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人は餌

 しずくは、紅林達に捕まっていたのを助け出して一緒にいたのなんてほんの2日程度だ。


 深い関わりがあるわけでもない、恋心を持っていたわけでもないと思う。


 ただ、僕は初めて同い年の女の子に頼られたのが嬉しかったんだ──


「……あら? 五十嵐さん久しぶりね」


 そこには約2週間前に連れ去られたはずのしずくが立っていた。


 肌はぼろぼろ、目はぎらつき、怪物の持つ鋭く尖った歯という変わり果てた姿で。


「……」


「青年……まさか、あれが?」


「おいおい! 五十嵐てめえ! あの化け物が何でてめえの名前を口にしているんだよ!?」


「俺っちは結構強いって思ってたし、この化け物もそこまで速く動けるわけじゃねぇ……だけど体が硬すぎるんだ。一斉に殴りかかってもびくともしなかった」


 僕があの時ちゃんと守れてれば……僕が強ければ……。


「ちょっとぉ? さっきから人の事を化け物化け物って失礼じゃない? それに化け物になっちゃったのは、五十嵐さんが弱くて私を守れなかったからじゃない」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! しずくぅぅぅぅぅぅ!!」


 そうだ、僕は弱かった、しずくをちゃんと守ってあげれなかったから化け物に変えられた。


 なら僕がしずくを救う。


 ──しずくの魂をその化け物の体から解放してやる!


 近くに落ちていた鈴木さんが使っていた金属バットを拾い、そのまましずくの頭目掛けてフルスイングをかましてやった。


 が……。


「あ……あぁ、そんな」


 確実にバットはしずくの頭をとらえていた。


 手応えもあった。


 だけど、バットを握っていた手は痺れてしまい、力が上手く入らない。


「ひどいなぁ、おもいっきり顔に入ったよ? 普通のゾンビや人間なら死んじゃってたよ?」


 信じられないが、しずくは傷一つ付いていなくて、平然としていた。


「くっ……」


「五十嵐君、あいつは俺っちが攻撃しても全然効かないんだ。木川の持っていた散弾銃すら効かず、壊されちまった。」


 物理的な攻撃が効かないって、どうやって倒せば良いんだよ。


 周りは元々国道に出る道だからか、住宅が多く身を隠すには良いけど匂いでバレる。


 車は何台か有るものの、鍵はないだろうから逃げるのには使えないし、もし使えてもマンションにいるみんなはどうなる?


 くそっ! 何も良い案が思い付かない。


 僕らが物理的攻撃以外にダメージを与えられるとしたら……ポケットに何か入ってる事に気づいて取り出してみた。


 ──これだ!


 一旦しずくて距離を取って、藤崎さんの元に戻る。


 しずくは、余裕の表情でにやにやして僕を逃がさないわけでもない、攻撃をしてくるわけでもない。


 その余裕が弱点になるってわかってないのが救いだ。


 今はとにかく時間稼ぎを木川さんと篠崎さんとするしかない。


 その前に──


「藤崎さんちょっと良いですか?」


 僕は僕なりの作戦を藤崎さんに伝えた……浅はかと罵るのもいるだろう。


 そんなの誰でも思いつくと言われたりもするだろう。


 だけど、必要なのはやれる事、試せる事を実行するのが大事!


「わかった。青年のその作戦のったぜ」


 僕は先ほどポケットにあった物を藤崎さんに渡して、次は───


「藤崎さん!!!! 逃げてマンションのみんなを守りつつ避難させて! ここは僕らで戦うから!」


 突然の大声に驚いて木川さんと篠崎さん、しずくですらこちらに視線を向けてくる。


 すぐに、ぷっと吹き出すしずく。


「あははははは! 逃げて良いわよおっさん。こいつらを片付けて、すぐに追いつきおっさんの手足をへし折って自由を奪ってから目の前でマンションにいる連中を食い殺してあげる!」


「青年! 本当に大丈夫か!? 木川! 篠崎も!」


「僕は大丈夫です! それから! ゾンビらしき者化した鈴木を連れて行ってください!」


 先ほどしずくが食い散らかした鈴木のゾンビらしき者化が始まっていたから、すかさず頭で鈴木に藤崎さんに従うように念じて命令を出した。


「藤崎さん、うちの嫁の事を頼んだぜ」


「死ぬなよ藤崎、独身の俺っちの喧嘩相手いなくなったら寂しいからよ」


「お前ら……絶対死ぬなよ! 鈴木ゾンビついてこい!」



 藤崎さん達は、みんながいるマンションの方角に走って行き、すぐに姿が見えなくなった。


 藤崎さんはこれで良し、あとは──


「あははははは! 本当に行っちゃったし、五十嵐さんのそのゾンビを味方にする能力はあなただけじゃなかったよ」


「どういう事だよ! しずく!」


「……まぁ、死んじゃう人達なら言っちゃって良いか、私を見て、私が答え。さらに私にもゾンビを言う事聞く駒にする事が出来るようになったの。20体ほどね。その連れて来たゾンビや人間をみ~んなあんた達が殺しちゃったから私怒られるよ絶対。」


