(11)一撃必殺
投稿スパンが空いてしまい申し訳ないです。
西都と北に向かう街道。所々に森がある、静かな道。その近くの原っぱでゴブリンの群れが一人の女性を囲んでいた。建築ギルドの女棟梁、クラウディアだ。彼女の背後には五歳くらいの女の子がいる。壁の建設に最後まで反対し続けていた少女、エレンだ。恐怖で腰が抜けてしまったらしいエレンをかばいながらクラウディアは戦っていた。今では建築ギルドのギルド長としてその腕を振るっている彼女だが、かつては戦士ギルドで傭兵として剣を握っていたこともある。だからゴブリン程度なら余裕で片付けられるはずだった。しかし今回は少し勝手が違う。後ろにいる動けない少女をかばいながら戦わなければならない。しかも相手は十体以上。数的にも、状況的にも向こうが圧倒的に有利だった。
「グガァァオォォッ!!!」
「くっ……!」
ゴブリン達は醜い叫び声を上げながらその爪であるいは手に持った棍棒で殴りかかってくる。それを一つ一つ払って、いなして、反撃する。クラウディアは現役の傭兵達もかくやという動きでゴブリン達を退け続けるが、さすがに疲弊の色が隠しきれなくなっていた。第一得物もただの金槌では心許ない。
(こいつら……殴られてもお構いなしに突っ込んで来やがる。でも、しのぐしかない……!)
クラウディアはチラリと後ろにいるエレンに目を向ける。相変わらず地面に座り込み、ガタガタと震えている。その目にははっきりと死が映っていた。
(絶対に死なせはしない!)
クラウディアは決意を固める。だがそんな気持ちをそぎ落とすように体は着実に疲弊していった。そしてついに一体のゴブリンがクラウディアの懐に入り込む。
「グガァァァァッ!!!」
「しまった!」
慌てて下がるクラウディアにゴブリンは鋭い爪を振り下ろす。クラウディアはとっさに左腕を出してかばった。
「ぐっ……!」
切り裂かれた左腕から血が溢れ出す。かなり深い。
『確かにお前は強いが、喧嘩の癖が抜け切れてない。隙が大きすぎる』
かつて戦士ギルド長に言われた言葉を思い出す。
(結局何も変わってないんだな……)
痛みで思わずうずくまるクラウディアにとどめを刺そうとゴブリンはもう一度腕を振り上げた。終わった、とクラウディアがそう思ったその時。
「らあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
雄叫びと共に誰かが飛び込んで来た。そして真っ赤に燃える拳で今まさにクラウディアを切り裂かんとしていたゴブリンを吹き飛ばした。
「間に……合った……!」
肩で息をしながらそう言った男は、助けを呼びに行ったはずの横助だった。クラウディアの脳内にあらゆる疑問が浮かぶ。
「お、お前!どうして……!」
「俺、一応勇者ですから。戦わなきゃって」
そう言って横助は少し自嘲的に笑った。その顔がクラウディアには妙に眩しく映り、また羨ましくもあった。
「後は任せてください」
横助はゴブリンの群れに向き合う。その体はメラメラと燃えていた。
(格好つけてはみたものの……)
横助の心は緊張と不安で押しつぶされそうだった。
(ああああ!怖い怖い怖い怖い!いくらチートでも怖いもんは怖い!!!)
初めて見るゴブリン前にして、横助の足は今にも震えだしそうだった。しかもクルミを助けたときは不意打ちだったが今は正面から向かい合っている。戦闘経験など皆無な横助にとって、いくらチートとはいえ複数体のゴブリンを相手にどこまでやれるかは分からなかった。だがもう後戻りは出来ない。幸い先程の一撃でゴブリン達もひるんだらしく、しばらくはにらみ合いが続いている。
(どうする?どうすればいい……!)
横助は考える。一番無難なのはクルミが助けを呼んでくるのを待つことだが、背後に少女と手負いのクラウディアがいる以上、戦闘が長引くのは避けたかった。となると考えられる選択肢は一つ。
(一撃必殺しかないか……)
横助は深く息をする。体隅々まで力を行き渡らせる。よくは知らないが、魔法と言えばそういうイメージだった。それから魔法を使う自分を想像する。ゴブリンの群れを一掃できるほどの威力で、かつ後ろにいる二人には被害が出ないように。想像を膨らませ、気持ちを高ぶらせるにつれ、充電が溜まるように体に力がみなぎっていく。
そんな横助を見て何かしてくると察したのか、ゴブリンの群れが動き出す。
「グギャァァアアアッ!!!」
群れのリーダーとおぼしき一体の叫び声を合図に、ゴブリン達が走り出した。十数体のゴブリンが一斉に横助に飛びかかる。弓を引くように意識を集中させる。そしてゴブリン達が一定の纏まりになった瞬間、体に満ちる力を左右の掌に集めて横助は叫んだ。
「吹き飛べぇぇぇぇッ!!!!!」
両手を突き出す。閃光と破裂音。反動で反りそうになる上体を何とか維持する。後ろに引いた左足が地面にめり込む。炎と爆風。熱風で体がカッと熱くなった。
「はぁ……はぁ……」
全ては一瞬の出来事だった。風が吹いて煙が消えると、そこにはもうゴブリン達はおらず、代わりに地面が大きくえぐれていた。
「やったか……」
