を言っているのかわかっているのか?」
「無論にございます」
典膳は穏やかに、しかし確固として言い切った。
「ですが、この件が大事になれば──宰相様にとって、大きな災いとなりましょう」
その言葉は、まるで氷の刃のように、静かに突き刺さった。
「……どういうことだ?」
「私の調べましたところ、雷振筒は闇で数十挺が流れているとのこと」
雨音が、遠のいた気がした。
三成の意識が、その一言にすべて引き寄せられる。
数十挺──。
その数は、あまりにも重い。
「もしかしたら、宰相様もその事にお気づきになっておられるのでは?」
典膳の視線が、じっと三成を射抜く。
逃げ場はない。
──此奴は知っているのだ。
龍仙寺衆が六十挺の雷振筒を紛失していることを。
島左近を中心に、極秘裏に調査を進めているにもかかわらず、いまだ糸口すら掴めていないことを。
その事実を、この男は掴んでいる。
なぜ。
どうやって。
思考が追いつかない。
ただ確かなのは、主導権がこちらにないということだった。
「……仮にお主の言うことが誠だったとして、それをなぜ今、儂に言うのだ?」
ようやく絞り出した問い。
だがその声には、先ほどまでの鋭さはなかった。
「この件は、それがしが責任を持ってお調べいたします。ゆえに、真相がわかるまでお待ち頂きたいのです」
典膳は一歩も引かず、言葉を重ねる。
「もし何十挺もの雷振筒が闇に流れていることが世に知れ渡れば……一体どのようなことが起きるか」
わずかに目を細め、低く続けた。
「ああ、考えるだに恐ろしいことでございます」
静かな声音。だが、その裏にあるものは明白だった。
脅し──。
いや、それ以上だ。
現実の提示。
石田家が龍仙寺衆を擁することが許されているのは、厳格な統制への信頼あってこそ。
それが崩れればどうなるか。
五大老としての立場も、政治的信用も、すべてが瓦解する。
──追い込まれている。
三成は理解した。
そして同時に、認めざるを得なかった。
この男は、自分の急所を正確に掴んでいる。
「……待てというのは、どれくらいだ?」
言葉を選びながら問う。
すでにこれは、拒絶できる類の話ではない。
「まず、一年」
典膳は迷いなく答えた。
「それだけお待ち頂ければ、闇に流れた雷振筒、必ずや突き止めてみせまする」
沈黙が落ちる。
雨音だけが、時を刻む。
長いようで、短い時間だった。
やがて三成は、ゆっくりと口を開く。
「今その話をしたということは……内ヶ島の件も含めて、ということか?」
「さすが宰相様」
典膳の声に、かすかな満足が滲む。
「内ヶ島の件は、しょせん一揆まがいの小競り合い。一年のお時間をいただければ、すべて解決いたしまする」
その言葉を聞いた瞬間、三成の中で何かが音もなく沈んだ。
理はある。
だが、それを貫けば、自らが崩れる。
ならば──。
選べる道は、ひとつしかなかった。
こうして、石田三成は沈黙した。
その沈黙によって、小早川は一年の猶予を得る。
後に直江兼続が違和を覚えることになる、あの煮え切らぬ態度。その根にあるのは、まさにこの瞬間だった。
──そして。
三成は、まだ知らない。
目の前で静かに頭を垂れているこの男こそが、六十挺の雷振筒を盗み出した張本人であることを。
雨はなおも降り続けている。
その音は、まるで何かが静かに崩れていく気配を、覆い隠すかのようだった。
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