(9)建築ギルドの姐さん
「お前達二人か」
「は、はい……」
建築ギルドのギルド長だという女性に睨まれて横助は縮こまる。男所帯の建築ギルドをまとめ上げているだけあって、ギルド長は女性ながらかなりの威圧感をまとっている。これには社交性抜群のクルミもさすがに緊張し、先程からずっと横助の服の裾をこっそりと握りしめていた。
「急に欠員が出ちまったんで急遽手伝いの依頼を出したんだが…………まさかこんな細っこいガキ二人が来るとはね……」
「いや、はい、すいません……」
そう言ってペコリと頭を下げる横助を見てギルド長はため息をついた。
「まあ、仕方ないか。あたしは建築ギルドのギルド長をやってる、クラウディアだ」
続けてクルミと横助も自己紹介をする。
「で、お前らはこの間西都を囲む城壁がついに完成したってのは知ってるよな?」
「はい」
「いいえ」
クラウディアの問いかけに二人は同時に答える。
(えっ、この壁って前からあったやつじゃないの!?)
横助がクルミを見るとクルミは「言ってませんでした!」という顔であたふたと手を動かしていた。クラウディアが横助を睨む。
「あーはい。知ってます。知ってました」
多少無理矢理な軌道修正ではあったが、クラウディアは一応納得してくれたようで、話を続けた。
「…………それで、建築に使った資材が今この城壁の周囲一体に置きっ放しになっててね。それを出来れば今日中に片付けたいんだ」
クラウディアが指差した方向には丸太や板、切り出した石などが所々にまとめて置かれていた。
(なるほど力仕事か)
そこでようやく横助はさっきクラウディアが二人の姿を見て顔をしかめた理由が分かった。確かにクルミと横助の外見は力仕事が出来そうには見えない。
それからクラウディアは二人に簡単な作業の説明をした後、他のギルドメンバーを集めた。
「こいつらが今日作業を手伝ってくれる二人、クルミと横助だ!」
大勢のがたいのいい男達の前で紹介されて横助はおずおずと頭を下げる。隣ではクルミが相変わらずの笑顔で「よろしくお願いします」と丁寧にお辞儀をしていた。
「お前ら女だからって甘やかすんじゃないよ!男はなおさらだ!じゃあ各自持ち場につけ!」
「おう!」
クラウディアのかけ声の後、体育会系特有の太い返事で男達が散っていく。
「さて、あんた達はあたしと来な」
そう言ってクラウディアが二人を連れてきたのは西都の南側にある南門。森や小高い丘が多い西都北側と比べて、南側は平らな草原がずっと続いている。遠くの方には茶色がかった山の連なりも見えた。
「あの茶色い山はなんだ?」
横助は隣を歩くクルミに尋ねる。
「アストラ山脈です。そこを越えた先は草木の生えない荒野になっています」
「へぇー」
広い草原に広い砂漠。北の方にはさらに大きな山脈も見えたし、冒険しがいのある土地だなと横助が思っていると、前を歩くクラウディアが不思議そうに尋ねた。
「さっきから気になってたんだが、あんた出身はどこなんだい?この辺のことを何も知らないようだけど……」
「あー、そうっすね……」
横助は言葉に詰まる。自分が勇者だということを公にして良いのか分からなかったのだ。だがそんな横助の隣でクルミが嬉しそうに言った。
「横助さんは勇者様なんです!だから出身は彼方の世界です!」
「言っちゃったよ……」と横助はクラウディアを見る。案の定クラウディアは怪訝な顔をしていた。
「勇者、ねぇ……。まあ、そういうことにしといてやるよ」
クラウディアは信じていないようで、また視線を前に戻した。まあ前回現れた勇者が千年前なのだから、信じられないのも当たり前だった。しかしクルミは不服そうで、「むぅ……」と頬を膨らませていた。
南門では既に何人かの男達が作業をしていた。
「じゃあ早速これを運んで貰おうかね」
そう言うクラウディアの前には一抱えはありそうな石材が無数に散らばっていた。
「え、これ、運ぶんですか?」
横助はクラウディアに尋ねる。
「ああ、知らなかったのかい?」
「はい……っていうか、依頼書にも書いてませんでしたよね?」
「書いてないというか、書かなかったんだけどね」
だって書いたら来ないだろうとクラウディアは当たり前の様に言った。
「まあ、つべこべ言わずに運ぶんだね」
早くもげんなりする横助に向かってクラウディアは無情にそう言った。そして今度はクルミの方を見ると、「クルミ、あんたはこっちだ」と傍らにあったサッカーボールくらいの石材の欠片を指差す。
「え、さっき女だからって甘やかすなとか言ってたじゃないすか!」
横助が抗議すると、クラウディアは何を言ってるんだという目で横助を見る。
「そりゃクルミが男並みに力持ちならそっちを運ばせるさ」
ぐうの音も出ない。
「しゃーない運ぶか……」
そう呟いて横助は大きな石材を抱えた。そして全身に力を入れて持ち上げる。
