5.勇者の村 ~赤ずきん1~
分からないことは、聞いてみよう。
答えの返ってくるこないは構わない。
でも考えても分かるわけもない。
そう思い切るのも早く、銀河はすぐに実践していた。
時は夜、場所は宿代わりに借りている空き屋。
人の目を憚ることなく、ローレンスは耳をピコピコさせていた。
「ローレンスさん、『赤ずきん』ってどういう意味ですか?」
銀河は「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」という諺を実践できる素直な少年だった。
何時だって疑問には即座に答えてくれる人。
それが銀河にとって、ローレンスの印象の一端にある。
だが、問われたローレンスは暫し逡巡の様子を見せた。
恐らく昼間の呟きを銀河の耳に拾われているとは思わなかったのだろう。
もしかしたら、呟いた自覚もなかったのかも知れない。
きょとっと見上げる銀河の目には、ローレンスの目が泳いでいる様に見えた。
「なになに、赤ずきん? 何のこと、銀河」
銀河の疑問に食いついて、寄ってくるレイヤ。
少女の好奇心旺盛な様子に苦笑しつつ、銀河は隠すところもないので応じた。
基本、二人の間は無用な隠しごとは無しだ。そういう信頼関係が築かれている。
「何てことはないんだけどね。昼間、ローレンスさんがリーナさんを見ながら呟いたんだ。赤ずきん…って。僕の故郷には赤ずきんって童話があるんだ。だから気になって」
「へえ、童話。銀河って別世界から来たんでしょ? ローレンスさんの言葉とは無関係じゃ」
「でも、意味深だよね。赤ずきんの童話には狼が出てくるんだ」
「なるほど、それを狼男が口にするから、余計気になったと」
「うん」
銀河に負けず劣らず素直(方向性は別だが)で疑問を隠しもしないレイヤ。
銀河はそんな彼女に赤ずきんの童話を語る。
とはいっても、銀河自身は幼少の頃に読み語って貰ったきり。
しかも銀河は知らなかったが、その端々には兄のアレンジが効いている。
そうとは知らず、銀河は語った。
「たしか…『赤ずきん』というコードネームで暗躍している特殊工作員が…」
「待って、銀河。工作員ってなに?」
「僕もよく知らないけど、情報操作したり隠密したり、裏で暗躍するひと?」
「なんでそれが、童話に出てくるの?」
「えーと、主人公だから?」
「なんか物騒な童話ね。あらすじはやっぱり良いわ。混乱しそうだし」
「そう?」
赤ずきんの元々の話からは大幅に狂っているとも知らず。
寝物語に兄の語った話を真に受けていた銀河は、罪のない顔をしていた。
そんな銀河とは打って変わって。
一人、凄まじく微妙そうな顔をしている者がいた。
赤ずきんという話題の発端である狼男は、困惑顔で少年達の会話を差し止めた。
「陛下。陛下の言う『赤ずきん』は、俺の知るものとは大分違う」
「え?」
「少なくとも赤ずきんはただの少女で、与えられた仕事はお遣いのみだったはずだ」
「銀河のお話と、前提からして違うわね。ローレンスさんの知るお話は、どんなの?」
「ああ、それは…」
そうして狼男の語る赤ずきんは、
赤いずきんの女の子が病気のお婆さんのお見舞いに出かけること。
森で狼に出会い、寄り道を唆されること。
その間に先回りした狼が、お婆さんを丸飲みしてしまうこと。
そして狼の待ち伏せる家に、赤ずきんが来てしまうこと。
だが猟師が現場に行き会い、狼の腹を割いて…
つまり、本来の『赤ずきん』そのままのお話だった。
「そんなお話、初めて聞いた」
「僕は何か聞き覚えがあるような………?」
「数百年前、勇者の仲間に異世界人を名乗る男がいた。其奴の語った話だ」
「「へー」」
素直に感心した顔の2人に、狼男は溜息で応じる。
「それで、それがリーナさんにどう関わるんですか?」
銀河は、そもそもの本題を忘れていなかった。
そしてローレンスは、諦めない銀河の様子に諸々を諦めた。
少々不本意ではあったが。
銀河の求めに応じ、ローレンスは説明を始めたのだ。
「赤ずきんとは、中央西大陸に住まう狼にのみ通じる隠喩だ。それも、あのリーナという女を意味する…な」
「は?」
「ちょっとローレンスさん、いきなり展開が突飛すぎて思考が置いてきぼりなんだけど」
ローレンスの言葉に目を丸くするお子様二人は、まじまじと狼男を見上げてしまう。
その発言を信じるのならば、ローレンスは以前からリーナを知っていたことになるのだが…
「どういうことですか?」
あの女性は、今代勇者の母親というだけでは、ないのだろうか。
それ以外に、狼男にだけ通じる意味を有しているのだろうか。
分からないからこそ、説明を待つ少年少女は混乱してしまう。
やがて、これは本腰を入れて聞かねばと腹をくくり。
ロレンスの前、姿勢を正して座り直すと、きっちり拝聴の姿勢を作るのだった。




