狼男ローレンスは狼ですか? ウサギですか?
銀河は、前もってローレンスが狼男だと聞いていた。
直接会ったことは無いが、初刊での遣り取りを何度か交わしたこともある。
聞くところによると人狼種族の中でも有力な魔物だという。
誰憚ることもない、立派な狼男だ。
クリュス以外の、人型種族との初の邂逅でもある。
若干の緊張に落ち着かない気分を味わいつつ、銀河はローレンスと対面した。
対面したローレンスは、狼男には見えなかった。
長身なのは、良しとしよう。
しかし身体は細身で、敏捷そうではあるものの、あまり肉食系には見えない。
顔のほうを見れば、鋭い眼差しと輪郭に、油断ならない印象を受ける。
だけど頬にうっすらと残る傷--猫の爪痕に見えるナニかが、間抜けな印象を添えて台無しだ。
始終無表情で、魔王と対面したことの光栄にも動かない。
黒い瞳は冷徹そうなのに、何故か受ける印象は穏やかそうに見えた。
何となく、森のくまさん的なのんびりした雰囲気が滲み出していた。
その印象の原因は、恐らく頭部。
頭に巻かれた布の端から伸びる髪と、顔の両脇に垂れる毛皮の帯飾りらしきもの。
ふわふわと柔らかく、優しい色合いの茶髪は、何だかぬいぐるみを連想させる色だ。
銀河は一目見て、人間とは毛質の違う獣の様なそれに、隣家の柴犬を思い出していた。
そして顔の横をたらんと垂れ落ちた毛皮の飾りも、それを増長させるのだ。
色も、見た目の印象も、おそらくは毛触りもローレンスの髪の毛と同等なのが窺える。
きっと障ったが最後、頬ずりしてもふもふしたくなるだろう。
見ているだけでも触り心地の良さそうなそれに、見ている者は指がうずうずとした。
テディベアや、ウサギのぬいぐるみ、ふわふわもこもこ。
そんな連想を、銀河は止められない。
髪の毛の柔らかな色に、微笑ましい笑みが浮かびそうになるのを必死に堪える。
隣ではレイヤが我慢もせずに、生暖かい目でローレンスに微笑みかけていた。
クリュスは笑みの形も姿勢も常と変わらないが…時折、腹や肩がぴくぴくと震えていた。
…ああ、笑いを堪えてるんだなぁと、見ただけで分かる。
この場には、銀河の側近しかいないのだが…ローレンスに対して優しい気持ちを浮かべずに済んでいるのは、羊鬼のトニィ君だけだった。
トニィ君は、銀河の足にしがみついてぶるぶるガタガタと震えている。
その過剰な反応に、流石に銀河も心配になってくる。
「トニィ君、そんなにローレンスさんが恐いの? 同じ魔物で、仲間なのに。ローレンスさんはむやみやたらと仲間を襲う人には見えないよ? 分別を持った大人じゃないかな?」
それでもトニィが羊の属性を持つ限り、狼男のローレンスさんとは相容れないのか…
自然界の弱肉強食に例えて銀河は諦めに似た納得を得ようとしていた。
だけど、そんな銀河にトニィ君から返ってきたのは、何とも見当違いのお答えで。
「違います! 恐いんじゃありません。僕は、あまりにローレンスさんが中途半端な存在だから…! 僕は、どっちつかずではっきり区別のつかない、あやふやな存在が苦手なんです!」
「え?」
「魔王様の足に縋り付いているのも、そうしないとローレンスさんにはっきりしてって食って掛かりそうになるからで…あの方の性格や気質を否定して怖がっている訳じゃないんです」
「そう、それはとても良いことだけど…中途半端? あやふや? ローレンスさんが?」
「そうなんです…。あの方は、存在そのものが中途半端で、苦手ですぅ…」
悄然と項垂れる子羊を前に、銀河はどういう事だろうと首を捻る。
事情が掴めずに困惑していると、銀河の耳朶に聞き慣れない笑い声。
顔を上げると、ローレンスが苦笑気味に笑っていた。
無表情だった時とは一転して、涼しげな笑みは楽しそうだった。
「そこの羊鬼が逃げるのは、そう言う訳か」
「ごめんなさいぃ…ローレンス様ご自身が悪い訳じゃないって分かってはいるんです。でも、その耳が! その姿が! 更に言うなれば獣化した時との姿とのギャップが! 何とも中途半端かついい加減過ぎて、物凄く嫌なんです!! せめて兎なのか狼なのか、はっきりして下さい!!」
ご免と言いつつ、その暴言。
トニィ君は我を失った様に耐えられないと叫ぶと、一目散に外へ駆け出した。
どうやらローレンスと同じ空間にいることも耐えられなかったらしい。
あまりの暴挙に、銀河はぽかんと口を開けて固まっていた。
だけど直ぐにハッとすると、羊の背を目で追っていた狼男に申し訳なさそうな顔を向ける。
「気分を悪くなさったでしょう、ローレンスさん。トニィ君は、普段は良い子なんですが…」
いやいやと手を振って、ローレンスは気にしていないとアピールする。
「いや、羊鬼の言い分は分かった。確かに、俺は中途半端ではっきりしない生き物だから、気になるというのなら我慢もできるまい。俺は大して気にしていないので、大丈夫だ」
「ローレンスさんが、中途半端ではっきりしない…?」
「ああ」
全然そんな風には見えないので、銀河は訝しげに首を傾げる。
事情の分からない銀河は困惑を深めるのみ。
思わず問いかけの意味を深めた瞳で、じっとローレンスを見つめていた。
疑問を隠さない少年の素直さに、ローレンスは苦笑を浮かべる。
そんな目で見られたら、素直さに免じて教えてやっても良くなる。
「特に、この耳が象徴的だな」
ローレンスはそう言って、顔の横にあった毛皮の帯をぴょこりと動かした。
手を使わずに。
毛皮が、自分で動いた。
「え!?」
「どうも俺とコレの印象が結びつかないらしく、初見の者は皆勘違いするんだが…」
ぴょこぴょこ。
顔の両側で、毛皮が踊る。
それが動いて初めて、銀河はそれが何なのかを認識した。
「それ…耳!?」
「ああ、これは正真正銘、自前の耳でな」
一瞬、言いかけた言葉を呑み込んで、銀河は無難に言い直した。
成人男性にしか見えない相手に、「うさ耳」という単語を向けるのが躊躇われたのだ。
そう、ローレンスの頭からは、特徴的な耳が生えていた。
それはどこからどう見ても、ロップイヤーな兎の垂れ耳にしか見えなかった。




