人は、失って強くなるか壊れるかのどちらかだ。
こんな事になる前は、閑静な住宅街で、立ち話をする人や子供の声が聞こえていただろう場所だったのが今は……咀嚼音とたまに聞こえる木川さんのうめき声。
肉食獣が、食事をしている時は安全だ。
食べる事に夢中で邪魔しない限りは、襲って来ない。
──時間が稼げる。
「木川ぁぁぁ……」
顔面ぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくるも篠崎さんは全く動けていない。
僕は、藤崎さんが気になるし、しずくが食事に飽きないかを心配している。
そんな僕らをしずくは、たまに見てきては、にちゃ~と笑ってから、また貪りだす。
僕が仲間にした、ゾンビらしき者を連れて行かせたから、道中は大丈夫だと思うけど、問題は時間だ。
間に合わなかったら、木川さんの死が無駄になる。
くそっ!
本当に急いでくれよ、藤崎さん──
~・~・~・~・~・~
あの化け物を倒すには火で燃やすしかない。
ライターは、青年が持っていたのを渡してくれたから良いとして、問題はどうやってあの化け物を燃やすかだ。
大量の火力を有する物なんか、爆弾やミサイルしかないと思うんだが、この国で手に入るわけもないし、拳銃は最悪警察ゾンビでも見つけて奪えば良いが、今は時間がないし。
どうしたら──
「あ"あ"ぁぁ~」
このゾンビ野郎も今は味方で、襲ってこないってわかってても気分は良くねぇわな。
「あ"あ"ぁぁー!!」
突然大きな声を出したと思ったら、後ろを走っているゾンビ野郎に服を掴まれ、引き止められた。
「何しやがんだ!? てめぇ!?」
ゾンビはある家の前に立ち止まり、指を差している。
「なんだ? あそこに何かあんのかよ?」
「あぁぁ~」と声をあげてるって事は、こいつ俺の言ってる事がわかんのか?
一体あの家に何があるってんだ?
ゾンビ野郎の言う事を信じるか?
少なくとも、青年が寄越したゾンビだから信用はできるんだが、如何せんゾンビはゾンビだからなぁ……。
くそっ!
一か八かだ!
入ってやらぁ!
"虎穴に入らずんば虎児を得ず"って言うしな!
玄関扉を開けて中に入ると、腐敗臭がこもっていてドアを開けた瞬間にむわっと襲ってきて、吐き気を誘われて、素直に嘔吐してしまった。
まさか、こいつ……この腐敗臭に誘われて騒いだんじゃないんだろうな?
しかし、あちこちで死体やらゾンビのせいで、腐敗臭に慣れてたと思ってたが、籠った匂いってのは、比べもんにならねぇくらい、くせぇな。
ゾンビ野郎は家の中に入って行ったまま出てこねぇけど、まさか、食ってんじゃねぇだろうな?
吐き気も落ち着き、家の中に入り、多分リビングと思われる部屋に行こうとしたら、磨りガラスに人が座っている影が見える。
自殺しやがったのかよ。
って、あのゾンビ野郎どこ行ったんだ?
いねぇじゃねぇか?
──まぁ、良い。
早い所、この仏さんを解放してやらねぇと。
ドアを引くと、ドタンと倒れてきた腐乱死体。
そして、リビングには絞め殺された女の子と頭を包丁で刺された女性が転がり、蛆が湧いていた。
この旦那が、嫁や子供を殺した後に自殺したって所か。
こんな世界だもんな。
そういう選択した奴らだっているはずだわな。
「クソが……周りを……俺らを頼ってくれてりゃ、違う生き方も出来てただろうに」
にしても、強烈な匂いと光景だな。
「あ"あ"あ"あ"あ"ーーっ!!!!」
なんて、バカでかい声出しやがるんだ! あのゾンビは!?
廊下に出て、声がするリビングの向かいの部屋に入ると、赤いポリタンクの前で叫んでいた。
──灯油か!!
「にしてもだ! てめぇ! ちょっとうるせぇ! 考えて叫べ! わかったか!?」
「あ……あぁぁぁぁ~」
めっちゃ分かりやすく落ち込みやがるな。
まるで、人間とさほど変わらねぇじゃねぇか。
今だって、灯油の前で叫んでたり……って、ちょっと待てよ? こいつ外から灯油の匂いがわかったっていうのかよ?
こんなごみ溜めというか、物置小屋と化した部屋に灯油なんてよ。
今となっちゃ、ずぼらだったのかどうだったのか知る由もねぇけどよ。
ポリタンクを持ち上げてみると、半分より少し多めに入ってる感じかな?こりゃあ。
あ、それとタオル、タオル。
と、あったあった。
「よし、ゾンビ野郎! お前のご主人様の青年ん所に戻るぞ!」
勢いそのままに、家を飛び出て青年の元に──
青年、持ちこたえててくれよ。
多分青年が死んだら、このゾンビ野郎は、制御出来なくなって襲ってくるかもしれないしよ。
木川も篠崎も、強いからきっと大丈夫だ。
……大丈夫に違いない、
ポリタンク持ちながら走るってキツいな。
アラフォー間近のおっさんの体力なめんなよ、すぐ無くなっちまうんだぞ。
ダメだ。
腹いてぇ。
もうちょっとだってのによ!
