(25)気持ち
そのあと、サンズやガロンを含めた戦士ギルドの面々が合流し、一連の襲撃事件はひとまず幕を閉じた。サンズは目の前に転がる死体の山を見て目を見開いていた。だがすぐにギルド長の顔になると、すぐさま部下に指示を出した。今回はクラウディアと少女が襲われたときと違い死体が目の前にあるため、回収して調べることが出来るのだ。もっとも、横助が体の中まで燃やし尽くしてしまったので何も分からないかも知れないが。
それから横助はどうしても心配だというクルミに手を引かれ、西都の病院に向かった。
「外傷の方はほとんど治っているね。この治癒魔法はなかなかのものだ」
初老の医師は横助の体を一通り調べてそう言った。「そうですか」と答えつつ横助は、クルミに感謝しなければと思った。
「それより、問題は中身の方だ」
医師は続けて言う。
「中身?内臓ですか?」
「いや、心の話さ」
「心……ですか」
横助は呟く。
「ああ。君は魔法を学んだことがないと言っていたけど、魔法を使うのに精神力がいるのは知っているかい?」
「それは、一応」
「じゃあその精神力というのが、感情の源であるというのは?」
「精神力が感情……?」と横助は首を捻る。
「いえ……それは知りませんでした」
すると医師は「そうか……」と呟いた。
「知っているかも知れないけど、魔法というのは体内に取り込んだマナを魔力に変換して、想像によって形作るものだ。その、マナを魔力に変換する過程で重要になってくるのが感情なんだ」
「はぁ……」
「感情の強さと純度によってマナの変換効率が上がるんだけど…………まあ要するに、その感情が強ければ強いほど、そして純粋であればあるほど、より少ないマナから大量の魔力が抽出できるというわけだ。感情エネルギーとも言われるね」
(魔法とは精神、思いの強さ……ってそういうことだったのか)
横助は心の中で頷く。
「君は、一度体内のマナが底をつきかけたけど、友達の声が聞こえた瞬間に復活したと言っていたね?」
「はい……」
「それはたぶん、死の間際に大切な人の声を聞いて、生きたいという思いが強くなったことで急激にマナの変換効率が高まったんだろう」
なるほど、と横助は思う。振り返れば今までも、感情の起伏によって体の力が抜けたり、また逆に力がみなぎったりすることがあった。それは感情の高ぶりによってマナの変換効率が上がり、一時的に体内の魔力量が増えていたためだったのだろう。
「あれ?ということはつまり、僕はあの時本当に死にかけてたってことですか?」
横助が問うと医師は「はぁ……」と呆れたようにため息をついた。
「マナというのは生命活動に使うエネルギーの供給源でもある。魔法に使うマナと生命活動に使うマナは正確には違うけど、足りなくなれば片方からもう片方へ補給されるんだ。だから限度を超えて魔法を使い続ければ死ぬよ」
「まじか……」
横助は今更ながら肝を冷やした。戦っているときは特に深くは考えていなかったのだ。確かに危ないかも知れないとは思っていたが。そしてそんな横助に追い打ちを掛けるように、医師はより真剣な眼差しで横助を見た。
「それにマナの話だけじゃない。さっき感情の話をしただろう?マナと一緒で、マナの変換に使った感情エネルギーもなくなるんだ。つまり、感情が消えるってことだ」
「そ、それって、どうなるんです?」
横助は恐る恐る尋ねた。
「廃人になる」
部屋の空気が張詰める。
「ただ、普通の人は感情が消えるほど膨大な魔力を扱えない。そうなる前に体がダウンしてしまうんだ。だからこそ、廃人化は高位の魔導師に多い。技術がある分、体に負担を掛けずに大きな魔法を使えるからね。そして君の場合はその逆だ」
「逆、というと?」
「体が丈夫すぎて、普通なら使えないレベルの魔法を無理矢理使うことが出来た。だから体より先に心が死ぬ可能性があった」
横助は息をのむ。確かに、横助はこの世界に来てから格段に身体能力が高まっていた。割と素でチートと適当に考えていたが、それによって扱える魔力量が普通の人よりも多かったのだ。
「じゃあ、あの時僕は死にかけてたんじゃなくて…………」
「廃人になりかけていた、ということだろうね」
だからクルミはあんなに必死になって自分を止めようとしていたのだと、横助は思った。それだけではない。クルミはずっと、横助が無理をする度に心配して、怒っていた。その時は横助も軽く考えていたが、クルミが一体何を心配していたのか、横助は今になってようやく気付いた。
