青色
「エリカ」
その呼び声に彼女は振り返る。そこには、李四が立っていた。
「あの……」
引っ込み思案な彼は、口ごもる。
……。
「サラは?」
李四のいつもの性格にエリカもサラ・ブラウンを頼る。李四は恥ずかしがり屋で、しかも人見知りだ。よって、無口である。
「……お化粧室です」
彼は下を向いたままだった。
……。
李四は、サラ・ブラウンがいないととても一人では生きていけない感じである。彼が感情を少しでも表に出せるのは、彼女が側にいるからだ。
「それ、今回の資料ですか?」
エリカは李四の持っている資料に気づいた。
「うん。実は、こぎつね座の惑星状星雲M27付近にある惑星系の恒星が赤色巨星になりかかっているんだ」
まだ下を向いていた。
「それで……」
「エリカ、資料見た?」
声が遮られた。サラ・ブラウンが笑顔で手を振りながら歩いて来た。エリカは、サラ・ブラウンを見上げる。彼女は女性の中では背が高い方だ。だから李四とは背の高さが変わらない。
「スー、資料渡し……てないのね」
彼女は李四の持っている、まだ渡していない資料に気づいた。
「ごめん……」
李四は、下を向いたままだった。
「……」
エリカは二人を黙って見て、待っていた。
「はい。資料ー」
サラ・ブラウンは、資料を差し出す李四に合わせて、笑顔でアテレコする。
「……」
そんな二人を見てエリカは毎度ながら、対応に困っていた。
「じゃ、よろしくー」
サラ・ブラウンは笑顔で手を振ると、李四と共に去っていった。エリカは立ち去る二人を見送ると、受け取った資料を見始めた。
『調査惑星:こぎつね座惑星状星雲M27 惑星系第11惑星
番号:人工惑星P2021555
備考:過去に一度の保護あり』
人工惑星とは、保護すると決定された惑星系や環境、生命体などを守る為に作られたものである。その人工惑星は、基となった惑星と同じ自転と重力を持ち、大気圏の外側にはシールドがあり、自然環境までもを今まで通りになるように調整されている。
「エリカ」
彼女は通の声に振り返る。
「資料、覚えたか? 行くぞ」
通はそう言うと、シャトル搭乗口へと歩き出した。
「はい」
そう返事をして、エリカは通の後を追った。
現場へ向かうスペース・シャトル内、エリカは黙って今回の資料に目を通している。そんな彼女の横で通は、一面漆黒の宇宙が映る窓をずっと見ていた。
エリカはその様子に気付き、顔を通の方へ向けた。
「どうした?」
「え」
エリカは通に話しかけられるとは思っていなかった。なので、少し戸惑い、言葉につまった。
「えーっと、別に何も」
エリカがそう答えると、通は彼女から顔をそらす。
「お前、用もないのに俺を見てたのか?」
「え」
「何だよ?」
「楽しいよね?」
「何がだよ?」
「この仕事」
……。
少しの沈黙のあと、通は答えた。
「別に。中途半端だよ、この仕事も……」
そう言うと、顔をエリカからそらした。
――え?
エリカは、少し戸惑った。そんな彼女をよそに通は、また窓の外を見つめた。
――身勝手だよ、生命体なんて。
通の表情が険しくなっていた。
「……」
エリカは何も話さず、ただただ通を見ていた。
――中途半端?
――こんな時代になっても、生命体の作り出すものは完璧じゃないの?
――このシステムも法律も科学も価値観も、未完なのかな?
「どうした?」
「ううん、大丈夫」
エリカは苦笑した。戸惑いを隠して。
「……」
通は、そんなエリカをしばらく見ていた。
《こぎつね座惑星状星雲M27惑星系第11惑星P2021555へ到着。こぎつね座惑星状星雲M27第11惑星P2021555へ到着》
アナウンスがかかる。スペース・シャトルも低空飛行で準備は完了していた。それと同時に通は、携帯用シールドを作動させる。
携帯用シールドとは、主に調査員が使う透明性のあるシールドで、耐熱・耐衝撃・対X線など外部からの刺激に耐える機能を有している。調査員が外部刺激により、負傷したり、死亡したりしないようにするために配られている。
「行こう」
「はい」
二人は、スペース・シャトルから飛び降りる。そして、いつものように不時着する。すると。
――わぁー。
――青い大地。
エリカは、辺りを見回して目を輝かせた。資料でも見ていたのに、その美しさに驚いた。
そこには白い半透明な大地の上に、ふわふわした青いものが積もっていた。それが大地を青く見せていた。
「何か青いものが降ってくる……」
それは、通の手のひらにも降り注ぐ。
「なるほど、酸素の青い雪だ」
――生命体が守りたかったものはこれか。
手で溶けていく青い雪を見て感嘆した。
「これって氷の大地だね」
一方、エリカは足で雪を掘りながら、通に話しかける。青い雪の下の層を見ようとしていた。
この惑星では、酸素が地球でいう水、水が地球でいうマントルという役割になっている。よって、この惑星には、青い雪や雨が降る。
「エリカ、火口へ行こう」
エリカが彼の方へ振り向く。
「この人工惑星に生命体が誕生していないかどうか、確かめるぞ」
通は、すたすたと歩きながら話す。どうやら、火口から溢れた水から探すようだ。この惑星では、火山の噴火がまるで間欠泉だ。
二人は青い雪の上を歩いて行く。
――青いなぁ。生命体って、これを美しいと言うのかぁ。
――自然ばっかり、いいな。人工じゃだめなのかな?
エリカは少し、もやっとした。
二人は火口へ着いた。通はスポイトで火口の水を採取し、確認装置の中へ入れた。すると、電子音が鳴る。
「反応ありか」
通は、確認装置の画面を目の高さにまで持ってきて言う。
「今まで隕石も落とさせずに保護した結果だな」
――隕石も落とさせず?
エリカは今までの長い間、この仕事をしてきたのでその事実は知っていた。が、こんなにも不平等な事があるのだろうかと思っていた。
保護対象と非保護対象。
――いつも損をするのは、非保護対象の惑星系。
――そんなことは分かっている。
――でも、全員のこと、考えてほしい。ずっとそう思っていた。
「エリカ?」
通はエリカの異変に気づいた。
「……」
しかし、彼女は黙ったままだった。
「エリカ、応答しろ」
「……」
エリカはうつむいていた。
「エリカ・ニチュードがシャットダウンした。スペース・シャトルをよこしてくれ、調査は中止する」
通は通信機でスペース・シャトルの操縦士に連絡を取った。
「分かった。待機する」
……SHINOHARA。
……機械は、役割が全てだ。
……だから、この気持ちだけは、理解しないでくれ。
エリカは瞳を開けて、意識を取り戻す。目覚めたそこは、アンドロメダ支部の修理室。
「大丈夫だった?」
サラ・ブラウンがすぐ側にいた。エリカは思う。
――今なら、聞けるかもしれない。どうして、保護するの?
「宇宙連合が勝手に環境や生命体を保護するのって、宇宙連合の利他主義ですか?」
サラ・ブラウンは彼女の問いに驚いて、目を大きくした。
「……」
その問いのあと、黙ってしまったエリカにサラ・ブラウンはいつもの楽観さで言う。
「でも、生命体はわがままじゃないと魅力がないよね?」
そう言うと、彼女は笑顔を作った。
科学は、生命体のわがままでできている。
自然環境を守りたいのも。




