(12)アンデッド
次の日、横助は再び西都に向かっていた。昨日のことがあってやはり戦闘訓練が必要だと思った横助は戦士ギルドの依頼を受けてみることにしたのだ。
「で、なんでクルミまでついてきたんだ?」
横助は隣を歩くクルミに尋ねた。ちなみに今日は配達もないので荷車は引いていない。クルミは不満げに頬を膨らませる。
「だって横助さん、すぐ無理をするじゃないですか!」
「別にそんなことないけど」
「そんなことあります!昨日だってマナ切れを起こしてるのに言わないで。気付いたらお風呂場で倒れてて、私びっくりしたんですから!」
確かに横助は昨日クルミ宅の風呂場で倒れた。もちろんマナ切れもあったが、大量の血を見て貧血気味だったというのも少なからずあった。
「あれはほら、ちょっと色々あったから疲れてただけだよ。それよりクルミ、俺が動けないのを良いことに俺の体をあちこちいじり回してたよね?」
「え、起きてたんですか!?はっ……!」
しまったという様子で口に手を当てるクルミ。わざとなのかと思うほど綺麗に口を滑らせた。
「えーと……あっ、西都が見えてきましたよ!」
クルミは丘の向こうに広がる街を指差した。
「…………」
「おう、クルミちゃん。今日も良い天気だね」
「はい、門番さんもお疲れ様です」
相変わらずの顔パス。そして相変わらず西都の街は賑わっていた。今日は戦士ギルドの依頼を受けると言うことで、目的地はギルド同盟本部だったが、クラウディアの様子が見たいというクルミの意見もあって、まず先に建築ギルドを訪れることにした。だが。
「姐さんなら今はいないぞ」
頭にバンダナを巻いた男がぶっきらぼうに言った。
「じゃあどこにいるか分かります?」
横助が尋ねる。
「あー、たぶんガロンさんの所じゃねえかな」
「ガロンさんというと、『ウエスタン』のガロンさんですか?」
今度はクルミが意外そうに尋ねた。
「そうそう、たぶんそこだ」
バンダナの男は一人で納得したようにウンウンと頷いた。横助とクルミは顔を見合わせる。
「で、来てみたわけだが……。本当にここにいるのか?」
横助は酒場『ウエスタン』の看板を見る。ガロンとクラウディアの接点が今ひとつ分からない横助はそこが不安だった。クルミも自信なさげに首をかしげている。
「とりあえず入ってみましょうか」
西部チックな入り口の戸を開けて中に入る。
「誰だ」
「ひっ」
「おわっ」
クルミと横助は同時に声を上げた。入ってすぐ真横にウエスタンの店主、ガロンが立っていたのだ。
「なんだ、お前らか。何のようだ」
なんだはこっちの台詞だと思いながら横助はクラウディアに会いに来たことを告げた。
「クラウディアなら奥にいる」
「え、でも……」
そう言われてクルミは困ったように店内を見渡した。まだ営業時間外である酒場には当然誰もいない。
「こっちだ」と声が聞こえた方を向くと、さっきまで真横にいたはずのガロンがカウンターの中に立っていた。そして横助達を一瞥するとカウンターの奥に消えていく。横助とクルミも慌ててガロンの後を追った。
カウンターの奥は倉庫のようになっていて、倉庫の隅に下へ向かう階段があった。そこを降りると十畳ほどの地下室があって、大きめのテーブルと椅子が六つ置いてあった。そしてそこにクラウディアと二人の男が座っていた。
「お前ら……!?」
クラウディアは二人の姿を見ると驚いたように目を見開いた。
「俺は店の準備があるから、後はお前らで勝手にやれ」
ガロンは無愛想にそう言うと再び階段を上がっていった。
「取りあえず座りな」とクラウディアが椅子を引いてくる。怪我をした左腕に包帯を巻いていた。
「クラウディアさん、お怪我の方は……」
クルミが遠慮がちに尋ねると、クラウディアは「ああ」と表情を緩めた。
「跡は残るかもしれないが、傷自体は二週間くらいで治るってさ。クルミのおかげだよ」
「いえ、そんな……。でも良かったです」
クルミは安心したように言った。
「で、話は変わるが、なんでここにいるって分かった?」
「建築ギルドの人に聞いたらここじゃないかって。さすがに地下とは言ってなかったですけど」
横助が答えると、「あいつか……」とクラウディアは苦い顔をした。あのバンダナ男の顔を思い浮かべているのだろう。
「まあいい。先に紹介からしておこうか。こっちの髭面が戦士ギルド長のサンズ。で、そっちのヒョロい優男が商人ギルド長兼ギルド同盟議会議長のレインだ。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
聞いたことあるも何も、ギルド同盟議会の議長といえば噂に聞く西都のトップだ。
「僕ら三人はギルド同盟の主力メンバーでね。議会でも協議出来ないような秘密の会議をいつもここでやってるんだ」
レインは言った。
「もしかして、僕らここに来たらまずかったですか?」
「いやいや、勇者様なら大歓迎だよ」
クラウディアが話したらしく、レインとサンズも横助が勇者だと知っていた。
「それに、今回の議題は君達も関係してるしね」
「僕たちが?」
「昨日君達が襲われたっていうゴブリンについてさ」
「ああ……」と横助は昨日の出来事を思い返す。
(正直滅茶苦茶怖かった。夢に出てきたもんな……)
レインは何かを探るような眼差しで横助を見るが、間もなく口を開いた。
「実はそのゴブリン、死体も含めて一体も見つかっていないんだ」