「20体って……それにお前をゾンビらしき者化させた奴は──」


「はい! 時間稼ぎのお喋りはおしまい! それと五十嵐さん相変わらずゾンビらしき者なんて言い方してるんだ? 私そういう偽善者嫌い!」


 ゆっくり僕に向かって歩き始めてきた。


 約2週間前の弱々しい姿は微塵も感じられない、見た目は化け物みたいな姿になってしまったからか、空気がピリピリしてて木川さんや篠崎さんも大量の汗が顔に吹き出ているも、動かない。


 まさに、蛇に睨まれた蛙。


 殺気が尋常じゃない。


 しずくの体が2m、3mと大きく見えてしまっている。


 僕は……僕達は、時間稼ぎなんか出来るのか? いや、そもそも勝てるのか?


「おい! ぼーっとしてんじゃねぇ! ガキが! うおぉぉぉぉぉーーっ!!」


「五十嵐君集中しよう! 俺っちが率先して攻撃するから指示に従って! うりゃあぁぁぁぁぁぁーーっ!!」


「はい!」


 2人の攻撃が顔と足に被弾するも、やはり少しぐらっとよろつくだけで効いている感じがない。


 僕も参戦して、全力でバットを頭めがけて振り下ろした。


 だけど、ぐにゃりとバットの方が曲がってしまう始末。


 僕達はめげずに攻撃をするも、だんだん息が上がり、スピードも落ちてきた。


 しずくは、ニヤニヤしながら防御するわけでもなく、反撃してくるわけでもない。


「なになに? もう息上がってきちゃった? まだ5分程度しか経ってないよ? なっさけな~い」


「なめやがって! まだやれるぞ!」


 木川さんはそう言うと、バットを殴りつけるのではなく、しずくに"突き"を食らわした。


「きゃっ!?」と体がふわりと浮き上がり、簡単に尻を地面につけた。


「いった~い! ちょっとおじさん! 暴力反対!」


 この化け物は、押される力には弱いんだ!


 多分ダメージは負わせてないとは思うけど、これで時間稼ぎができるぞ!


「黙れ化けもん! てめえの弱点は、押される力には弱いってわかった以上覚悟するんだな!」


「俺っちで突き攻撃すれば、勝てないにしてもみんなを逃がす時間稼ぎにはなる」


 しずくは、先ほど尻餅をついた場所にちょこんと座り込みながらこちらを見てた後に、にんまりと笑い口からよだれをだらだら流し始めた。


 爛々とした目で木川さん達を見ている。


 しずくが、まるでスーパーに並んだ食材を見ているかのような──


「覚悟しやがれ!」


「木川さんダメだ! 近づくな!」


 無意識に、自然と僕は木川さんの行動を制止させようと叫んでいた。


 今のしずくは、空腹になりさっきまでの遊び心なんかなくなっている事が僕にはわかるんだ。


 僕もそうだから。


 食欲旺盛の時は攻撃的になる。


 完全なる獣──


 突進して行った木川さんの突きをひらりと右に避けて、そのまま首に噛みつきひきちぎる。


 すぐに次の行動に移るしずくは、木川さんを押し倒し右手で顔を抑えつけ、左手で服を切り裂き腹に噛みついて食い破った。


 いつの日だったか、テレビで観た肉食獣のように貪り、時折骨を噛み砕く音が聞こえてくる。


 木川さんの断末魔の叫びが響く。


 途中、ごぼごぼっと喉に血がこみ上げてきて声すら出せなくなったっけ。


 僕も篠崎さんも恐怖で体が固まり、ただ見ている事しか出来なかった。


 顔を血で真っ赤にしたしずくが、たまに目線をこっちに向けては、食事の邪魔をしてこないとわかるとまた貪り始める。


 でも、僕はこの時人としての心を失ってきたと実感した。


 だって……。



 ──餌のおかげで時間を稼げるって思ってしまったんだから。

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