人工惑星
「もしもし、エリカ調査員」
新しく職員となったダウン・サイキバの声が聞こえてきた。それを聞いて、エリカは振り返る。
「この資料、サラ研究員からです」
少し視線を落とすと、彼がいた。今回、調査する惑星の資料をエリカへ手渡そうとしていた。しかし、身長が人類の太ももの位置までしかないので、思いきり両腕を上へ伸ばしている。
「ありがとう。ダウン」
エリカは笑顔でその資料を受け取った。
「今回は、一度ネット投票で保護が過半数を取り、実行された人工惑星です」
「本当だ」
ぺらぺらと資料をめくる音が廊下に響く。それと、ダウン・サイキバが瞬き(ダウン・サイキバの場合は、虹彩を動かす動作)をする気配がしてくる。
「今回の調査資料は、第2回目のネット投票に使われる」
その声に振り返ると、通がいた。
「行くぞ」
「はい」
エリカは通に返事をすると、ダウン・サイキバに手を振り出国ターミナルへと向かった。
――第1回目のネット投票時には、まだ知的生命体がいなかったのかぁ。
エリカは、資料に目を通していた。通も同じく、そうしていた。
――今回は、桜色の雨が降る?
この惑星の循環する液体には、フェノールフタレインと同じ成分が少し含まれている。よって、雨などは薄い桜色になるのだ。
「雨の色、きれい」
エリカはつぶやく。通は資料の写真を見て目を輝かせているエリカを見ていた。
――こいつは、桜色が好きなのか?
通はそう思うと資料へと目線を移した。
《おうし座プレアデス星団M45の惑星系第12惑星に到着しました》
スペース・シャトル内にアナウンスが流れる。その後、スペース・シャトルの側壁のドアが開いた。低空飛行をしているのでエリカと通の二人からは地面がよく見えていた。
――地面に水たまり。桜色だ。
エリカは、目を輝かせた。
――そんなに、雨ってうれしいのか?
通は、楽しそうなエリカを横目で見ていた。
この惑星は、桜色の雨が降るのだが、それに加え、誕生から雨が絶えたことがなく、毎日雨が降っている状態だった。
そんな雨の中、二人は地面に無事、着地する。しかし、次の瞬間、二人は視線の先の遠くの景色に驚いた。
――わぁ。
エリカが、指差す。
その景色の中には、まるで高層ビル群を思わせる高層建築物が遠くに複数存在していた。そして、その高層ビル群は光を通す透明なドーム型シールドに覆われていた。
「知的生命体の確認へ行こう」
「はい」
二人は桜色の雨の中、正面のビル群へ歩いていく。
すると、エリカが何かに気付いた。
「どうした?」
そんな彼女の方を見て、通は尋ねた。
「見て。進行方向10時の地平線がだんだん桜色になって来ている」
通はエリカの指さす方を見た。そして。
「海か……」
通がつぶやく。エリカは彼を見た。
「10時の方向だから、次第に海へ近づいていったんだろう」
「……」
通は、黙ったままのエリカを横目で見ていた。
「でも、空は青色だね。白い切れ目があるけど」
エリカと通は少しの間、空を見上げていた。
「ひこうき雲……」
通はつぶやく。遥か昔の地球の資料を思い出して。
――あの白い線が人工惑星を守るシールドのただの切れ目の線だという事は分かっている。だけど、なんだかまるで、地球儀の中から見上げた赤道みたいなんだ。
「あ、雨が強くなってきた」
エリカが両手の手のひらを上にかざす。
「急ぐか」
「そうですね」
二人は、走り出した。桜色の水しぶきが上がる。
エリカは、まるで、砂漠の中のオアシスのように荒野の一点にある、高層ビル群を見つめた。
「作動」
通は、右ひざの右側面に内蔵されているスイッチを押す。それは、全身の内側の筋肉などに埋め込まれ、筋肉の出力を引き上げるワイヤーを作動させるものである。一方、エリカは機械なので自動的にそれを切り替えた。
「3.2.1.0...」
二人は重力に逆らい、高層ビル群へ跳ね上がった。そして、放物線を描き、ビルの屋上へ降り立つ。そのまま、二人はこのビル群の中心部へとビルを跳び伝い、移動する。
「よっと……」
二人は適当にビルの屋上に降り立つ。
「ここにしよう」
「はい」
エリカが通の声に返事をする。このビルの屋上で調査を行うらしい。
「作動」
エリカと通の二人は自身に内蔵されている機器を作動させる。そのシステム機器を使用し、この惑星の知的生命体の言語を解読しようとするのだ。
《解析中。……解析中》
エリカの人工知能の中で機器がアナウンスする。
《完了》
――できた。
どうやら、この知的生命体の使う言語の解析が終了したようだ。あとは、主要人物たちの居場所を探るだけである。できれば、この惑星全体の代表者が集まる時刻と場所が特定できればいいのだが。
二人は辺りを見渡した。
《解析中。……解析……》
――聞こえた! 主要国合同会議。
通は後方からの音声を解析し、情報を手に入れた。
――情報は、手に入った。
通はエリカの方へ振り返る。
「帰ろう」
「はい」
エリカが返事をした、次の瞬間。
「ねぇ、あなたたちは誰?」
――何?
通は、焦った。
一方、ちょうどしゃがんでいたエリカは、まだ幼少の知的生命体の少女に目線を合わせるかたちになってしまった。久しぶりのアクシデントに驚き、即座に撤退という動作に移行できていなかったのだ。
「ねぇ、あなたたちは誰? どうしてその姿なの? 見た事ないよ?」
エリカは、その子の質問攻めにあった。
――えっと。
「行くぞ、エリカ!」
通は、右ひざの内蔵スイッチを押して立ち去る準備をしながら叫んだ。
「あなたたちもフリーランニング?」
それを遮るように、少女は話しかけてくる。
「え……」
「このビルの屋上って、立ち入り禁止だもん」
少女は大きな瞳をじっと開いてエリカを見ていた。
「もうすぐ、フリーランニングの後続者たちが来るよ?」
――何!?
通は、慌てて大声を出す。
「逃げるぞ、エリカ!」
「はい!」
エリカも慌てて機能を作動させる。
「え? 何で?」
二人の会話に、少女はきょとんとしていた。そんな彼女を残して二人は急いで逃げた。
「待って!」
知的生命体の少女はあとをついてきた。
――大変だ。
――どうしよう。
エリカたちも必死で逃げる。
「こちら須木。現在位置のビル群から、更地へ移動する。スペース・シャトルの低空待機を要請する」
《こちらスペース・シャトル。了解しました》
通は逃げながら、口内に内蔵された通信機でスペース・シャトルの操縦士と連絡を取った。
――あいつ、早い。
通は、少し振り返る。
「どうするの!?」
後ろのエリカが通へと話しかける。
「いいから、更地まで行くぞ! ビル群からは出てこないかもしれない!」
通と共にエリカもスピードを上げる。
――急がないと! せめて、ほかの生命体たちには見つからないように。
エリカは周りにも気を使った。
目の前に雨粒が落ちている光景が見えた。二人は、ビル群のドーム型シールドから飛び出て、桜色の雨の中へ不時着した。上には、スペース・シャトルが待っていた。
「乗るぞ」
「はい」
エリカたちは、スペース・シャトルへと乗り込む。どうやら、少女はドーム型シールドの外までは追いかけてこなかったようだ。
「振り切ったみたい」
「騒ぎにならなければいいが……」
エリカは、シャトルのドアから顔を少しだけ出して、後方のビル群を見ていた。




