地球へのnostalgia
「エリカ」
突然の声に、エリカは振り返った。すると、資料を持ったサラ・ブラウンが歩いて来るところだった。
「はい。今回の資料よ」
「分かりました」
「それから、今回のパートナーの資料」
「え? 資料? 作業型ロボットじゃないのですか?」
エリカは少し驚いて、目を資料からサラ・ブラウンへと移した。大半、調査員は機械だからである。
調査員がアンドロイドや作業型ロボットなどの機械以外の宇宙生命体の場合は、その人物の資料がその調査のパートナーに渡される。
エリカは調査員の資料に目をおとした。
――人類。
「しかも、〈エリダヌス本部〉の調査員で、いわゆるエリート」
「エリート……」
「この〈アンドロメダ支部〉の監察も兼ねていらっしゃるみたいよ」
「そうなんだ……」
しばしの沈黙の後、エリカは、驚いてサラ・ブラウンを見た。すると。
「そういうこと。後はよろしくー」
サラ・ブラウンは笑顔で言い、すたすたと去っていってしまった。
ちなみに、サラ・ブラウンの隣にはずっと李四もいた。彼は無口なので大体サラの隣で黙って立っているだけである。
「がんばって……」
李四は真剣な顔でファイティング・ポーズをし、小声で言った。
――そんな。
エリカは、廊下を歩いて出国ターミナルへと向かっていた。その時、不覚にも独り言をこぼした。
「私、監察対象みたい……」
その独り言を聞き、ある青年は少し苛立っていた。静かな廊下に咳払いが響く。それに驚き、エリカは辺りを見渡した。
この白く、しかも周りはすりガラスでできた窓で視界がふさがれている場所で、曲がり角に人がいるとは思ってもみなかった。
「そんなに俺と組むのが嫌なのか?」
左の方を見ると、資料の写真と同じ青年が廊下の壁に寄りかかりながら立っていた。
――須木通!
エリカは声に出さず、驚いた。
彼、須木通は黒髪に濃い群青色の虹彩をした青年だ。エリカと似ている白色の制服には、両肩に黒色の肩章があり、それには三つずつ端に透明な装飾が付いている。
「ごめんなさい。聞こえてました?」
エリカは少し萎縮した。
「まぁな」
「ですよね」
通がエリカに近づいてくる。エリカの方は、目線を真下から右斜め下へ移した。
「それより……」
通の言いかけた言葉にエリカは顔を上げた。ちょうど通と目と目が合う。それと同時に顔が少し近かった事にエリカは焦った。
「足引っ張るなよ。それじゃ」
通はそう言うと、少し早足でシャトル搭乗口、つまり、出国ターミナルへと去って行った。
――そこまで言わなくても。
ぱさぱさ……、と資料が手から落ちていく。その場に残されたエリカは、しばらくその場で立ち尽くした。その後、時間通りにシャトル搭乗口へと到着したが、通には遅いと言われた。
スペース・シャトル内は、いつもと違い静まり返っている。いつもだったら調査アンドロイド同士、弾む会話もあるが……。今回は初対面であり、自分たちとは違う生命体だ。
――早く資料、読んじゃおう。
――今度の惑星は、オリオン座の馬頭星雲近くの惑星系第3惑星か。
「今回は、惑星全体が砂漠だそうだ」
「え?」
通が話しかけてきた。資料を確認していたエリカは、通の方へと目をやった。
「資料早く頭に入れろよ」
――それはそうだけど。
エリカは固まった。
《オリオン座馬頭星雲へ到着。オリオン座馬頭星雲へ到着》
アナウンスが流れる。
「着いた。行くぞ」
「はい」
エリカと通は、低空飛行のスペース・シャトルから飛び降りた。
そして、砂の大地へと不時着した。
「!」
――わぁ。
エリカは、砂丘の地平線を見渡す。青と淡いアイボリーの世界。
――これが?
