吸血鬼の観光案内
ローレンスの持ってきた地図には、何カ所にも渡って紅い印が付けられていた。
世界中の各大陸、各地方、各国。
中には大陸から離れた島にも印があり、その印こそが候補地なのだという。
時間と手間を掛けなければ作れなかっただろう、印だらけの地図。
ローレンスは他の獣人達と手分けしたと言うが、それでも個人の労苦を思わせる力作だった。
「あとは…この候補地の中から吟味して、羊鬼に合う環境を整えてやるだけ。だ」
「うわぁ。ここまでの物を作るのは大変だったよね。それをわざわざ作っただけじゃなくて、こうして持ってきてくれるなんて…ありがとう、ローレンスさん!」
予想以上の地図の出来映えに、銀河は喜びのまま体が動いていた。
思わず、ローレンスの胴に銀河の腕が回る。
はっと正気に戻った時には、渾身の力で銀河の腕がローレンスの身体にめり込んでいた。
羊鬼の皆さんは、気の小さいモノばかり。
お城の生活は気疲れが半端なく、安らぐこともできずに寝不足になる羊鬼が続出した。
その分、お昼寝が日常化した。
お城専属の召使い達が全てをやってくれるので特にやることもなく、働き者な羊鬼達はストレスと運動不足が募っていく。充実した食生活を提供され、肥満化も進行した。
その分、マスコット的な可愛さが増した。
そろそろこの生活も限界かも…。
羊鬼達は、切実にそう思っていた。
その現状を思えば、出来る限り早めに新しい村の建設に取りかかるべき。
銀河達もまた、ころころ丸くなっていく羊鬼の姿にそう思うわけで。
彼等はローレンスの持ってきた地図を囲んで、真剣な吟味に取りかかる。
仲良く顔を突き合わせ、ああでもないこうでもないと言葉が飛び交う。
長く生き、様々な土地の事情を知っている吸血鬼と狼男の二人は世知に長け、疑問の多い銀河の言葉にも淀みなくすらすらと答えを出していく。
彼処の土地はどうか、此方の土地はどうか。
一つ一つの印に対し、的確な説明を教えてくれる人外達の言葉は、それぞれに観点も違い、聞き比べると面白い。注目することも重要視することも、対照的だ。
「この土地には、旨い鳥が住んでいる。大型の獣はいないが、肉食の大型昆虫がいる。魔物もこの辺りは昆虫系、次いで獣系が多く生息している。現地の魔物達を統括しているのはホーンアウルと呼ばれる鳥系の魔物の長で、先代は10年前、先代勇者に討ち取られている」
「此処は一年を通して多くの花が咲きみだれ、古くから『花の都』として名を馳せた土地ですね。名産品は咲きみだれる花々を利用して作られた香水・香油等の嗜好品が多く、上層階級の人々に喜ばれています。花の多い土地ですからね、養蜂も盛んで蜜蝋や蜂蜜、蜂蜜を使用した菓子類も豊富で彩りも味わいも豊かな土地柄は何時行ってもキラキラ感たっぷりですよ!」
「クリュスさんの瞳も、何だかキラキラしてるね。何か良い思い出でも?」
「あの土地は美的感覚も素晴らしいんです! 容姿を磨くにも余念のない方が多いので、美人の名産地でもあるんですよ! 皆さん、とっても美味でした!」
「美味?」
「美味!です」
「美味…」
ああ、そういや此奴、吸血鬼だったな…と、少年少女はふと思い出していた。
「目にも楽しく味わい豊か! 更に言うなら一見の価値ある景観の麗しさ! 一度は行ってみることをお勧めしますね。観光地としても名高く、季節一巡り体感したい地方ですね」
端で呑気に聞いていたレイヤには、何となく観光案内を聞いている気分になった。
様々色々な土地を二つの観点からお勧めしてくる会議の中、銀河は思い悩んでしまう。
銀河は話に聞けば話を聞くほど、どの土地も良く思えてきて、判断に迷いが生じてしまう。
狼男がピックアップしていた候補地は、どこも良い土地に思えたのだ。
やはり実際に見ないことには分からないと、やがて銀河は思う様になってくる。
どうしよう、どうしようと、銀河はぐるぐる思い悩んで…一つ、気になるモノを見つけた。
「あれ?」
「おや、銀河様? 何か気になるモノでも?」
「このー…えーと、×印? これって何ですか?」
そう言って銀河がピッと指差したのは、一つだけ形の違う、大きな×。
その印の意味するところを聞いていなかった吸血鬼は、狼男に問いかける視線を向けた。
「ああ、これか」
全員から疑問の目線を受け、狼男は勿体ぶらずにさらっと答えを口にする。
「勇者の出身地点だ」
「は?」
ずばっと言われたものの今の議題とは全く関係のない情報。
しかし別の時であれば重要となったであろう情報。
何故ここでその情報が出てくるのか、銀河は本気で首を傾げた。
「此処も最初は村の候補地の一つだったが、近くの村が勇者の出身地と判明したので」
「どの勇者ですか。10年前の凄腕先代勇者一派? それとも今話題の新人ひよっこ勇者?」
「今話題になっている方だな。最近その村を飛び出した少年が、勇者になったらしい」
「ローレンスが断言するということは、本当でしょうね」
「ああ。地道な聞き込み調査の結果だ。ほぼ間違いない」
「って、聞き込み? 人間相手に? 魔物って隠して? 物凄い地道すぎるよ!」
魔物が人間相手に聞き込み調査をするという、不思議すぎる光景を彼等は思い浮かべた。
当然ながら人間に擬態できる魔物達が行ったであろうが、少年達は露骨に人外の外見をした魔物が人間に物を尋ねる姿を想像してしまう。
その光景があまりに滑稽に見えて、レイヤは腹を抱えて笑い転げていた。
「でも、あの勇者さんの生まれ故郷か…」
地図の×印を指でなぞりながら、考え深い様子で銀河は何度も頷く。
何故だか、あの勇者のことが無性に気になった。
自分の運命の宿敵となりうる相手と知っている。
だからこそ、気になるのは仕方のないことで。
「…一回、行ってみようかなー」
ぽつ、と銀河が呟く。
行けば、勇者さんのことが何か分かるかも知れない。
そんな気持ちで、呟いたのも気軽な感情からだった。
だけどそんな小さな銀河の呟きも、漏らさず聞きとめた奴がいる。
クリュスさんと、ローレンス。
彼等はぎゅるっと音がしそうな勢いで、振り向き銀河の顔を覗き込む。
苦笑と、仏頂面。
二人は揃って、銀河の言葉に無言のまま、露骨に反応を示すのだった。




