真面目もほどほどに
魔王の城、真夜城では今日も魔王が素直に修練に励んでいた。
幼い頃からの習慣も重なり、銀河は己を高める日課に余念がない。
そして銀河を鍛える栄誉を与えられた吸血鬼の方も、銀河を鍛えるに否やはなく。
むしろ生きる喜び、我が生き甲斐とばかりに瞳を煌めかせて供に鍛錬に励んでいた。
それもこれも全て、銀河の為という名目の下、持てる全力で。
銀河は知らないが、クリュスは人間であった頃、聖騎士の称号を与えられた猛者である。
今では見る影もないが。
嘗ての誠実さも善良さも生真面目さもその他人間としての良き資質も、腐っているけれど。
それでも、恐ろしいことに人間時代に身につけた技量は衰えていない。
否、魔物としての800年の経験が、更に磨きを掛けている。
クリュスはその全てを以て、銀河を最強の魔王へ育てんと奮起している。
今ならば、彼はモンスターペアレント的な教育ママとも意気投合できるだろう。
モンスターペアレントどころか、クリュスは本物の魔物なのだが。
今となっては見る影もない、人間時代の彼の才覚が、うっすらと目覚めようとしていた。
その輝きを、眠り埃を被っていた輝きを、魔王に伝授する為に。
誰も「聖騎士」の技量を「魔王」に授けてどうするとツッコミを入れなかった。
知っているはずの魔物でさえも、あまりに眩しいクリュスの笑顔に顔を逸らすのみ。
引きつった魔物達の顔は、見てはいけないモノを見てしまったと物語っていた。
柔軟体操をしっかりやって、毎朝、クリュスは一つ一つ銀河の能力を確認する。
教育方針を固める為にも、銀河の才能と現在の技量を確認しようと熱心だ。
今日も木剣を片手に、銀河と打ち合いを重ねる。
正確には、クリュス(元本職)の剣に対して銀河が一方的に打ち込み続けているのだが。
それらを軽々といなしながら、吸血鬼は小首を傾げる。
「銀河様は、今までに何か剣術をなさったことが?」
「故郷にいた頃、ちょっとやってたんですけど…何か、変な癖でもありますか」
「あまりこの世界では見ない剣技のようですね。少々、型式に嵌りすぎている印象を受けますが…実戦経験はおありではない?」
「そうですね。対人試合も形式的な物ばかりで。実戦という意味では経験ゼロです」
「ああ、やはり」
「あまり重い武器…鉄の武器を振り回した経験も無いです。だから、扱えるか不安で…」
「では、その点も考慮しましょう。なるべく銀河様の手に馴染み、扱い方に合う形で…そうですね、その範囲内でできるだけ軽い武器を探しましょうか」
「やっぱり、問題があるんでしょうか…」
「ああ、いえ。問題があるという訳ではありませんが…ただ、銀河様に適した武器をどのように選んだ物かと…今までこの世界では見たことのない剣術ですから。武器を選ぶにしても、現状、既存の武器では銀河様にあまり合わないかも知れません。まあ、でも要は慣れですから。早々に武器を決め、修練法を定め、武器の扱い方に慣れればあまり問題はないでしょう」
「剣技と武器の相性、大事ですか?」
「ええ、振るうにもやりやすいかどうかは大事ですよ。達人は道具を選ばないと申しますが、だからといって敢えて扱いづらい道具を使うこともないでしょう。特に銀河様は、実戦経験がおありではないとのこと。その状態で慣れない武器を使い、万一のことがあればことですからね」
「そうですね。ことは自分の命に関わるし、できれば慎重になりたいです」
「そうですね。銀河様のお命はこの世の何より尊き物…私めの命とは代え難き物。大事になさって下さい。私達魔物も、総出で銀河様のことを大事に致しますので」
「クリュスさん…さり気なく、とても重いことを言われている気がするんですけれど」
「命とは、重い物なのですよ。銀河様。それを語る上で話が重くなるのも当然です」
「なんだろう…クリュスさんが正論を語ると、なんでか微妙な気持ちになります」
「そうですか?」
「少なくとも、違和感が凄いです」
「ふふふ…そうですか」
クリュスが正論を語ると、何故か胡散臭さが酸割り増しぐらいに増大して感じられた。
薄ら寒い物を見た気がして、傍観していたレイヤの背筋を凄まじい悪寒が這い登る。
「そこの吸血鬼ー! あんた、自分のキャラ崩す様な言動は慎みなさいよ。気持ち悪いから」
「レイヤ嬢…キャラ崩壊って、レイヤ嬢は一体私をどのような役割を求めているんです?」
「何か求めている訳じゃないわよ。ただ、似合わない行動されると気持ち悪くて仕方ないわ。アンタに何か役割がある訳じゃない。他者がアンタに見ている偶像があるだけよ」
「それを我が行動規範にせよと…?」
「クリュスさんの行動規範は銀河でしょ。そのくらいは分かっているし、特に無理を求める気はないわよ。だけど私の期待は裏切らないで欲しいわ」
「例えば?」
「まともな言動をされると裏切られた気がする。正論を吐かれても裏切られた気がする。常識的な行動を取られると、狂ったんじゃないかと思う。取り敢えず奇行に走って欲しい」
「それが、私のキャラ…だと?」
「少なくとも、私が主観的に受けるクリュスさんの印象はそんな感じ」
「それはまた…酷い言い様で。否定はしませんが」
「無茶苦茶言ってる自覚はあるわ。でも、クリュスさんは私の期待を裏切らないと信じてる」
「一方的に信じられても、ご期待には添えかねるのですが…」
「大丈夫。クリュスさんはそのままクリュスさんのままで、日常を過ごしてくれたら」
「そんな私とて、真っ当な言動をする時、場合もあるのですが…」
「なるべく私の見えないところでやって。真面目なクリュスさんを見ると不安になるから」
「それならばレイヤ嬢、なるべき私の銀河様に対する指導風景は見学なさらない方が宜しいかと。流石に私も主君に対して尽くすべき場、指導する場でおふざけは控え目を心がけておりますから。間違い、誤りを教える訳にはいきませんからね」
「そうね。そうするわ。銀河の修行には興味があったんだけど…今度から、自主練だけ見学することにしとく。でも今日は、我慢して見学を続けるわ。銀河の武器を選ぶんでしょう?」
「ああ、珍しくおいでになったのは、それが目当てなんですね」
「ええ。我が親友様がどんな武器を手に取るか、私も興味津々なのよ」
「多分、この城の殆どの者が興味を持っているでしょうね。銀河様も楽しみのようですし」
「当たり前だよ。僕の今後に関わることだし、いい加減にはできないよ」
吸血鬼と村娘がたわいない話をする間も、打ち込みを続けていた銀河が顔を上げる。
吸血鬼に片手間にいなされながら、真面目に木剣を降り続けた銀河。
その顔は、流れる汗にまみれて水を被った様だった。
「…銀河様、少し休憩致しましょう」
「銀河、銀河、冷たいレモン水があるよ」
あまりにも見事な滝の様な汗に、強張った笑顔で吸血鬼と村娘は甲斐甲斐しく世話を焼く。
この日、あまりにも鍛錬に熱中しすぎた銀河は、熱中症で目を回した。
結局、銀河の武器選びは延期となったのだった。




