4.勇者の村 ~病弱なおかあさま3~
翌日もまた、銀河達3人は勇者の実家に向かった。
勇者のことを知りたいとか、調べようとか、そう言った思惑とは別で。
純粋に、単純に。
ただ単に、リーナ母さんのことが心配だった。
心配せずにはいられないくらい、リーナは温和で優しく、儚かった。
「「お早う御座います!」」
少年少女は、声を揃えて明るく元気にご挨拶。
それにリーナは驚き目を見張りながら、微笑ましそうに目を細めた。
「おはよう、良いお天気ね。今日もお手伝いに来てくれたの?」
「はい、少しでもお役に立てたら、と…」
「この村に滞在する予定は日数短いけど、いる間は来させてちょうだい」
「子供らもこう言っている。気にすることはない」
口々にリーナに労り混じりの声を掛けながら、3人は何か指示を貰う前にさっさと動いていた。
レイヤと狼男は勝手に作業を開始し、銀河がリーナを過ごしやすい日陰に誘導する。
「これ、昨日の夜に焼いたんですけど、良かったら…」
滋養に良い薬草を練り込んで焼いたクッキーと、薬草茶をテキパキと用意する。
畑仕事は不慣れでも、家事やお茶の準備は手慣れた銀河だった。
畑の仕事はレイヤと狼男が、家の仕事は全部銀河が片付けてしまった。
今も、レイヤと狼男は作付けする作物がどうのと相談し合いながら、畑を見ている。
することがなくて暇になってしまったリーナは、多少居たたまれない思いをしてはいたが。
それでも優しい瞳で、穏やかに畑の2人を見守っていた。
どことなく嬉しそうなその顔に、銀河が首を傾げる。
銀河達は、リーナが勇者エリックの母親だと知っている。
知っていて、此処にいる。
それに昨日の内に、それとなくリーナに家出した息子のことを聞いていた。
その直後に、リーナがすかさず暗澹とした面持ちで果てしなく気落ちしていったので、話題は直ぐに切り上げたのだが。だがそれでも、彼女の口から息子の話を僅かなりと聞き出せた。
リーナ曰く、彼女が厄介で足手纏いで、息子の負担になっていたとのこと。
だから息子は、彼女を置き捨てて家を飛び出していったのだと。
何か夢物語の様なことを言っていたが、それも彼女を見棄てる後ろめたさからだろうと。
罪悪感を夢で誤魔化す様な、弱い子に育てたつもりは無かったのに…と。
それは聞いているだけで居たたまれなくなる様な、悲しい独白だった。
実際にエリックは勇者に選出された訳で。
彼自身は浅はかながらも母親を見棄てたつもりなど、微塵もないのだが。
だが病弱で病みついた母親だけを置き去りに旅立ったことは、確かに非難されて然るべき。
例え旅立つ前に、頭を下げて隣家の女将さんに重々母親のことを頼んでいたとしても。
それでも母親のことを見棄てたのだと言われても仕方のない、その所業だった。
エリック自身は、村にいる間は間違いなく孝行息子だったとしても。
そのような過去、全て覆る。
現にこの村に置いて、旅立ってしまったエリックの評判は最悪最低。
彼の評価は地の底まで落ちていた。
それでも、リーナは息子を恨んでも憎んでも怒ってすらもいない。
自分を置いていったことを仕方のないことと受け入れつつ。
リーナにとっては、エリックは可愛い息子以外の何物でもない。
自分を置き去りにして行っても、夢物語を盲信している様子でも。
まだ少年の身で飛び出していったことは寂しく、心配だけどと。
そんなリーナだから、彼女が息子とあまり年も変わらない様子の少年…
…銀河のことを、眩しく懐かしそうな目で見ることはおかしくない。
昨日から銀河は幾度となく、自分に誰かを重ねる様な目でリーナが見ることに気付いていた。
銀河自身もリーナに接する内、母親とはこんな物かと思い重ねる部分がある。
それは寂しいけれど、同時に胸の内が温かくなる様な、嬉しい逃避。
だから銀河は、リーナが自分に息子を重ねて見てきても実に気にならない。
そのことがあるから、リーナが意味もなく銀河を見ていても、不思議なことはないが…
憧憬と懐かしさを込めた、切ない様な視線。昔に思い浸る、懐古の瞳。
自分と同等に、レイヤやローレンスのことを、彼女はそんな目で見る。
リーナの視線に気付いていても。
どうしてレイヤやローレンスを、そんな目で見るのか。
銀河やレイヤには、それが分からなかった。
だけどローレンス一人が、何故か意味ありげに。
リーナの視線の意味を、何か知っているような素振りを見せた。
「ロ…レンズ、さん?」
「赤ずきん、か」
「???」
ぼそりと呟いた、その言葉は。
銀河にとっては馴染み深い、童話。
だけどローレンスがそう呟く、その意味が。
銀河には全く以て、分からないことばかりだった。




