第七頁 これは『始まり』
白銀の刀を僕に振り続ける雫さんとそれを避け続ける僕。
『世界の情報』が殆ど存在しないこの世界では全ての感覚が狂う。僕が存在していると認識している空間のみ、世界が成立している。
僕がそれを知っているのは、先程雫さんによって強制的に取り込まれた情報の中にあった。
しかし、あまりにも沢山の情報量と複雑さによって何も理解できていない。言うなれば、人ひとりの人生の全てを紐解かなければならない。
人生、なんて一言で言えるものであるけれど、実際に切り詰めようと思えば、無限に切り詰められるのだ。つまり、普通の人間には処理できない情報量なのだ。だから、さっきその情報量に押し潰されそうになったのだから。
視認できない速さで繰り出される雫さんの斬撃を、『僕の情報領域に発生する異様さ』で判断して避け続ける。
しかし、僕に攻撃手段は無いため、説得を試みるしかないのだ。
「どうして、攻撃するんですか!?」
「さっきも言ったわ。今の貴方を外に行かせたら、すぐに死んでしまうもの。それなら、力づくでもここに留まらせるわ」
「その割には、殺す気しか無いようですが?」
「貴方なら分かるでしょう? ここには世界を構成する情報は無いわ。よって、貴方が死んだとしても、『死』という情報はこの世界には出てこないわ。したがって、死ぬような事があっても死ぬ事は無いわ」
「怖っ」
説得の意味なし。雫さんの意思が強固過ぎて、説得しても意味がない。
いや、答えは得てはいるんだ。雫さんは僕の死を望んでいない。つまり、少なくとも、外のミノタウロスより強くなれば問題ないのだ。
……問題は僕に攻撃手段がない事だ。唯一の攻撃手段である剣が手にないため、攻撃魔法を持たない僕は雫さんに攻撃できる手段がない。
強いて言うなら体術くらいだが、近づき過ぎると細切れになる未来しか見えない。
どうしようか。もういっその事、僕の中にある情報をワザと暴発させて、複雑化した情報をバラバラにして、使える情報を『幻想魔法』で顕現するか。
そう思った僕は『情報領域』を自分の外側ではなく、自分の内側に向かって押し込む。それによって、雫さんの攻撃を認識する方法が無くなり、斬撃をモロに受ける。
あ〜まずいな〜。一度しか斬撃を受けなかったはずなんだけど、身体中が切り刻まれている。もし、外でこれを受けたら一瞬で死んでいた。
それによって身体中が痛いのに、さらに内側からも暴発しそうな情報で痛みが溢れる。
しかし、気合で抑える。更なる圧力を僕の内側に与えていく。
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それは偶然の事だった。本来ならあり得ない到達方法。しかし、ユウには『記憶消失』という自己を確立できない要因があった。だからこそ辿り着いた己の魂の領域。
そこに存在するのは魂を保護する、人の手には負えない障壁だった。しかし、ユウの強大な圧力を内包する情報はその障壁に、目に見えない程小さく、しかし確かな穴を開けたのだ。
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「ユウ君なら、きっと至れると思ったわ」
そう呟く雫と地に倒れるユウの間に、一人の女性が現れる。
その容姿は白銀の長髪と瞳を持ち、桜の装飾を施した刀を左腰に差す女性。
その女性は刀の柄に右手を添えると同時に、雫はその場から飛び退く。そして、雫が立っていた地面は粉々に砕け散る。
「しばらくそこで待っていなさい」
「言われなくてもそのつもりだわ、『シエル』ちゃん」
雫は刀を仕舞い、両手を上げて降参の意を示す。
それを見たシエルと呼ばれた女性はすぐさまユウの横に転移し、ユウを治療する。
とは言っても、右手をユウに翳しただけで、ユウの体は回復した。
「君、は?」
意識が回復したユウは目の前の女性にそう尋ねる。
女性は片膝をつき、ユウに頭を下げる。さながら、従者のように。
「『シエル・ラグナロク』。主様の危機に馳せ参じました」
「ああ、うん、ありがとう。その主っていうのは?」
「……なるほど。主様の状況を理解しました。どうやら『情報過多による記憶障害』を起こしているようですね。私の事を知らないのも納得です」
シエルはユウの疑問に一瞬キョトンとしたが、何か納得したようだ。
「では、改めまして。私の名前は『シエル・ラグナロク』。『我が主』幻桜ユウ様に仕える者です。普段は主様の『魂の最奥』にて、主様のサポートをさせていただくのですが、以前の主様によって、『魂の壁』を創られた結果、今まで干渉不可能でした」
つまり、『記憶消失』前の僕が、彼女を従者にしていて、その僕が作った『魂の壁』というもので出てこれなくて、今の僕が内部に押し込めた『情報圧力』が『魂の壁』を突破したのか。
「でも、こうして出てこれたってことはその『魂の壁』は無くなったの?」
ユウの質問にシエルは首を横に振る。
「いえ、『魂の壁』は無くなっておりません。今の主様の『情報圧力』では『魂の壁』に穴を開けるのが限界でした」
マジですか。以前の僕はどれだけ強固な壁を創ったんだ……。
僕がその途方も無さに呆れると、シエルは立ち上がり僕に手を差し伸べる。
「それでは、主様。まずはこの世界から出ましょう。そのためにも、雫さんに強さを証明しなければ」
僕はその手を取り、立ち上がる。
「そうだね。頼りにしてるよ、シエル」
「はい、主様」
シエルが僕の中に入る。その時、僕の領域が広がった。
『主様、領域に存在する情報は全て私が処理します。まずはこれを』
シエルがそう言うと、僕の右手にシエルが持っていた刀と全く同じものが現れた。
『それは【幻桜刀】と呼ばれるものです。私が持っていた刀、そして雫さんが持つ刀も同じです。あとは【剣術】の情報も処理します』
これで、基礎条件が雫さんと揃った。
僕は前に踏み出す。雫さんも嬉しそうな顔をしながら、僕に向かってくる。
「さあ、見せてもらうわ。貴方がどれだけ強くなったのか」
『行きますよ、主様。これは【始まり】です』
《登場人物紹介》
幻桜 雫
不思議な世界にて、ユウを待ち受けていた女性。黄色混じりの白銀の長髪と瞳を持つ。剣術の腕は世界最強レベル。ユウとは特別な関係にありそうだが、本人は話すつもりはないらしい。
『ステイタス』
非公開
シエル・ラグナロク
ユウの魂の中にいた女性。白銀の長髪と瞳を持つ。少なくとも雫を圧倒できる実力。ユウの従者を名乗るだけあって、ユウについては良く理解している。
『ステイタス』
非公開




