(10)勇者として有りたい自分
「今から北門の方の最終確認に行くんだが、ちょっと付き合ってくれないかい?」
「最終確認ですか?俺は大丈夫ですけど……」
横助はクルミを見る。
「私も大丈夫ですよ」
とその時東門の方から声が聞こえてきた。
「おーい!クルミちゃーん!」
ギルドのおっさん連中の一人がクルミを呼んでいる。
「けが人が出たんだー!ちょっと来てくれー!」
「ったくあいつらは……」
クラウディアが頭を抱える。横助は苦笑い。とういうのもギルドのおっさん連中、クルミが治癒魔法を使えると知って、「可愛い子に回復して貰いたい」と傷をこさえてはクルミのもとにやって来るようになっていた。クラウディアの一喝によって治癒魔法がいらないくらいの軽傷なら頼らないということになったが、それでも大袈裟に転げてクルミに回復して貰おうとする輩が後を絶たなかった。
「またしょうもない傷だったら承知しないよッ!」
クラウディアがそう叫ぶと、おっさんはブンブンと両手を振って見せた。
「今度ばかりはマジのやつだよー!血も結構出てるから止血だけでもお願いできねぇかー!」
どうやら今回は本当に治癒魔法が必要らしい。クルミは少し呆れたように笑った。
「では、ちょっと行ってきますね?」
「悪いね。もし今度もたいしたことない怪我だったらケツでも蹴り上げてやれ」
クラウディアが申し訳なさそうに言う。
「ふふ、分かりました」
そう言ってクルミは小走りで東門の方へと向かった。
「じゃあ、あたしらは先に北門へ向かってようか」
「そうっすね」
歩き始めてすぐ、クラウディアは横助に話題を振った。
「で、お前が勇者ってのは本当なのか?」
「いきなりっすね……」
「さすがにあの怪力を見せられたらね。で、どうなんだい?」
「いや、まあ……戦闘は素人なんですけど」
横助はそう言いつつ、シャツの胸元をはだけて見せた。
「それは!?本物……だよな。その刻印は女神様しか使っちゃいけないことになってるが…………さすがにそこまでのことをしでかす奴には見えないしな」
クラウディアは真剣な顔でそう言った。
「これ、そんなすごいやつなんすか?」
横助は尋ねる。あのギャル女神は特にそういうことは言ってなかった。
「ああ、その丸に天使の羽根のような刻印は、女神様が直接力を行使されるときに使われるものだ。つまりそれを勝手に使うってことは女神様の名を騙るも同然。西都はそこまで女神信仰が強くないから良いが、王都なんかでそれをやったら死刑。最低でも火あぶりだね」
「それ、ほぼ死刑確定じゃないすか!」
横助は突っ込む。
「ああ、だから気をつけな」
クラウディアはあっさりと言った。身分証明になるからとあちこちで見せてきたが、今後そういうことは極力控えようと横助は思った。
そんな話をしていたら前方に門が見えてきた。やはりなかなかの大きさである。
(なんつーか、異世界!って感じだなぁ)
そんなことを思いながらぼんやりと門を眺めていると、門から少し離れた森のそばに数人の人影が見えた。
「あれ、誰かいますね。ギルドの人かな?」
横助は意外そうに言った。最終確認と聞いていたので、てっきりギルド員も撤収済みだと思っていたのだ。しかしギルド長であるクラウディアも不思議そうに首をかしげた。
「いや、あの辺をやってた班からはだいぶ前に作業完了の報告を受けたから、もう誰も残ってないはずなんだが……」
じゃあ西都の住人か、もしくは商人かと横助は目をこらす。近づくにつれて徐々に姿がはっきりと見えてくるが、どうも様子がおかしい。
「ん?子供?なんだ?」
横助は目を細める。大人にしては背が低い。だが子供にしては妙に頭が大きい。いや、人間にしては、異様に頭が大きい。
「っていうかあれ……人間じゃない……?」
横助がそう言った瞬間、クラウディアの顔が強ばった。
「おいおい、ありゃゴブリンじゃないか……」
「え、ゴブリン!?ゴブリンって、普通にその辺にいるんですか?」
無論、横助にとっては初めて見るゴブリンである。