横助は呟く。ゴブリンが死んだかは分からないが、取りあえず引き離すことには成功したようだ。と、安心した途端体の力が抜ける。クルミを助けたときと同じだった。魔法自体はこれまでも何度か使っていたが、やはり大きな魔法ほど体に掛かる負担が大きいようだった。
そこではたと気付いて後ろを振り返る。クラウディアが左腕を押さえてうずくまっていた。左腕に一撃を食らった所は横助も見ていたが、それ以外にも細かい傷がいくつもついている。
「クラウディアさん!」
横助が駆け寄ると、クラウディアは苦しそうな顔をしながらも目でそれを制した。
「あたしは大丈夫だ。それよりエレンを……」
そう言われて横助はクラウディアの背後にいた少女に目を向ける。一応見える範囲に外傷はないようだったが、万が一と言うこともある。横助は声をかける。だが、「君、大丈夫?怪我とか──」と言いかけたとき、少女はパッと立ち上がってそのまま逃げるように北門へと向かって走り去ってしまった。
「あ、おい!」と追いかけようとする横助をクラウディアは止めた。
「いい、怪我が無いならそれで……」
そう言いながらクラウディアは痛みにうめく。
「クラウディアさん!」
「大丈夫…………」とクラウディアは言うが、全然大丈夫そうではなかった。
「早く病院に行かないと……!」
横助がクラウディア抱え上げよとしたとき、ちょうど良いタイミングでクルミが走ってきた。後ろにさっきまで横助達と作業をしていたおっさんと若い男二人を連れている。
「横助さん、大丈夫ですか!」
「俺は大丈夫だけど、クラウディアが!」
初めは何が何だかと言った顔でクルミに先導されるように走っていたおっさんたちも、血を流してうずくまるクラウディアを見て一様に青ざめた。
「あ、姐さん!?」
「その怪我、まさか本当にゴブリンが!?」
「クルミちゃん、何とかできねえか!?頼む!」
そう言われてクルミは「やってみます」クラウディアの前に屈んだ。そして左腕の傷口に手をかざす。掌からほんのりと温かい光が溢れ出す。クラウディアは一瞬眉をひそめたが、徐々にその表情が落ち着いていく。
「んん……!」
クルミはさらに力を込めるが、すぐに手を下ろした。
「すいません、私に出来るのはここまでです。でも取りあえず応急処置だけは出来たので、後は病院に運びましょう」
それを聞いてがクラウディアを支えて立ち上がらせる。
「一人で立てるよ……」とクラウディアは言ったが、血を流しすぎたのか足下がおぼつかない。結局ギルド員に支えられながらクラウディアは街の方へも歩いて行った。
「ありがとう、助かったよ」
病院から出てきたクラウディアはクルミに向かって頭を下げた。どうやら左手に受けた傷が予想以上に深かったらしく、クルミの応急処置がなければ危なかったらしい。
「いえ、そんな!当然のことをしただけです!」
クルミは胸の前で両手をブンブンと振る。
(今の台詞、すげえ勇者っぽい)
横助がそんなことを考えていると、クラウディアが今度は横助の目を見た。
「なんすか?」
「横助も、ありがとう」
そう言って頭を下げる。
「え!俺も!?だって俺は何も──」
「何もしてないなんて言うんじゃないよ。人を二人も助けておいて」
「いや、まあ……」
横助は言葉に詰まる。すると病院の入り口から三人の男が出てきた。先程クラウディアを病院まで連れてきたおっさんと若い男である。
「相変わらず姐さんは真面目だなぁ」
おっさんが笑う。
「なんだい。助けて貰ったら礼を言うのが筋ってもんだろう?」
「確かにそうだが……。でも別に命に関わるような怪我じゃなかったんだしよ」
それを聞いて横助は安心する。なにせ、人があんなに血を流しているのを見るのは初めてだったので、正直かなり怖かったのだ。だが命に関わるようなものじゃないと分かれば一安心だった。
「まあそうだが……」とまだ何か言いたげなクラウディアを押しやって、おっさんは横助達に言った。
「さ、二人も早く帰んな。暗くなるとまた何が出るか分からねえぞ」
「あ、おい!まだ話は終わってないよ!」
「はいはい、話なら後で俺達が聞きますから」
騒ぐクラウディアをなだめながらおっさんがクラウディアの背中を押す。若い男二人も「じゃあな」「気をつけて帰れよ」と言い残すとクラウディアのもとに駆け寄った。
「姐さん、肩貸しましょうか?」
「だから、一人で歩けるって言ってるだろ!」
「だってこんな時じゃないと俺らのこと頼ってくれないじゃないすか」
「おい!やめろって!ちょ……くっつくなよ、気持ち悪ィな!」
ギャーギャーと喚きながら歩いて行く四人を見て、横助とクルミは顔を見合わせる。
「……俺達も帰るか」
「……そうですね」
ともあれ、大事にならなくて良かったと横助は思った。
西都北東部の森の中。一人の女が黒焦げのゴブリンを見下ろしていた。
「逃げたと思ってたゴブリン達が黒焦げになって帰ってくるなんてね。やっぱり水分が少ないから、火へ耐性が課題か……」
女はしばらくの間、黒焦げのゴブリンを眺めながら考えていた。
「ま、一応持って帰るか」
そう言うと女はパチンと指を鳴らした。すると空間に渦巻くような闇が現れた。闇はグルグルと広がると、ゴブリン達を飲み込んでいく。そして全てを飲み込むと、闇は再び渦巻きながら空間に消えた。
にやり、と女は笑う。
「なんにせよ、面白くなりそう」




