↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
羊鬼の村
PR
50/67

6.魔性のウール100%に魔王埋没





 館の奥深く、一つ所に五百数匹の羊鬼達は固まって震えていた。

 元来平和主義者で争いを嫌う彼等。

 その多くは蚤の心臓という表現が何よりも似合う程に大人しく、臆病だった。

 白い羊鬼が雄、黒い羊鬼が雌。

 寄り集まった白黒の集団の中に、たった一つだけ茶色い物が混ざっている。

 それは小さな子供の頭髪。

 茶色い毛髪を持つその子供こそ、羊鬼達の人質であり命綱である、領主の息子だった。

 領主の一人息子、四歳のジョニーはさほど手荒な扱いを受けてはいない。

 甲斐甲斐しく世話もされ、何も解らないまま無邪気に羊鬼にじゃれついている。


 外の様子など全くわからないままに、彼等は怯えていた。

 いつここに踏み込まれるかと、いつ人質が見棄てられるかと。

 館の中には彼等が怯えて設置した罠で犇めいている。

 その全てを突破して此処まで辿り着くのは容易なことではない。

 そして今、彼等の元に侵入者を告げる鳴子が鳴った。

 カラカラカラ……… カララララ………

 カタカタと鳴り合う気の音に、羊鬼達は張りつめる。

 音を立てた鳴子は、正面玄関と裏口のふたつ。

 羊鬼達の脳裏に、挟み撃ちという単語が浮かぶ。

 だけど様子が変だった。

 鳴子の鳴り方と館の中の様子。

 頭脳労働専門の羊鬼達は、直ぐさまに侵入者達が少数であることに気づく。

 殲滅に来たにしては、異常な程の少数であることに。

 それもそのはずだ。

 人間達はクリュス達によって翻弄されていて、館に踏み込む余裕などない。

 結果、この館へと足を踏み入れたのは、三人だけだったのだから。



 二人で奥へと続く廊下を歩きながら、銀河は呑気に呟いた。

「流石、頭の良い羊鬼さん達だなぁ…よく考えてあるや」

 その声には、本気の感心が込められている。

 呟きながらも銀河は、外見からは想像もできない意外な運動神経を発揮していた。

 具体的に言うならば、一斉に様々な方向から飛んできた六本の矢を半歩横に移動するだけで避け、横手から着きだしてきた槍を剣で叩き切りながらの言葉である。

 どんなに呑気でも、大人しくても、平凡に見えても…彼はやはり、花鳥の弟だった。


 サルメと銀河の道程は決して平坦な物ではなく、危険に満ちていた。

 その原因は勿論のこと羊鬼達の仕掛けた罠。

 一歩間違えば命を十三回落としても仕方がない程の危険に満ちている。

 しかし銀河はその罠のこと如くから無傷で逃れ、余裕で前へ進んでいる。

 サルメに至っては、体を黒い霧に変化させているので、罠を発動させることすらない。

 銀河は自分に反応して発動した罠を、全て自力で打ち破っていた。

 サルメが何か手助けをする暇もない。

 銀河も罠が発動しない様に気をつけてはいるのだ。

 だけど羊鬼の知能の方が、銀河よりも上手らしい。

 どれだけ気をつけたとしても、銀河の行動の裏をかいた罠が発動するのである。

 途中から、人の裏をかいて発動する罠の方が、難易度と殺傷能力が高いと気づいていた。

 だけどわざわざ真正直に軽い罠を発動させるのも癪なので、銀河は気にしない。

 …軽い罠を連続発動させた場合の悲惨さを、銀河は知らなかった。幸運なことに。

 こうして二人は、易々と羊鬼達の元へと辿り着いたのだ。


 羊鬼達は侵入者に怯え、警戒を露わにしていた。

 侵入者が少数なのは解っても、それが誰なのかは解らない。

 だから侵入者が自分たちのいる部屋へと来たのが解ったとき、悲壮な覚悟を決めていた。

 しかし扉を開けて入ってきたのは…

「羊鬼の皆さん? ご無事ですか、助けに来ましたよ」

 そこには優しげに微笑む少年が佇んでいた。

 その顔に見覚えはない。声に聞き覚えもない。

 だけどそれが誰なのか、魔物たる羊鬼達には一目で解った。

 どうして解ったのか、それは魔物本能としか言い様がない。

 小さく怯えるだけの魔物達は、その顔を見、この声を一言聞いただけ。

 ただそれだけで直感的に、その少年が魔王であることを悟ったのだ。


 初めて会う魔王に、その助けに来てくれたという安心感に、何よりも魔王直々に助けに来てくれたのだという感激に、羊鬼達は身を震わせた。そして衝動を抑えきることができずに、一斉に魔王へ向けて突進し、ブメェブメェと鳴きながら抱きついていく。

「魔王様! 魔王様―! 怖かったです―――!」

 次々に涙で目を濡らした羊鬼達が衝突してくる。

 体当たりさながらの勢いで。

 傍目で見ているとそれは、少年が羊の群に埋もれていくように見えた。

 魔性のウール百%に飲み込まれていきながら、銀河は切羽詰まった悲鳴を上げる。

「わ、わあぁ! ちょっと待って――!」

 誰も待たなかった。



 何とか羊鬼と合流した銀河達は、これから脱出のための準備に取りかかる。

 この人間に囲まれた館から脱出するには、サルメの尽力を要する。

 夢魔であるサルメに大量の幻を作り出してもらい、それに紛れ込んで逃げるからだ。

 単純な作戦であることには違いないが、効果的な作戦ではないかと銀河は狙っている。

 だけどそんな銀河の浅はかな作戦を笑うように、異常事態はすぐそこまで迫っていた。

 その異常事態を最初に告げたのは、無邪気な羊鬼の声。

「魔王様、正面の方は放っておいて良いんですか?」

「正面? 何かあったかな」

「だって魔王様、正面の方からも別の方が来ているんでしょう?」

「…え、別の?」

 初耳だった。

「ねぇ、もう少し詳しく教えてくれないかな?」

「魔王様が館に入ったのと時を同じくして、正面の方にも誰かが入ってきたんですけど…魔王様は、御存知でない?」

「知らないよ。この館に来たのは、僕とサルメさんだけだ」

「じゃあ、正面から入ってきたあの人は誰なんですか」

 その瞬間、誰もが一つの事実に気付き、室内の温度が下がった。

 侵入者がいる。今度は、本当の。

 騒然となる、羊鬼。

 泰然自若として、一貫した態度…に見えるサルメ(傍目に表情は窺えない)。

 淡々と自分の仕事を進めるサルメを放置して、右往左往と混乱に走り回る羊鬼。

 それを宥めながら、銀河は時間稼ぎが必要だと感じていた。

 銀河と一匹の羊鬼は顔を見合わせ、同時に頷き合っていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。