「普段は森の中に住んでいるが、人里に降りてくることもまあ、ある。だが……どうも様子がおかしい」
クラウディアが少し歩調を速める。確かにその違和感は横助にもあった。ゴブリンの群れが、何かを囲んでいるのだ。目を細めて見ると、ゴブリン達の隙間から微かに、怯えたようにうずくまる小さい影があった。
「え、あれって……さっきの……!?」
横助がそう叫んだのと同時にクラウディアは飛び出していた。慌てて横助も追いかける。走りながら、クラウディアは腰に巻いた工具ベルトから金槌を引き抜くと大きく振りかざしてゴブリンに向かって突進した。
「うぉぉおおおおおおッ!」
子供がその怯えた顔をクラウディアに向けた。その顔はまさしく先程クラウディアに石を投げつけた少女、エレンだった。
クラウディアはそのままゴブリンに向かって金槌を振り落とす。
「グギャアアァァォォォッ」
ゴブリンの叫び声が響き渡る。横助は思わずたじろいでしまうが、クラウディアは臆すことなくひたすら金槌を降り続ける。右、左と慣れた動きで腕を振りながら、クラウディアは横目で横助を見た。
「応援を呼べ!東門にうちの奴らが集まってるはずだ!それまで何とか食い止める!」
そう言いながらゴブリンの攻撃を避け、カウンターで蹴りを入れる。クラウディアの動きは完全に戦闘経験者のそれだった。
「わ、分かりました!」
横助はそう言って踵を返す。クラウディアは確かに強いが、ゴブリンの数もそこそこいた。一刻も早く助けを呼ぼうと横助は全力で駆ける。
「はぁっ……はぁっ……!」
しかし、走りながら横助はモヤモヤとしていた。確かに横助には力がある。だが戦闘に関しては素人だ。だからあの場でクラウディアが残るという選択は正しい。しかし正しさだけでは解釈できない感情が横助の中に燻っていた。それにあの瞬間、クラウディアは迷うことなく敵の中に飛び込んでいった。勇者である横助よりも早く。
(でも、俺が行ったところで役に立つか分からないし……)
ただ、そうやって自分に言い聞かせてしまう自分が格好悪く思えた。
その時、東門の方から誰かが走って来た。
「横助さん!」
「クルミ!」
クルミは抱きかかえるようにして横助の体を受け止めた。
「何か大きな声が聞こえたので走ってきました!何かありましたか!?」
肩で息をする様子を見てとっさに治癒魔法を施そうとするクルミを手で制し、横助は息も絶え絶えに説明した。
「北門にゴブリンがっ…………女の子が襲われてて……それで……クラウディアさんが一人で…………」
小さな子供がするような拙い説明だったが、クルミはそれである程度の状況を理解した。
「分かりました!」
「ああ……」
横助は肩で息をする。
「建築ギルドの方々が東門に集まっています!急いで知らせに行きましょう!」
クルミは横助の手を取って走り出そうとした。しかし横助は動かない。クルミは不思議そうに尋ねた。
「行かないんですか?」
クルミにとっては何気ないその言葉が、横助の胸に深く突き刺さった。
(……そうだ)
横助は深く息を吐く。
「行くよ」
「では急いで──」
「いや、俺は北門に行く」
「え……、でも横助さんは……」
戦闘に関しては素人、それはクルミも知っていた。だが、横助にはもう選択肢はなかった。自棄になっていたと言ってもいい。
「ごめんクルミは東門に行って助けを呼んできて欲しい。俺はクラウディアの所に行かないと」
「でも……」
まだ不安そうなクルミに横助は笑いかけた。
「大丈夫。俺は勇者だからな」
根拠は何もなかった。それでも、今の横助には不思議と力がみなぎっていた。泉のあるあの森でクルミを助けたときに近い感覚だった。
「……分かりました。出来るだけ早く人を連れてきます」
そう言ってクルミは東門に向かって走り出した。それを見送って反対方向に横助は走る。しかし格好つけたはいいが、実際またあんな風に上手く出来るのかは分からない。ただ、行かなければという思いだけで足を動かしていた。