「あぁぁぁぁ~」
「わかってるけどよ、ちょっと待ってくれ。 息が上がっちまったんだよ」
急がなきゃダメなのは、わかるんだけどよぉ。
ってか、こいつ疲れねぇのかよ?
俺達と同じ身体能力あるのに。
マジで化けも─いや、化け物か。ゾンビだもんな。
すると、ひょいっとポリタンクを持ち上げ俺を急かし始めやがった。
「わかった、行くよ……行こうぜ」
とりあえず作戦だ。
このままポリタンクを持たして、特攻させるか?
多分俺が戻ってくるなんて、あの女子高生ゾンビは思ってないだろうし。
とりあえずは、灯油を浴びせないと始まらねぇしな。
「よし、ゾンビ野郎! もうそろそろ着く! 指示を出す! あの女子高生ゾンビにその灯油を何が何でも浴びせろ!」
「あ"あ"あ"あ"ーっ!!」
「良い返事だ! よし、見えた! そのまま突っ込め! 俺は……あの瓦礫の影に回る!」
俺はすぐに身を隠し、状況把握に努める。
篠崎も青年も、立ち尽くして、しゃがみこんでる女子高生ゾンビを見てる?
……そういえば木川は?
……なんで、あいつしゃがみこんでるんだ? 見えてるのは、横になって伸びっきってる足。
嘘だよな?
まさかな。
落ち着け。
作戦通りやるんだ。
「あ"あ"あ"あ"ーーっ!!」
ゾンビ野郎が、雄叫びを上げて、しゃがみこんでる女子高生ゾンビに灯油をびしゃびしゃとかけ始めた。
「きゃはは! なにこれ? 灯油? 私を燃やすの? 火はどこにあるの? それとお前邪魔」
ぶちっと、首をもがれゾンビ野郎が、あっという間に絶命した。
……いや、あいつはゾンビだ。
たかが、ゾンビ。
確かに、少しの時間だったが一緒にいたけど、そんな簡単に情がうつるわけ……。
「うおぉぉぉぉぉぉーーっ!!!!」
次は俺が、雄叫びを上げて突進していき、ポケットに入れておいた、ハンカチにライターで火を付けた。
「燃えて灰になれーー!!」
「やーよ」
ひらりと避けられ、次に右頬に何か鈍器のようなもので殴られた感覚が襲い、俺の体は青年と篠崎の方にぶっ飛ばされた。
「なんちゅう強さだよ」
とんでもなく痛ぇ。
これ折れたんじゃねぇか?
「藤崎さん! 大丈夫ですか?」
「藤崎! お前なんで戻った? みんなは避難させたのか?」
「あ、篠崎さん、藤崎さんはみんなの所には戻ってなくて、僕の指示通りしずくを燃やす為の行動をしてくれたんです」
「あ? ならみんなは!? ずっと、あのマンションで待機してんのか!?」
「あぁ、そうなる。今は説明は後だ! あの化け物倒す事に集中しろ」
びちゃ。
灯油を含ましたタオルを取り出し、青年の手に。
「確かに渡したぜ。青年。ちゃんとあの化け物燃やせ」
「はい!」
あとは、おっさんの俺が突っ込む!
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「また、猪みたいなおじさんなの? だからぁ~簡単に避けれるしぃ?」
ひらりとまた女子高生ゾンビは、俺の攻撃を横に避けた。
「青年! ぶち当てろ!」
「しずくぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「え?」
女子高生ゾンビが避けた場所に、青年が燃えたタオル片手に突進して来ていて、勢いそのままにおもいっきり叩きつけ、一気に火が付き瞬く間に女子高生ゾンビを飲み込んだ。
「いやぁぁぁぁぁぁーーっ!! 熱い! 熱いよぉ!! 死にたくない!!」
ゾンビって言っても17歳の女子高生なんだよな。
気分の良いもんじゃねぇよな。
若ぇのが、俺らおじさんより先に死んじまう──それも凄惨な死に方なんてよ。
でも、一番今辛ぇのは、青年か。
一緒にいたのは、短い日数だったらしいが、人を好きになるには十分だ。
こんな……ゾンビや野盗がいる世界なんか終わらしてぇよな。
「篠崎、戻るぞ」
「え、でも……」
「そっとしといてやれ、あそこまで燃えてんだ、さすがに化け物でも死ぬだろ? 安全だ」
今は、慰めや同情は無用だ。
大事な人を失ったら、そっとしとくのが一番だ。
俺がそうだったように。
青年……堕ちるなよ──