通は幼い頃見た資料室での地球の資料映像を思い出していた。機械の気配などない空間で、遠くを見ながら。
「どうしたの?」
エリカは尋ねた。人類の感じるNostalgiaなど知らぬまま。
「別に、何でもないよ」
通は顔をそむける。
「?」
エリカはその解答に不服そうだった。
「あ」
一瞬、風が吹いた。
「これは……」
エリカは自然に吹いた風を微かに感じた。何億年もこの仕事をしているが、ほとんどが暴風で、こんなに風を美しく感じるのは初めてだった。
「風だ」
通は、簡潔に答えた。
「高気圧から低気圧に向かって流れる大気の変動のことですよね」
「資料を見たのか? 地球の……」
「はい」
エリカは答えた。
「そうか。きっとこの惑星の風もその原理で吹いていると思う」
「それじゃあ、この惑星は地球に似ているという事?」
エリカは首をかしげる。
「そうかもな」
通は遠くを見つめていた。
「?」
――この音。
エリカと通、二人の足元から微かに砂の音が聞こえてきた。
――何だろう? 足元が崩れてく。
「流砂だ! おい、ここから離れるぞ」
通はそう言うと、エリカの手を掴みその場を離れようとした。
「え、あ、待って」
しかし、間に合わなかった。
「くっ、抜けない」
「どうするの?」
「仕方ない、このままのまれよう」
「大丈夫なのかな? 」
「そんなわけないだろ」
「え!?」
エリカと通の二人は完全に砂の大地に埋まってしまった。
「ここはどこ?」
「っ、いってぇ……」
二人は、この惑星の地下水脈へと向かう砂と共に流され、石灰岩の洞窟へと流れ着いていた。
「大丈夫?」
「あぁ、なんとか」
通はエリカが差し出した手を取り立ち上がる。
――この空間は、石灰岩の洞窟。
二人はこの洞窟を見上げた。
「天井は結構高いし、無理だな。救助を待とう」
「はい」
エリカは、返事をした。
遥か頭上の無数の小さな穴からは光が差し込んでいる。まるで、この静けさのせいで、生命体などいない様に感じていた。
――地球の資料にこんな所もあった。本当に似ている。
通は、頭上の光を見つめていた。一方、エリカは少しだけ通の方を見た。
「もしもし。ここから出たいのですか?」
「!」
すぐ後ろで日本語が聞こえてきた。二人は驚いて振り返る。
「誰?」
そこには、この惑星の知的生命体の姿があった。
彼は全身淡い緑色をしており、頭部は横倒しの円柱状で、それの両端には360度見渡せる巨大な目がついていた。足、胴体は頭部に比べて小さめで、薄い2組の羽もあった。羽の内側には手腕があり、小さな胴体の曲線に沿うようにしなやかに存在していた。
「もしもし?」
その知的生命体は、もう一度聞き返す。
「あ、はい。出たいです」
そんな知的生命体にエリカは、戸惑いながら答えた。
「分かりました。では、私の脚につかまってください」
その知的生命体は、脚を差し出す。
「こう?」
エリカたちは、しゃがみ、知的生命体の脚の部分につかまった。
「では、飛びます。あしからず」
知的生命体は、薄い膜のような2枚の羽を広げて、ジャンプをするように一直線に飛び、地下空間を脱出した。
轟音と共に地上へと飛び出すと、三人は地上からかなり高い位置まで飛び上がっていた。周りは見渡す限り砂漠が続いている。
「地上に出られた」
この惑星の恒星に照らされて、階下の砂漠に影が落ちた。エリカは数秒、それを見ていた。すると、その影の落ちている砂の地面から轟音が響いて来た。
「何?」
「巨大な生命体だ」
通もそれをのぞき込む。
その巨大生命体から砂がはらはらと落ちていく……、その生命体の表面を伝って。
「助けて下さい! 私たちの天敵なんです」
先ほどの知的生命体は慌てていた。
「分かった」
「ちょっと待て。手は出すな」
「え?」
通は、エリカの持っている装備銃を見て言う。
「あの巨大生命体を採取するのか? それとも追い払うのか、どっちだ?」
