自然からの独立
「エリカ」
彼女は振り返る。
「今回の資料よ」
サラ・ブラウンは、エリカを呼び止めると、今回の資料を渡した。
「須木は、もう出国ターミナルへ向かっているから」
「はい、行ってきます」
エリカはサラ・ブラウンに手を振り、少し小走りで向かった。
――今回の惑星はどこだろう。
エリカは、資料をちらっと見てみる。
『天の川銀河 惑星系 第4惑星』
「!」
その文字が目に入って来た。この惑星は、太陽系の次に生成された惑星系の惑星だった。
――もう、こんなに時間が経過していたんだ。
この惑星系は、太陽が赤色巨星になった後、周りにガスを振りまいて白色矮星になったスーパーノヴァの時の星間ガスで出来たものだった。それに加え、この惑星系は太陽系を含めて第3世代目である。ちなみに、太陽系が第2世代なのは、地球創生時にもう既にウランなど、超新星爆発などで生まれる重い元素があったからである。
「今回は、3名で調査にあたるそうだ」
――え?
資料から視線を上げる。すると、通が正面に立っていた。
「え? なぜ?」
「第1世代の奴だそうだ」
通は、淡々と答える。
どうやら、地球が誕生する一つ前の世代の宇宙生命体が調査に加わるようだ。
「資料を見とけよ。載っている」
通は淡々と言う。
「行くぞ」
「はい」
エリカも通の後ろに付き、出国ターミナルに向かって歩き出した。
《出国ターミナルへ、ようこそ》
人工知能が立体映像で姿を現した。ここは、宇宙環境省のアンドロメダ支部の玄関口。基本的に調査員などの職員が利用する。
そんな中、二人はIDをかざす。すると、立体映像が変化する。
《IDを確認しました》
IDの確認の音声と共に、一人の宇宙生命体の青年がこちらへ歩いてきた。
《こちらが、今回調査に加わる調査員の方です》
人工知能が自動的に彼を紹介した。
「アースズナ・リと申します。よろしく」
アースズナ・リは、自己紹介をすると微笑んだ。
「初めまして」
アースズナ・リは、通にも微笑んだ。
ほとんど外部からの音など聞こえない、そんなスペース・シャトル内で、資料をめくる音がする。資料は1部=2~3枚で、内容のほとんどが無人の宇宙観測機からの情報である。
「須木君は、第2世代の太陽系の出身だったね? 資料に書いてあった」
アースズナ・リは、表情柔らかく話しかけてきた。彼は基本的に優しい。
「あぁ。でも、俺は宇宙コロニー生まれだ」
通は惑星の資料に目を通しながら答えた。
この時代、故郷の惑星時代から生きている(=医学の発達による不老不死)人物も3割ぐらいはいるが、通のように新しく宇宙コロニーで生まれた宇宙生命体の方が多い。
「えぇ、資料で見ました」
「……」
通は表情を変えなかった。
《天の川銀河惑星系第4惑星に到着しました》
アナウンスがスペース・シャトル内に流れた。
「さてと……」
三人は立ち上がり、低空飛行のスペース・シャトルから飛び降りた。そして、予定通り、地面へと無事に着地をした。
二人の生命体の強化された下肢には、スペース・シャトルから大地への着地など負担ではなかった。もちろん、機械のエリカにも。調査員には、筋肉を強化するための細いワイヤーが内蔵されているのだ。
「この惑星に生命体がいる事は、過去5回の調査でもう既に分かっています」
「はい」
あとは、知的生命体がいるか否かを確認するだけである。
すると、そのとき、エリカは頭上の空に何かを見つけた。
彼女は空を見て驚いた。
「わぁ」
そこには、青い空に映える白く大きな巻雲が存在していた。
――素敵。
アースズナ・リも空を見て微笑んだ。
――あれが、散光星雲か。
この惑星系の近くには、星間ガスが光を反射して光る散光星雲がある。よって、夜には巨大な光の絨毯が見える。それが昼間には白く巻雲に見えるのだった。
「……」
エリカは通の方を見てみた。すると。
「あれ?」
「急ぐぞ。エリカ」
見た時には、通とアースズナ・リは100メートルぐらいエリカから離れていた。
「何で?」
「後ろを見ろ」
通は、淡々と答える。
そう言われ、エリカは思いっきり真後ろを見た。
――え!?
次の瞬間、エリカも思わず走り出した。
――どうしよう!!
――避けられない。
バサァァァ……アァァ……。ァ……。……。
「……」
「どうやら、通り過ぎられた様だな……」
「そうですね」
通とアースズナ・リは、もう立ち止まって話していた。
結果から言うと、大量の昆虫が飛んで来たのだ。
――何か、苦手。
エリカは、そう思った。
……。
何かの気配に三人は、頭上を見上げた。すると。
「あ」
エリカとアースズナ・リの二人は、思わず体を後ろへ引いた。
――クラゲに大きな目が、二つ?