「あ、俺が吹き飛ばしちゃったから……」
横助が申し訳なさそうに言うとレインは首を横に振った。
「それもクラウディアから聞いて、捜索範囲をかなり広めにとって探したんだが、今のところ見つかっていない。もちろんいたのは本当だろう。クラウディアも怪我をしているしね。でも当のゴブリンがどこにも見当たらないんだ。規模は違うけど、これは三年前の王都襲撃事件と全く同じパターンだ」
「王都襲撃事件?」
横助は首をかしげる。それを見てレインは半分呆れながら言った。
「本当に何も知らないんだね」
「魔王を倒せとだけ言われてこの世界に来たもんで……」
「よくそんな条件で依頼を受けたね……」
「そうっすね……」
さすがに商人ギルドのトップが言うと説得力があるなと横助は思った。
「まあそれはいいとして。簡単に説明すると、今から三年前、ここから東に行った所にある王都という街が魔物の大軍勢に襲われるという事件が起きた。その数は約一万。王都はこれを何とか退けたが、兵士を中心に多くの犠牲者が出た。にもかかわらず、死体を含めて襲ってきたはずの魔物が一体も見つからなかった。だからその魔物に関する情報はほとんどない。唯一あるのは戦った兵士達が口々に言った言葉。『あれは普通のゴブリンじゃなかった。あれはアンデッドだった』というそれだけだ」
そこでレインは一旦言葉を切る。
「と、まあこれが王都襲撃事件の大まかな流れなんだけど…………昨日の事件と似てないか?特に襲ってきた魔物が忽然と消えてしまった点だ」
「確かに……」
横助は呟いた。
「実は王都の事件以降、大陸各地で似たような魔物の被害が多発してるんだけど、王都のときと同じく襲うだけ襲って忽然と消えてしまうから敵の情報がほとんど得られてないんだ。巷じゃ魔王の復活だなんて噂もあるぐらいで……。出来ればその辺の話も勇者である横助くんから聞ければと思ったんだけど……」
そう言ってレインは横助を見る。
「その様子じゃ何も知らないみたいだね……」
「すいません……」
横助は申し訳なくなって肩を落とす。
「まあ、この状況を見るにおそらく今すぐにどうこうなるって話じゃないし、それに……クラウディアが襲われた一件で一つはっきりした」
クラウディアも頷く。
「王都を襲ったのは今回クラウディアを襲った魔物と同じ、アンデッドゴブリンだ」
(アンデッドか……)
横助は心の中で呟く。ゲームでは雑魚キャラとして飽きるほど倒してきたが、実際に戦ったのはこれが初めてである。まあ、普通に強い。しかしチート級の身体能力を持つ横助にとっては決して倒せない敵ではない。というか、それくらい楽に倒せなければ魔王なんて倒せるわけがないのだ。現状ではまだ魔王が本当にいるのかすらはっきりしないのだが。
横助がアンデッドについて考えていると、隣でクルミも何か考え込むように唸っていた。
「どうした?クルミ」
するとクルミはパッと顔を上げ、困ったような表情を浮かべた。
「いえその……魔物に襲われたという話で思い出したのですが、あのオーク、どこか変じゃありませんでしたか?」
レイン達がなんだという風にクルミに注目する。それを見て横助も思い出した。
「あー、あいつか。まあ変と言われれば変だったような気もするが……」
確かに妙な雰囲気はあったかもしれないが、横助は普通のオークがどんな雰囲気なのかを知らないので何とも言えなかった。クルミはまだ少し納得のいっていない様子である。
「オークがどうしたんだい?」
すると今度はクラウディアが横助に尋ねる。
「あー、あの……始まりの泉?がある森で、クルミがオークに襲われてたんです。それを僕が助けて……」
そこまで言ったとき、レインがガタッと椅子から立ち上がる。
「オークが人を襲ってたって!?」
「え?は、はい。確かにオークだったと思いますけど……」
横助がクルミを見ると、クルミも頷いた。レインは「これはいよいよ大変なことになってきた……」と何やらぶつぶつと呟いている。
「え、そうなると、どうなるんですか?」
横助が尋ねるとレインは顔を上げた。
「オークは王都の北にあるシュバルの森という場所に住んでるんだけど、基本的にその森からは出ないんだ。それに、オーク族は温厚な種族だから人を襲うなんて滅多にない。つまり……クルミちゃんを襲ったっていうそのオークもアンデッドだった可能性が出てくる」
横助にはアンデッドかどうかの違いなど分からない。だがあれから一度もあの森には入っていないため、否定も出来なかった。
「でも、それがどういうことになるんでしょう?」
今度はクルミが疑問を口にする。するとそこで今まで黙って話を聞いていた戦士ギルド長のサンズが口を開いた。
「ゴブリンは魔物の仲間だが、オークは人族の亜種だ。だから遺伝子的にはほぼ人間。つまりオークのアンデッドがいるってことは……」
それに続く言葉を横助が呟く。
「人間のアンデットもいるかもしれない…………」
地下室がしんと静まりかえった。頭上からカチャカチャと食器を洗う音が聞こえてくる。
「…………まあ、現時点で僕らに出来ることは、魔物に関する情報を集めることだけだ。大体アンデッドゴブリンはまだしも、オークのアンデッドなんて人為的に生み出さなきゃ存在しないはずだしね。というわけでクルミちゃんに横助くんも。他に何か情報を見つけたらすぐに僕に連絡して欲しい」
「分かりました」とクルミと横助は頷いた。




