第九頁 幻想の道標
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僕は目を開けた。
「ここは? また、師匠が作った世界?」
そこには、師匠が作った草原の世界ではなく、どこかの館の中にいた。
とりあえず、動いてみよう。
しかし、僕の身体は動かなかった。金縛りにあったかのように、僕は自分の意志で自分の身体を動かす事ができなかった。
シエル? シエルもいないのか?
自分の魂に呼びかけるが、反応は無かった。
シエルもいないって事は、『僕の情報』だけドコカに飛ばされたのだろうか?
「どうかしたの? ユウ」
その時、僕に声が掛けられた。僕は振り向けてしまった。そう、動けたのだ。僕は動こうとしていなかったのに。
続いて、僕の口が勝手に開く。
「ああ、『葵』。何でもないよ。君こそどうしたんだい? 明日は早いよ?」
「それを言うなら、貴方もでしょ? あの子はもう寝ちゃったし、私達も早く寝ましょう?」
僕の目の前にいる『葵』は、青混じりの白銀の容姿に似合う淡い空色のネグリジェを着ていた。身体の完璧なプロポーションがふんわりとしたネグリジェの中に秘められており、大人の女性としての色香を纏っていた。
「そうだね。あんまり遅いと、娘に怒られちゃうか。不貞腐れるのはまずいね」
「ふふっ。あの子はまだまだ子供だもの。貴方がいないと寂しいのよ」
娘て。なに? 僕に『娘』いるの? それも、葵との? マジで?
なんか、現実味が無さすぎて、夢にように思えてきた。
しかし、僕の考えとは裏腹に、『世界の時間』が進む。
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次の場所は、『書斎』だった。
いや、書斎は少し違うかもしれない。
前も後ろも右も左も上も下も、果てまで続く本棚があった。
師匠の世界のコンセプトが『草原』なら、この世界のコンセプトは『本』のように思える。
僕はこの世界において唯一許されている『思考』をもって考察する。
しかし、それすら許さない『情報の波』が僕を襲う。
「全く、ここに来るのも久しぶりだね。とりあえず、目的の物だけ回収しようか」
『僕』は前に手を向け、目的の物を呼び寄せる。
そうすると、一冊の本が前方より飛んでくる。
『僕』はその本を手に取る。
その本は『孤独の少女は外の世界を夢見る』ーーつまりは葵の本だった。
『僕』は頁を捲る。
『第一章』
〝少女は突如として生まれた。何の意味もなく、何の意図もなく、ただ世界より生まれた〟
〝少女は時間も空間も存在しない世界にただ一人漂っていた〟
〝少女はとても不幸だった〟
〝少女は心を持っていた〟
〝そんな当たり前の事が少女を苦しめていた〟
〝少女は解放者を待っていた〟
〝しかし、少女の世界に辿り着ける者はいなかった〟
「な〜に読んでるの?」
本を読んでいる『僕』の後ろから、『葵』が抱きついてきた。
『葵』は『僕』の首に両腕を回し、自身の身体を余す事なく『僕』にくっ付ける。『僕』の肩から顔を覗かせ、『僕』が読んでいる本を見る。
『葵』は懐かしむ様に目を細め、頁を捲る『僕』の手に自分の手を重ねる。
その手はほんのりとした温かさを持っており、『僕』はそんな宝物を愛おしく思っていた。
「君の本だよ。そろそろだと思ってね」
「そっか。もう、そんなになるのね」
『僕』と『葵』はさらに本の頁を捲る。
『第二章』
〝世界は少女を拒絶した〟
〝少女の存在を世界は恐れた〟
〝世界は少女を外に出さない檻であり、他のナニカを中に入れない壁だった〟
〝しかしある時、世界に侵入者が現れた〟
〝侵入者は特異性が際立っていた〟
〝侵入者は無限の意志が介在する空間の中で、自分の意志を寸分の狂いなく確立していた〟
〝侵入者はその世界で孤独な少女を見つけた〟
〝それが、少女の『始まり』だった〟
『第二章』ーー『葵』の『始まり』。
「この時に、私は貴方に会うことができたのよね」
「そうだね。それにしても、『侵入者』なんて酷い言い草だね。別に入りたくて入ったわけじゃないのに」
「入る原因を作ったのは貴方だけどね?」
「面目ありません」
『僕』はすぐに謝る。そのことは遠い昔に謝ったのだが、今でもたまにネタにされるのだ。
あの事件は本当に酷かった。お陰で僕は3回ほど死んだし、その度に皆に怒られた。
「まぁ、そのお陰で『葵』に会えたから、『僕』は良かったと思うよ。何事も、何に繋がるかはわからないものさ」
「まぁ良いわ。それで騙されてあげる」
「そういえば、どうしてここに来たの?」
「ん〜? 暇だからね。あの子は二人に預けちゃったし、私自身の支度も終わったからね。だから、ユウとイチャイチャでもしようかなって」
「あぁ、『妹』と『姉』に預けたんだね。あの二人なら、心配はないか。もしかして、イチャイチャしたいがために、『娘』を二人に預けたの?」
「……そんなんじゃないもん」
『僕』の質問に、『葵』は頬を膨らませて顔を背ける。どうやら、図星の様だ。
「よしよし。『僕』も目的の物は回収したし、部屋に行こうか」
「……うん」
『僕』は立ち上がろうとするが、『葵』が立たなかった。
「どうしたの?」
「……抱っこして?」
『葵』は僕に向かって両腕を開く。その様子は大人の女性としての色香を纏いつつ、童女のような無邪気さを兼ね備えていた。
『僕』はやれやれと思いながら、『葵』をお姫様抱っこで運ぶ。
「さて、『僕』のお姫様? 『王子』に喰われる覚悟はあるかな?」
「ふふっ、私達の『主様』? 私達はいつも貴方様のためにってね?」
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『世界の記録』は閉じられた。
『世界の情報』は削除された。
『世界の時間』は未だ進み続ける。