通の頭部にクラゲ型の宇宙生命体の幼生が落下してきたのであった。
「何なんだよ」
通は苛立つ。
《ごめんなさい》
――え?
「これって……」
「脳波ですね」
エリカとアースズナ・リの二人は顔を見合わせる。
――この惑星にも言語が存在していたんだ。
――という事は。
「知的生命体!?」
エリカは声に出して驚いた。
一方、通は自力でクラゲのような知的生命体の幼生を頭部から取り外していた。
《ごめんなさい》
知的生命体の大きな二つの瞳が動く。
「何か、かわいい」
そう言うエリカを、通は少し呆れて見ていた。
「須木君、大丈夫でしたか?」
アースズナ・リは通のことを心配し、声をかけた。そんな三人の中で、知的生命体が窮屈そうにうごめく。
《放して》
通は知的生命体から手を放してあげた。すると、その知的生命体は、ふわりと宙に浮いて空を見上げる。
《みんな、どこだろう》
「はぐれたの?」
《うん》
エリカは、再び頭上を見上げた。しかし、空以外何もない。
「一体、どうやって浮いているんですか?」
アースズナ・リが尋ねると、知的生命体の彼は、答えてくれた。
《水素》
――水素!?
アースズナ・リは内心驚き、瞳を大きくしていた。
《身体にくっ付けているこの機器で、真空のエネルギーから水素を作っているんだー》
その知的生命体の幼生は、かわいく自慢してきた。
今、この全宇宙の科学者たちの中で、無からの水素の生成を研究している研究者たちが少しだが存在する。もし、無から水素を生成する事が出来れば、今、加速している現宇宙の膨張が緩やかになる、もしくは停止する。そうなれば、急激な膨張による宇宙の終焉、Big Ripや、星間ガスが薄まって行き、やがて、恒星などが皆無の空間が広がって行くという状況へと向かわなくて済むのである。
――この機器は、文明の証。
アースズナ・リはそう思い、彼に尋ねた。
「どういう仕組みで……」
しかし、その声は途中で途切れた。三人の耳元の通信機から大音量で聞こえてきた声により。
「何!? 今の!?」
――通信機から?
エリカは、思わず右耳を押さえる。通は通信機の音量を下げた。
この時、リアルタイムでこの会話を聞くことが出来る人物は、ただひとりであった。
――操縦士の人?
エリカは、そのことが頭をよぎった。
「兄さん、邪魔しないで……」
すると、隣のアースズナ・リが小さくつぶやいた。
エンジン音と共に待機中のスペース・シャトルが近づいてきた。任務がまだ完了していないが、そのスペース・シャトルは三人の目の前に現れた。すると、アースズナ・リの兄であり、スペース・シャトルの操縦士でもある、アースズナ・オが降りてきた。自動操縦を起動して。
「お前、どうしてメカニズムを聞こうとした?」
彼が尋ねた。
「……」
彼の弟、アースズナ・リは、黙ったままだ。
「無から水素を作りたかったのか?」
「……」
アースズナ・リは、兄の言葉など聞かず、下を向いて答えない。
――もしかして、あの計画の反対派なのかな?
エリカは、そんな気がした。
それは、無から一立方キロメートルあたり水素原子を一個作るという計画である。計算上、それを実行できれば、宇宙の膨張は、停止するとされていた。
「お前は、自然を何だと思っている!?」
兄のアースズナ・オが、弟アースズナ・リを問い詰める。すると、彼は小さくつぶやくように答えた。
「自然はコントロール出来ると思っているよ」
兄弟二人の目が合った。アースズナ・リの方は、積年の苛立ちがあふれていた。
「自然に勝つ気が無くて、何が知的生命体だ! 自然に負けて悔しくないのなら、一切、科学の恩恵を受けるな」
彼はそう言い終わるや否や、兄に頬を殴られ、地面に倒れ込んだ。
「自然には、守られているんだ」
「守っているのは、こっちだよ」
アースズナ・リは、兄を睨んだ。確かに、宇宙環境省のあるこの時代、生命体の方が宇宙環境を守っている。そんな感じである。
《お互い様ですね》
「!」
あの第3世代目の知的生命体が間に入ってきた。
《自然・科学・生命体、立場関係なく平等じゃないと意味ないよね?》
《じゃ!》
彼はそう言うと、ふわりと宙を漂う。そして、少しずつ空へと上昇して行った。
「……」
四人は何も言わずに佇んだ。
――ありがとう。
エリカは、微笑んだ。
――機械の味方もしてくれて。
そのあと、しばらく四人は彼を見ていた。巻雲のある空へ向かって昇って行くまだ幼い知的生命体を。
自然に頼る時代は、終わった。