「……えっと」
エリカは今、持っている銃で知的生命体を守ろうとしていた。
「ごめんなさ……」
「攻撃されているからって、傷つけるなよ」
「! いいの?」
「別に」
通は目を合せなかったが、エリカの気持ちを察して言ってくれているようだった。エリカは少し微笑む。
そして、わざと巨大生命体から少し外して銃を連射した。しかし、生命体の姿はそのまま、地表にそびえ立っている。それを見て、もう一度、銃を連射する。すると、巨大生命体は砂の中へ逃げていった。
「ったく、やっと、逃げたか」
――よかった。
通は、砂の中を移動していく生命体の動線を目で追っていた。その横でエリカは安堵し、少し微笑んだ。
エリカと通、そして知的生命体の三人は、砂の地表へ降り立った。
「今回は天敵から命を助けてもらい、誠にありがとうございます」
知的生命体が二人にお礼を言った。
「こちらこそ、地表へ出していただき、ありがとうございます」
エリカも丁寧にお礼を言った。
「それでは、私はこの辺で……」
「はい。お元気で」
エリカは笑顔を見せた。その横で、通は立ち去ろうとしている彼にある事を尋ねた。
「その日本語はどこで、誰に?」
その言葉に知的生命体の彼は振り返り、二、三歩戻って来た。
「教えてもらっていません。相手の脳を認知し、言語を読み取っていただけでございます。私たちの特殊能力でございます」
「え!?」
エリカは、思わず声を出して驚いた。
「それでは、どこの惑星の生命体とでも話せると?」
「はい。そうなります」
――もし、これが本当なら、宇宙連合の言語改革に相当する。
通はそう思うと、その知的生命体へある提案をした。
「私たちと一緒に宇宙連合へ来ませんか?」
「え?」
知的生命体は、その大きな瞳がまばたきをしたかのように、虹彩を二度動かした。まるで、ガラス細工が動いたようだ。
「あなたの能力をいかしたいんです」
通は、まっすぐその瞳を見る。知的生命体は、再び虹彩を二度動かす。
「それならば、交換条件といっては申し訳ないのですが、私たちの生命体を天敵から保護してもらえませんか?」
「分かりました。上層部へかけあってみます」
この巨大な宇宙の中、勝手に個々の惑星の自然環境を変える事は出来ない法律。それがこの時代の常識。もちろん、調査員も。しかし、なぜ上層部ならいいのだろうか、もっと言えば、自分の惑星を失ったこの宇宙連合の者でも、いいのだろうか?
通は再び問う。
「あなたの名は?」
「ダウン・サイキバと申します」
――なんか、気が疲れたなぁー。
エリカは、そんな事を思いながらアンドロメダ支部の入国ターミナルから出てきた。そして、いつものように調査で得た情報をまとめようと、調査員室の自分の席へと向かった。
「エリカ、おつかれさま」
その途中の廊下でサラ・ブラウンが、笑顔で手を振る。そんな彼女にエリカは、駆け寄る。
「ただいま」
「あ」
サラ・ブラウンは、何かを思い出したようだった。
「今回の惑星の調査は、あの〈Space Soldiers〉が引き継いだよ」
「えっ。あの、本部総合の4人組?」
「そう。それから……」
「?」
――何だろう?
サラ・ブラウンの言葉の続きに不安になるエリカ。
「本部のエリートは、このアンドロメダ支部に配属が決まったらしいよ?」
「え!?」
エリカは、思わず目を大きくして驚いた。そんなエリカにサラ・ブラウンは言う。
「自ら志願したって。ダウン・サイキバの件でそうしたのだろうけど。当分、あなたのパートナーね」
――それは、決定事項?
「それじゃ、がんばってね」
そう言うと、サラ・ブラウンはすたすたと去っていった。ちなみに彼女の隣には、李四がずっと黙って一緒にいた。
「がんばって……」
李四は小声で言うと、サラ・ブラウンのあとを急いで追いかけて行った。
――そんな。
エリカは、調査員室へ戻るのに少し時間がかかった。