「重いな、これ……」
ぼやきつつ顔を上げると、クラウディアだけでなく、周りで同じように石材を運んでいた人たちも驚いた表情で横助を見ていた。クルミだけが唯一ニコニコと笑っている。
「…………なんすか?」
「いや、別に一人で運べとは言ってないんだが……」
「え?」
言われて周りを見ると、他のおっさん達はみんな二人一組で石材を運んでいた。だから横助が一人で、しかも引きこもり生活で鍛え上げたもやしのような細腕で石材を持ち上げているのを見て驚愕していたのだ。
「横助さんは勇者様ですから!」
クルミが嬉しそうに言った。
結局横助の予想外の活躍で予定の時間よりもだいぶ早く石材は片付いた。クルミもクルミで女の子ながら全く足手まといにはなっていなかった。だがクルミが毎日のように荷車を引いて西都まで歩いていることを考えればそれも当然だった。荷物が牛乳から石に変わっただけである。
そんなわけで資材運びが一通り終わる頃には、横助とクルミは建築ギルドのおっさん連中に大層気に入られていた。ガテン系のおっさんというのは基本的に頑張ってる若いもんが大好きなのだ。
「お前中々やるじゃねえか!さすがは勇者様だな!」
おっさんはガハハと笑いながら横助の背中をバシバシと叩く。横助は「あはは、まあ……」と目を逸らす。そしてちらりとクルミの方に目をやると、クルミもまた別のおっさんに絡まれていた。
「クルミちゃんは毎日家の手伝いをしてるんだって?偉いねぇ!うちの娘の交換したいくらいだよ!全くうちの娘ときたら云々……」
ぐちぐちと自分の娘の文句を言い始めるおっさん。これには社交性が売りのクルミもさすがに苦笑いを浮かべていた。目で横助さん助けてくださいと訴えているが、こればかりは横助にも無理だった。
しかしそこでクラウディアから助けが入る。
「あんた達、あんまり若い子をいじめるんじゃないよ。喋ってる暇があったらその辺のゴミ拾いでもしな」
それを聞いておっさん達は「姐さん、容赦ねえぜ……」と言いながら周囲に散った。その様子を見ながら横助は思う。
(どう見てもおっさん達の方が年上だけどな……)
しかし年下でも姐さんと呼びたくなるような貫禄がクラウディアにはあった。
ともあれこれで今日の作業も終わり。横助が自分も撤収作業に入ろうと地面に目を落としたとき、視界の中にどこからか小さな石が転がってきた。その石はころころとクラウディアの足下まで転がっていった。クラウディアはそれを拾い上げ、飛んできた方向を見る。横助も同じようにその方向を見ると、南門の近くに小さな女の子が立っていた。
女の子はもう一つ手に握りしめていた石をこちらに向かって投げた。さっきもそんな風にして投げたのだろう。その石は放物線を描いてクラウディアの左手に吸い込まれていった。だが単にキャッチボールがしたかっただけ、と言うわけではなさそうだった。その子はギュッと両手を握りしめ、一心にこちらを、クラウディアを睨み付けていた。
「この街から出てけ!」
そう叫ぶと女の子は踵を返して街に向かって走り去っていった。
和やかだった空気がしんと静まりかえる。おっさん達は互いに目配せをし合い、クラウディアはじっと俯いて投げられた石を握りしめていた。クルミがオロオロと視線を動かす。そして上目遣いに横助を見た。横助はため息をつく。
「あの、クラウディアさん。今の子って……」
横助が尋ねると、クラウディアは「ああ」と言って、投げられた石を手でクルクルといじりながら話し始めた。
「あの子、エレンっていうんだが、西都北側の壁沿いに住んでる子なんだ。あんたは知らないかもしれないが、西都を壁で囲うってなったとき、少なからず反対があったんだよ。主に、西都の外縁部に住んでる人たちからね。その中の一人があの子ってわけだ」
「あー」
横助は頷く。確かに家の前に壁が出来るなんてなったら反対するだろう。ただ、街を囲う壁と言うことはつまり防護壁なので、その恩恵を一番受けるのも街の外縁部に住んでいる人たちになるわけだが。
するとそこでおっさんの一人が口を挟む。
「でも姐さんは一人一人……」
しかしクラウディアはピシャリと言い放った。
「余計なこと言うんじゃないよ」
そして「帰るよ」と言ってさっさと歩いて行く。その後ろをついて歩きながらさっきのおっさんが横助とクルミに耳打ちをした。
「姐さんな、反対してる人を一軒一軒訪ねて説得して回ったんだ。そんで最後まで説得しきれなかったのがさっきの女の子ってわけだ」
「そんなことが……」
クルミが呟く。
「でもそれって、普通は無視して建てちゃうんじゃないんですか?」
横助が尋ねるとおっさんは良い質問だという風に頷いた。
「それを無視しない人だから、俺達は姐さんについて行こうって決めたのさ」
さすがは自分よりずっと年上の男達を率いる女棟梁。すごい人だなと横助は思った。




