典膳暗躍[3]
兵庫との面談が終わり、三成が座を立とうと腰を浮かせた、その刹那だった。
背後に控え、終始一言も発さず、まるで飾り物のように気配を殺していた男──栢谷典膳が、すっと口を開いた。
「率爾ながら宰相様にお話したきことがございまして、我が主よりお言葉を預かっております」
静かな声だった。だが、その一言は不思議なほど場の空気を変えた。
三成はわずかに眉をひそめ、振り返る。
「お主は……」
「はっ、金沢にて側用人頭を務めます、栢谷典膳と申します。どうか、我が主の言葉に耳をお傾けくださいませ」
典膳は深く頭を垂れる。所作は端正で、どこにも乱れがない。だがその整いすぎた振る舞いが、かえって三成の警戒心を刺激した。
──この男、やはりただ者ではない。
先ほどから胸の奥に引っかかっていた違和が、はっきりと形を帯びる。
だが同時に、「主の言葉」という響きが、三成の足を止めた。
小早川秀秋の最側近。そこまでの立場にある者が、わざわざこの場で口を開く。無視してよい話ではない。
「言葉とは何だ? 申してみよ」
「はっ。ですが、この話はいささか秘事が含まれておりますゆえ、どうかお人払いを」
その言葉に、座敷の空気がぴんと張り詰めた。
身分を思えば、あまりに無礼な申し出である。だが三成は、眉一つ動かさなかった。
──無礼かどうかは問題ではない。中身だ。
実務家としての思考が、即座に判断を下す。
「よかろう」
短く言い、三成は控えていた小姓や側用人に退出を命じた。兵庫頭までもが黙って頭を下げ、座敷を辞していく。
襖が閉じられる音。
人の気配が消える。
残されたのは、三成と典膳、ただ二人。
静寂が落ちた。
外では雨が、相変わらず絶え間なく庭を打っている。その音だけが、妙に大きく耳に届いた。
典膳はゆっくりと顔を上げた。
そして、音もなく一歩、二歩と近づいてくる。
その歩みに、ためらいはない。まるでこの場をすでに掌中に収めているかのような、奇妙な落ち着きがあった。
やがて携えてきた細長い桐箱を前に置き、恭しく差し出す。
「これは?」
「どうぞ、お改めくださいませ」
三成は無言で箱を受け取った。指先に伝わるわずかな重み。
蓋を開け、袱紗をめくる。
その瞬間、三成の視線が鋭く変わった。
「これは……雷振筒ではないか」
「左様にございます」
「これはいかがした」
問いは短く、硬い。
典膳は一瞬、唇の端にかすかな笑みを浮かべたように見えた。
「実はこの筒は……」
語られた内容は、静かな声であったにもかかわらず、三成の内奥を激しく揺さぶった。
「──すると、その方はこの筒が正規に出された物ではないと申すのか?」
「番号をお改めいただければ明らかかと。宰相様がお譲り、もしくは御献上された雷振筒は、すべて記録されていると伺っております」
「偽物ではないのか?」
思わず問い返す。
だがその問いには、自らの願望が滲んでいることを三成は自覚していた。
──偽物であってくれ。
そうでなければ、事はあまりにも大きい。
「それこそ龍仙寺衆の方々にお改めいただければと。我が主の命にて調べましたところ、紛れもなく真品であるとの答えに至りました」
「ううむ……」
三成は筒を手に取る。
ずしりとした重み。掌に馴染む感触。細部の仕上げに至るまで、見慣れたそれと寸分違わぬ。
──間違いない。
直感が告げていた。
これは本物だ。
「それで、この雷振筒はどこから手に入れたのだ」
「それは……とある人物から……としか申し上げられませぬ」
「それで儂が納得すると思っているのか?」
声が低くなる。
だが典膳は一歩も退かない。
「いいえ……ですが、この件は殿の命により、それがしが調べている最中にございます。詳細はお話し出来ませぬ」
「ならばその調べは我が家で引き取ろう。お主が知っていることをすべて教えよ」
「残念ながら、それは出来かねます」
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