6.勇者の村 ~赤ずきん2~
随分と間を空けてしまいました…
今回は、リーナ母さんの過去について。
狼男ローレンスは語る。
ひっそり「赤ずきん」という異称で呼ばれる女、リーナのことを。
それは、20年以上も遡るかつてを語る言葉だった。
「以前、この近くには人狼の村の一つがあった。場所を少し移してだが、今もある」
奥深い森の中。
人の決して踏み入らない、黒く陽射しの遮られる木々の海。
狼と人の姿を持つ魔物達の、好むところ。
浅いところとはいえ森の中にあるこの村は、人外の住まう領域に程近い。
ふとした時、気を抜いた瞬間。
そんな時に、意図せずして交わってしまうくらいに。
だが、森の住民、狼の魔物達も気をつけてはいた。
人間と不必要に関わること。
それは魔物討伐の気運を高める切欠になりうる。
元より人と魔物とは相容れぬもの。
その住処が近いとなれば、万が一にも必要以上の接触がなきよう、気を配らねば。
争い、遅い、襲われるその関係。
相互不可侵など、絶対に貫けるものではないが。
それでも何も知らない無垢な幼子まで巻き込まぬように。
村で守られるべき女子供が争いに放り出されぬように。
何よりも、弱いと侮られ襲われる中で、命を落とすことの内容に。
それぞれの里に力弱く戦えない個体がいることは分かっている。
だからこそ、魔物の大人達はピリピリと気を張っていた。
どちらが後から住み着いたのか、それも分からなくなるくらい。
ずっと古くから、このひっそりとした位置関係は変わらない。
人間の方は近くに魔物の村があるなど、知らなかったが。
人狼の者達は古くから知っていた。
そして存在が知られることとなれば、人間が軍列を成して討伐に来ることも分かっていた。
そんなことになれば、弱い者から死んでいく。
警戒を怠ることもできぬ。
大人達は、子供達の為にも村の位置を変えるべきかと何年も何年も検討していた。
だが、新たな住処を探そうにも適した地は中々見つからない。
居心地の良い場所は、既に他の誰かが住処としているからだ。
この上は闘いの中で安住を勝ち得るしかないのかと。
思い詰める者達はいつだっていた。
そういった者達が、幼子に語調も鋭く言い聞かせるのだ。
……絶対に、敵方の者と関わってはいけないと。
その姿を見ることがあったのなら、気付かれる前に立ち去れと。
元より狼の能力を有する魔物。五感は鋭い。
耳で、目で、鼻で。
その全てで人間よりも先に接近には気付くことができるはず。
余程の間抜けか、非常時でもなければ。
だが、残念ながら。
どうやら余程の間抜けが人狼の子供にいたらしい。
それも、かなりの大間抜けが。
敵方であるはずの、争い合うはずの関係。
絶対的敵対者であるはずの、人間。
その子供とうっかり遭遇したばかりか、うっかり交友関係を気付いて交流を重ねる。
ようは人間の女の子と遊び友達になってしまった、大間抜けの狼が。
残念なことに、皆が緊張感を高める村の中、空気を読まずにそんなことをしでかす子供がいたようだ。
大人達が気付いた時には既に手遅れで。
あの警戒は、あの注意は、あの緊張は何だったのかと。
呑気な顔と声で今日は何した楽しかったと語る子供の前。
大人達は揃いも揃って肩を落とし、膝をついて脱力しきった。
空気は、お通夜の様に湿っぽくなっていた。
一人、気楽気軽に当の子供だけがにこにこと嬉しそうだった。
大人達の苦労は、儚くも水泡に帰したのだった。
この間抜けな狼の子供が、今では村を率いる若狼マレグ。
そしてうっかり彼と仲良くなり、森の中で毎日を共に遊んだ人間の子供…
………マレグの幼馴染みに当る女の子が、名をリーナ。
今でも語りぐさとして、童話になぞらえ赤ずきんと呼ばれる彼女。
嘗ての幼友達と引き離され、人間として真っ当な人生を歩んできた女性。
それこそが、勇者エリックの実母リーナを指す異称であった。
そこまでを聞き終えたところで、銀河が言った。
「…え、何ソレ浪漫?」
「マレグにとっては初恋らしいが、恋物語としては悲恋だな」
「ああ、引き離されちゃってるって言ったしね」
「それに、リーナさん一児の母ですしね…」
「かつての初恋、いま人妻か。マレグさんの胸にぐさっと?」
「まあ、今でも好きなら刺さるんじゃないかなぁ…」
「刺さっているらしいな。それはもう、ぐさぐさと」
「………って、近況を知っているって事は?」
「実に情けないが、マレグの方は未だに未練があるらしい。今でも機を見て折を見て、リーナの様子を見に来ているらしい。気配に気付かれることのないよう、遠目にひっそりと…だそうだが」
「うわ、本当に未練たらたらだ。情けないお兄さんね~…」
「……それより僕としては、なんだかストーカーちっくな事の方が気になるんだけど」
「未だに実害となる様な被害は出してはいない。時間の問題だと狼達が賭をしているがな」
「ちなみに、ローレンスさんは?」
「…俺は「息子が独り立ちした機を見て攫う」に賭けていた気がする」
「なんで他人事なんですか…」
「俺が賭けに乗ったのは、リーナの息子が生まれた時期だ。確か17年前だな」
「そんな昔から、リーナさんは監視されていたんですか」
「マレグのストーカー歴は20年を越える。あの時はリーナの息子が勇者になろうとは思っていなかったが、マレグにしてみれば好機だな。この際さっさと攫ってくれれば賭けに勝てるんだが」
「そんな嬉々として望むって、何を賭けたんですかローレンスさん」
「その賭の賞品も、なんだったか…酒の席のノリで賭けたからな」
「つまり、マレグさんとリーナ母さんの行く末は良い酒の肴にされていたんですね」
「………元より、魔物と人間で上手くいくなど誰も思っていない。が、まあ余興としてな」
「どうしよう…マレグさんに同情したくなってきたよ。まだ一回もあったこと無いけど」
「ストーカーなんだったら、この近辺に潜んでんじゃない?」
「その可能性はありそうで怖いね…」
自分の配下にストーカー疑惑が出てきて、銀河としては複雑だ。
だが、昼間に見たリーナの懐古の眼差しを思う。
まさかローレンスが狼男と気付いた訳ではないだろうが、もしかしたら幼少の頃に人狼と接した経験から、何か感じるものがあったのかも知れない。
危ういなと、頭の片隅で警告の音が聞こえる。
それにリーナが実際にどう思っているのか、改めて知る必要があるとも。
だがもしも己の過去を不快に思い、自戒しているのなら。
後悔して、疎んじているのなら。
あんな柔らかで穏やかな顔はしない。
あんな優しく、温かな目で見ない。
実際はリーナとマレグ、双方に心情を聞き取る必要があるとは思ったけれど。
折良くリーナは独り身。
そして銀河自身は、魔物と人間がどうとかいう忌避感も障害も感じない。
もしもリーナの方に脈があるのなら。
…昼間の温かい様子を見るに、マレグには多分に勝算があると感じたけれど。
それが確かなものであったのならば、その時に銀河が選び取るのは…
「ローレンスさん」
にっこりと、楽しそうに笑って。
銀河がローレンスの耳をくいっと柔らかく引っ張った。
「どうした、陛下」
「ローレンスさんの賭け、もしよければ僕が勝たせてあげても良いですよ」
リーナさんがそれで不幸にならなければと、そう心中で付け加えて。
企みなど何もない様な純真な笑顔を深め、人狼の長に願いを告げた。
「マレグさんに、会わせて下さい」




