ローレンスの来訪
バタンきゅうで運命の武器との出会いを先送りとした銀河。
しかし彼と、彼の未来の愛剣(笑)との遭遇は、周囲も予期せぬほど唐突にやってきた。
脱水症状一歩手前までいった銀河は、自室で絶対安静を言い渡されていた。
その手には、ライゲスさんの絞った栄養満点☆謎の生搾りジュース(成分不明)。
左側には、両手で持たなければ支えきれない巨大な羽団扇をそよそよと煽ぐジャック。
右手側には、熱を持った銀河の肌を冷やそうと、濡れタオルを取り替えるクリュス。
そして背後には、銀河の首筋に氷を流し込もうと、虎視眈々と狙うレイヤ(←悪戯)。
今のところ、レイヤの悪戯はクリュスの妨害で防がれているのは幸いだろうか。
「みんな、過保護すぎるよ…」
銀河は、かつて無いくらいにちやほやされていた。
銀河本人の感想としても、ちやほやされていると断言できる。
まるでぬるま湯の様な快適空間の中、銀河は完璧に甘やかされていた。
それだけ、心配されていたということでもあるが。
ただの熱中症で倒れた魔王様は、現在、対外的に面会謝絶ということになっていた。
ちなみに、そのことを銀河自身は知らない。
この事態に困ったのが、折り悪く銀河に謁見を申し込みに来た訪問者。
精悍な顔立ちの、人間で言うところの20代後半に見える、長身の青年であった。
彼の名はローレンス。
当然の如く、魔物である。
トタタタタッ
固く軽く小さな何かが、廊下を疾走する音がする。
それはまるで…否、もろに蹄の音だ。
それも馬や牛の様な重量級の動物ではない。
人間の幼子の様に、小さな生き物の音だった。
「おや、あの音は…」
最初に音を拾ったのは、規格外の人外クリュス。
彼の聴覚は、拾った瞬間に音の正体に気づいていた。
その蹄の、持ち主のことにまで。
「あれは、トニィ君…かな?」
次いで気付いたのは銀河。
彼も以前聞いた覚えのある音に、間断挟まず気付いた様だった。
「あの羊はまた、今度はなんで廊下爆走してるの…?」
「定期的に走らないと調子が狂うとか?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ、ジャック」
「そうですねぇ。順当に考えて、また何か合ったんでしょうかね」
銀河の不調を理由に面会をストップしている魔王城だが、中には例外もある。
人間に見つかって村を放棄せざる得なかった羊鬼の問題は、未だ片づいていない。
その事後処理の関係もあり、羊鬼の代表としてトニィ君には訪問資格が与えられていた。
そんなトニィ君が疾走中。
そして城のこの階には、魔王の私室しかない。
突発的に廊下を走ってみたくなっただけだったとしても、その場所に魔王の私室前を選ぶ必要はないだろう。というか、そんな恐れ多いことをする魔物は普通いない。
だとすれば何か?
何かの非常時か、トニィ君がただ焦っているだけか。
先読みに疑惑を投げかける奇妙な緊迫感の中、銀河やクリュスは咄嗟に身構える。
レイヤは我関せずを貫き、ジャックは咄嗟に柱時計の中に批難した。子ヤギか?
果たして、羊鬼の走る理由とは何だったのか。
それはトニィ君が部屋に飛び込んできて判明する。
「魔王様! 大変です!」
うん。大変は分かった。
だけどノックはしようね。部屋には許可を得てから入ろうね。
そんな当たり前のマナーを諭す者は、何故か此処には居ない。
咎められることもなく、羊鬼はひしっと魔王に飛びついたのだった。
どうやら、段々遠慮が無くなっている様である。銀河も優しいので、許容している。
「トニィ君、どうしたのかな」
「魔王様にお客様がいらしてます! でも、苦手な相手なんで応対放って逃げちゃいました」
「え」
おいおい。それで良いのか、魔王城。
むしろ、トニィ君の忠誠心はどうなっているのだろうか。
「お陰でライゲスさんがメチャ怒りです!」
「だろうね…」
「匿って下さい!!」
「トニィ君、君は何ていう…」
堂々と誉められない事柄を述べる羊鬼の愛らしい外見に、少年少女は戦慄した。
あまりにも、堂々としすぎていた。
しかも、泣きつく相手が魔王とは…色々、間違えてはいまいか。
「猛者だ…」
「トニィ君、君は何て勇敢なんだろう。間違った方向に」
「私も平気でそれくらいやるけど、トニィ君とは立場が違うしね。うん、凄いんじゃない?」
呆れた様な、讃える様な顔で一同、羊鬼の一つしかない目玉を凝視していた。
「そうだね、レイヤならやるね」
「レイヤ姐は、正真正銘この城一番の猛者だと思います…」
納得の温い笑みを浮かべる銀河と、遠い目をするジャック。
彼等のレイヤに対する認識は、全くぶれないまま一致していた。
「ま、まあ取り敢えず、ライゲスさんのことは後にして」
「後にしちゃうんですか?」
「だって、お客様を待たせているって言うじゃないか。それなら先ずは、先にお客様に会って用件を聞かないと失礼だよ。お待たせするにも、あまり時間をかけるのはどうかなー」
自分を待つ客という、この城に住む様になって初の訪問者。
ジャックは訪問者というより侵入希望者だったので除外。
何はともあれ、魔王となって初のお客様だ。
ソレがどのような用件を持ったどんな者か、銀河は未だ知らないけれど。
自分に会いに来たというのなら、合ってみようと銀河は思った。
自分の忠実な腹心・クリュスが面会謝絶で待ちぼうけさせていた事実は知らない。
吸血鬼が実は、銀河が魔王として馴染むまではと客を追い返していたことも知らない。
知らないまま、銀河はお客に会うのは当然だと言い切った。
部屋の片隅で、吸血鬼が舌打ちを漏らす。
だけどそのことに、気付いた者など皆無だった。
拝謁の許しを得、ローレンスは颯爽と歩く。
散々待たされたことも、応対に出た羊に遁走かまされたことも、微塵も気にせぬ風体で。
その様を遠目から眺め、レイヤとジャックは二人で頷き合った。
「心が広いわ」
「はい。全然表情に不快な色がありませんね。もしかしたら装ってるだけかも、ですが」
「いいえ。アレは本気で気にしてないと見た。纏う空気が飄々としてるもの」
「…レイヤ姐、見えるのは幽霊だけじゃなかったんですか?」
「見えなくても、何となく感じない? 纏う空気っていうか、雰囲気?」
「僕はまだまだ修行が足りません…レイヤ姐みたいな聡い人間には、程遠いです」
「精進すればいいわ」
「御指南ご鞭撻の程、よしなに」
ジャックよ、その村娘に学ぼうとするのはいかがなものか。
色々と踏み切った、斜め上の存在にされてしまうぞ。
神妙に少女へと頭を下げる彼のことを、物陰からはらはらと心配そうに魔物達が見ていた。




