(26)勇者横助
「ん……朝か……」
横助は目をこする。いつもなら休日は二度寝三度寝当たり前だが、この世界に来てからなぜかすこぶる睡眠の質が良く、朝もすっきりと起きられていた。
ふと横を見ると、誰かが隣に寝ていた形跡がある。なんてことはない。昨日も宣言通りクルミが添い寝してきたのだ。なおクルミの添い寝と快眠の因果関係は不明である。
「んん……」
体を起こしての伸びをすると、横助はベッドを降りた。
食卓には既に朝食が並べられていた。アルモンドが椅子に座り、新聞を読んでいる。
(これが一般家庭の朝の風景なんだろうか……)
横助の朝の風景と言えば、誰もいない食卓とラップの掛けられた朝食、あるいはカップ麺。五百円玉が置いてあるときもあった。今まではずっとそれが普通だと思っていたので、最初にこの風景を見たときはまるでホームドラマみたいだと思ったものだ。
「あ、横助さん!おはようございます!」
クルミが横助の姿を見つけ、元気よく声をかける。アルモンドは横助を一瞥し、「……おはようさん」と呟いた。
「おはよう……ございます」
『おはよう』や『行ってきます』などの挨拶は未だになれない。横助は少し恥ずかしそうに顔を俯かせて、いつもの席に着いた。その隣にクルミが座る。そして牛乳の入ったコップを横助の前に置いた。
「どうぞ」
「ん、ありがとう」
「横助さん、おはようございます」
台所から同じく牛乳のコップを二つ持ったヘーゼルが歩いてきた。
「あ、おはようございます」
ヘーゼルはにこりと微笑むと、アルモンドの隣に座る。
「街を、守ってくれて……ありがとよ」
「え?」
朝食を食べ終えたあと、ボソリと呟かれたその言葉を危うく横助は聞き逃すところだった。驚いてアルモンドを見るが、等のアルモンドは気まずそうに目を逸らした。ヘーゼルはクスクスとおかしそうに笑っている。横助はクルミに目で助けを求めた。
「昨日の事件がもうニュースになってるんですよ」
クルミの言葉に、アルモンドが新聞を広げて見せた。そこには一面にでかでかと見出しでこう書いてあった。
『勇者、魔物の群れを一人で退ける!!!』
「…………マジか」
正直な話、街を守ったという意識はあまりなかったので、びっくりマークを三つもつけて大層に言われた所で照れと困惑が半分半分といった気持ちだった。
「お前が勇者だってのは、やっぱり本当だったんだな」
疑ってたわけじゃないが、とアルモンドは少し苦しげに言った。
「私たちの街のために体を張ってくれて、ありがとうございます」
ヘーゼルも続けてそう言った。私たちの街、とは横助がこの世界の人間でないことを指して言った言葉だ。
「いえ……」
横助は少し困ったように答える。その目は、見出しの『勇者』の文字を見つめていた。
「横助さん、どうかされましたか?元気がないようですが」
クルミが隣を歩く横助の顔を心配そうに覗き込んだ。それに対して横助は「大丈夫」と短く答えた。
二人は今、西都へ続く一本道を歩いている。昨日の襲撃事件の件でレインに呼び出されたのだ。牛乳売りはないので荷車は引いていない。
「あの、横助さん……」
クルミが不安そうな眼差しで横助を見上げる。
「ん?」
「あの、私昨日、横助さんのことが好きだから心配したんだと言いましたよね?」
「ああ」
「でも、きっと……いえ、確実に、それは私だけじゃないはずです。お父様もお母様も、レインさんやクラウディアさんやサンズさんも、みんな横助さんのことが好きで、横助さんのことを心配していたと、私は思います。ですからその…………横助さんはもう十分愛されているんです」
「そう……かもな」
濁してそう答えた横助だったが、心の中ではもう既に分かっていた。廃人化の一歩手前まで陥ったあの時、走馬燈で見えたのはクルミやクルミの両親、レインやサンズ、クラウディアの姿だった。ぼっちだと思っていた横助の心の中には、それだけの人達がいた。
横助は戦いの最中に、なぜ見ず知らずの街を守ろうとしているのかと自分に問いかけたが、それは問題から既に間違っていた。横助は見ず知らずの街ではなく、知っている街、そして知っている人を守るために戦っていたのだ。愛が足りないのではなく、愛を受け止める覚悟が出来ていないだけだったのだ。
でも、今は違う。この世界に来てから、いや、この世界に来る前からずっと、日々をただ何となく生きていた横助の前に、今は確かな道があった。その道が一体どこへ向かっているのかは分からないが、横助はその先に行ってみたいと思っていた。
「なぁ、クルミ」
「何ですか?」
「俺さ、本気で勇者になろうかな」
「…………」
「……クルミ?」
黙ったままのクルミに少し不安になった横助が隣に目を向けると、クルミは感動したようにキラキラと横助の顔を見ていた。
「……なに」
「いえその……横助さんの横顔が余りにもかっこよかったので……」
予想外の答えに横助は頬を搔く。
「ちょ……照れるんだけど……」
「私は良いと思います!横助さんならきっと素晴らしい勇者様になれますよ!」
「あー、ありがとう……」
ニコニコとクルミが見つめるので、横助は思わず目を逸らした。
「あ、それでさ、出来れば魔法を勉強したくて……。クルミの通ってる魔法学園に入れないかなーって思ってるんだけど……」
「魔法ですか?横助さんは十分魔法を使えていると思いますが」
「まあそうなんだけど、何かもっと効率良く使えるような気がするっていうか……。今回のことで、自分の実力とかもまだまだ足りないって分かったから、一度ちゃんと魔法を学んでおきたいんだよね」
魔王というのが一体どれほどのものなのかは分からないが、少なくともアンデッドゴブリンよりは強いはずだ。ならば、たかだかアンデッドゴブリンの百体で死にかけているようでは話にならない。
横助の考えを聞いて、クルミは「なるほど」と頷いた。
「編入であれば、可能だと思いますよ。試験は受けることになると思いますが……」
「そうか……」
横助は顎に手をやる。編入試験は不安だが、おそらく合格基準ぐらいは今の実力でも十分満たせるだろう。そんな横助の顔をクルミがじーっと見つめる。
「…………なに?」
「いえ、なんと言いますか、そうなると私は横助さんと一緒に学校へ通えるんだな、と思いまして。横助さんと一緒に授業を受けたり、放課後一緒に遊んだり出来るんだなと。それって何だかすごく嬉しいなと」
そう真面目な顔で言うクルミに、横助は思わず顔を歪める。
「だから照れるって……」
するとその様子を見てクルミは「あっ……」と小さく呟いた。
「今度は何?」
「横助さんが笑っています」
「笑ってる?」
「はい。自分で気付いていましたか?横助さん、今までほとんど笑っていなかったんですよ?」
そうだっただろうか、と横助は思う。特に意識したことはなかったので、自分ではよく分からない。でも考えてみれば、一人でいるときに笑うことはほとんどない。そりゃ面白い漫画を読んだときなんかは笑うかも知れないが、その程度である。
「でも、今はすごく自然に笑っています!」
「そうか……」
クルミは嬉しそうにそう言った。自分が自然に笑っていると思うと、横助は何だか不思議な気分だった。
「横助さん……笑顔も素敵です…………」
「ちょ、だから照れるんだって!」
「照れた顔も素敵です!」
グイグイと体を近づけるクルミ。必死に体を反らす横助。二人の歩く道の先に西都の街が見えてきた。横助の異世界生活が始まった街だ。そして、ここから勇者横助の物語は始まるのである。
あけましておめでとうございます