「幸運だったのは、君のもともと持っているマナの量が多かったこと。それと…………」
医者はそこで言葉を切って、横助の目をじっと見据える。
「君を心配してくれる人がいたことだ」
「僕を、心配してくれる人……」
「クルミちゃん、だったかな?ここに来たとき、彼女は泣いていたじゃないか。あんまり心配を掛けてあげるなよ」
医者は諭すようにそう言った。
診察室を出ると、外で待っていたクルミが一目散に駆け寄ってきた。
「横助さん!大丈夫ですか!?」
「ああ、廃人化はしてなかったよ」
それを聞いてクルミはばつが悪そうに言った。
「すみません……そのことは、先に伝えておくべきでした……」
やはりクルミは魔法を使いすぎると廃人化すると知っていた。だが横助が勇者であるということが引っかかり、なかなか言い出せずにいたのだ。
「いや、謝るのは俺の方だ。心配掛けて悪かった」
するとクルミは驚いたように目を見開いたあと、プクーッと頬を膨らませた。
「本当ですよ!横助さんが一人で戦っていると知ったとき、私がどれほど心配したと思ってるんですか!!!もう心配で心配で、死ぬかと思いましたよ!?」
横助の服の胸元を掴み、クルミは詰め寄った。それを見て横助は思わず苦笑いをする。
「いや、ほんと。ごめんね」
「本当に反省してます?」
「してるしてる」
「じゃあ今日は添い寝ですよ!」
「それ、いつもじゃね?いや、それがいつもなのもおかしいんだけど」
「なぁ、クルミ」
帰り道、横助は荷車を引きながら尋ねる。
「なんですか?」
「クルミはさ、なんでそんなに俺のことを心配してくれるんだ?」
「そんなの…………」
後ろで荷車を押しながら、クルミは少し寂しそうな顔をした。
「そんなの、好きだからに決まってるじゃないですか」
「…………ん?」
一瞬、横助は何を言われたか分からずに固まってしまう。しかし徐々にその言葉の意味を理解する。
「ん?待って、好き?俺が!?なんで……あっ、あれか、友達としてか」
「いえ、異性としてです」
再び固まる横助。当然、今までの人生でそんなことを言われたことは一度もない。ただイメージトレーニングは散々行ってきたはずなのに、横助の脳は処理落ちしていた。
「もしかして…………気付いてなかったんですか?」
クルミが横助の背中にジト目を向ける。横助は振り返らずともその事が分かった。
「いや、だって……そんな素振り全く見せてなかったし…………」
「見せてましたよ!腕に抱きついたり、ベッドに潜り込んだりしてたじゃないですか!」
「あー、あれね。なんかそういう子なのかと思ってたわ……」
確かに距離感が近いなというのは横助も思っていた。だが恋人はおろか友達すらいなかった横助には他人との距離感に関して基準がなく、そういうもんかと思っていた。
クルミはがっくりと肩を落とす。
「心外です……。だいたい、好きでもない人に抱きついたり添い寝したりするわけないじゃないですか……」
そう言われて初めて横助はなるほどと思った。同時に、そんなことでなるほどと思ってしまう自分が心底情けなかった。
「いや、その…………すまん」
「いいですよ」
そしてしばらくは無言で歩く。だが、その沈黙もやがてクルミの一言で破られる。
「それで横助さん、お返事は?」
「あーその、な……。俺、今までそういうのなかったから、どうすればいいか分からないって言うか……嫌ってことじゃないんだけど……」
「『はい』か『よろこんで』で答えて下さい」
「…………保留で」
二人の間に再び沈黙が訪れる。クルミがため息をつく気配を背中に感じたが、横助は振り返ることが出来なかった。というか、振り返ることなど許されない。どんな顔で振り返ればいいのか。しかし、クルミから発せられたのは予想外の言葉だった。
「……分かりました」
「え?いいの?」
あまりに予想外の答えに思わず横助は振り返る。そんな横助にクルミは「はい」と微笑んだ。
(天使か……?)
横助は思う。
「それに、常々お母様に言われてましたから。告白をして答えを保留するような男には一生つきまとってあげなさい、と」
(堕天使か……)
横助は思った。
(っていうかそれ、もしかしなくても親父さんのことだよな……)
まあ確かに、アルモンドはああ見えて初心なので、告白の答えを保留しそうではある。横助はアルモンドのことを思い、少しだけ同情した。
失 踪 未 定




