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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
羊鬼の村
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5.混沌の使者




 空に、巨大な竜がいた。

 見上げれば見上げる程、その正確な大きさが解らなくなる。

 この国に竜はいないはずなのに。

 そんな疑問は、切羽詰まった人々の脳裏に浮かびもしない。

 何故なら、巨大な竜が凄まじい速度で人間の陣営の方へと迫ってきていたからだ。

 その目は爛々と輝いており、まるで灯火。

 その瞳が、真っ直ぐに人々の目を捕らえている。

 それは、獲物を見つめるハンターの目だった。

 逃げまどうばかりだった人々の中、何人かが正気に戻って反撃しようとする。

 だが、彼等の中に魔法が使える人材はいない。

 そうなると手段は弓矢などの武器だけになるのだが…

 人間の微弱な力など、空の覇者には通じもしない。

 また、古くから伝わる「下手な鉄砲 数打ちゃ当たる」の言葉どおり、まぐれでいくらか当たった矢もあったのだが、効かない。

 鉄の鏃を、竜の強靱な鱗は悉く弾き返してしまった。

 騎士達は、こんなに素早い生き物を見たことがなかった。

 狙いを定めたところで、当たりもしない。届きもしない。

 その化け物の動きは、人々を掻き乱す。

 隊列だけでなく、その心までも。


 竜は空から人間を追い散らすだけでなく、その心から希望や勇気までも散らしてしまう。

 まるで嘲笑う様に、人間の力ではどうしようもない攻撃を繰り返した。

 カッと開かれた口の奥で、光る何かがある。

 竜が口を開くのを見た人間達は、更なる恐怖に青ざめた。

 次の瞬間、人間達は逃げる暇もなく吹き飛ばされていた。

 直撃した訳ではない。

 地面に着弾した光の固まりの放つ衝撃…それに煽られ、吹き飛ばされる。

 竜の口から放たれた光の束は、多くの天幕を薙ぎ払う。

 死者が出ていないことが、奇跡のようだった。

 だがそれは、決して偶然ではない。

 竜が狙って死者を出さないようにしているのだ。

 そう、彼の愛する御主人様の命令で。

 竜は、派手に暴れた。

 その翼の一振りで渦巻く真空が竜巻を成し、駆けめぐる。

 再び口から放たれたレーザーが、遠くの山を赤々と燃やす。


「あははははっ 気持ちいぃー!」

 遠い上空、竜の背中ではしゃぐ声がする。

 その声は、人間の耳には遠すぎて聞こえることがない。

「梅千代―、次はあの天幕を壊すのよ! そう、盛大に景気よくやってしまえばいいわ! 銀河達が動きやすいように、少しでも人間の攻撃手段を潰しておかなきゃ!」

 竜の背中から、一番力を持たないはずの少女…レイヤが命じる。

 梅千代がその気になれば、人間の殲滅は簡単だ、

 だけどレイヤも竜も銀河の考えを支持しているので、そんなことはしない。

 だから、二人は地道な方法で銀河を支援していた。

 見た目は思い切り派手なのだが、一人の死者も出さないように心を砕いているのだ。

 レイヤが破壊する様に命じるのは、全て調べた情報に基づいて選ばれた天幕ばかり。

 そしてその中には、武器や食料しかないことが確認済みだった。


 上空からレイヤが地上の様子をじっと見ていた。

 大きな天幕から転がり出てきた少年と中年男が、何事かをしている。

 この混乱の中、正常な判断に頼って動いている人間は、レイヤの目に目立って見える。

 そして彼女は、中年男が周囲に冷静な指示を下そうとしていることに気づいた。

 レイヤの今の使命は、人間を混乱の坩堝に叩き込むことである。

 今ここで、理性など取り戻して貰っては困る。

 組織だった行動を取られるのも困る。

 だからレイヤは、自分が乗っている竜に命じた。

「梅千代、あの中年男をかっさらっちゃいなさい! それから理性を取り戻しつつある人間達をまた混乱させる大きな一発をお願い! さも偶然、人間から外れましたって感じで!」

 梅千代は、レイヤのその願いを忠実に実行した。

 今までになく地面すれすれまで近付き、恐怖を煽らんと人々を薙ぎ払い…

 激突寸前の高度で地に沿って中年男、つまり騎士団長に向かって突撃したのだ。

「ぎゃあぁぁぁぁぁっっぁあああぁぁ…!」

 竜の背に隠れたレイヤの耳には、その悲鳴は近くで上がっているはず。

 なのに風の壁に阻まれて、遠くから聞こえる様な気がした。


 梅千代が、騎士団長にぶつかる寸前、ギリギリで高度を上げる。

 それは傍目には、竜と男が激突したように見えた。

 だが梅千代は巧みに男との激突を避け、ついでとばかりに男を空へと攫ったのである。

 それは、すれ違い様の一瞬だった。

 よく、勢いのままに騎士団長を潰さなかったものである。

 その微妙な力加減の巧みさが、技術力を一番必要とした。

 だけど今は空の上。

 竜の口にくわえられた男は、極限まで口と目を開いて言葉にならない悲鳴を上げている。

 もしも落ちようものなら、彼は一瞬で真っ赤なトマトである。

「団長―――――――――ッ!」

 人間の、男を呼ぶ声がする。

 その声でレイヤは、彼がこの騎士団の団長であることを知った。

「やったぁ! この人、責任者じゃない。命令系統抑えちゃった!」

 グッと拳を握り、小さくガッツポーズ。

 もはや自分が人間であることを忘れているような…

 そんな素晴らしい人間の敵ッぷりをレイヤは発揮している。

 そして竜の背に場所を移した団長を、レイヤは手早く縛り上げた。

 茫然自失としている団長は、意外と縛りやすかったそうだ。



 レイヤの思惑どおり混乱の渦に叩き落とされた人間達。

 だが彼等の受難は、それだけでは終わらない。

「お前達ぃ 団長殿をお助けしろ!!」

 竜の背に攫われた団長を、半ば諦めている心を誤魔化しながら討とうと頑張る人間達。

 ただし、敵は手の届かない空の上。

「シャロン! お前の魔法で何とかできないのか」

「無理ですよ、エリックさん! 竜は最強の種族の一つですよ。私にはどうにもできませんー。努力したけど無駄でしたー!」

 もう既に、何かしたらしい。だけど竜は気づいてすらいない。

 人間達は正常な判断を取り戻しつつあった。

 だけどそんな人間達を、再び奈落に突き落とす事態が発生した。


 ぶおぉぉ………ぶおおぉぉぉ……ん


 どこからともなく、妖しげな角笛の音がした。

 唐突なその音に、ざわめく人間達。

 そのざわめきが止まないうちだった。それが出現したのは。


 それは、巨大な炎の柱。

 竜が放った竜巻が、尋常ではない深紫色の炎を纏って炎の竜巻と化す。

 そしてそのまま炎の壁となり、人間の陣営を隙間なく取り囲んだ。

 天をつく紫色の炎は、雲を巻き込み、空を飲み込んだ。

 異常な事態に、人間達は恐怖と絶望に震えてしまう。

 それは、クリュスの放った炎だった。

 竜に炎の柱と、クリュスは二重の仕掛けで人間を絶望させる。

 こんな真面目な仕事ができるなら、何故最初からしないんだ。

 クリュスとレイヤは囮の使命を全うし、銀河の薄い存在感を完璧に空気にしていた。

 二人と一頭がド派手に攪乱している隙に魔王が、羊鬼を救うため領主の館へと侵入する。

 

 だけど魔物側の誰も、そして人間側の誰も気づかなかった。

 一体何に勘づいたのか、それとも偶然なのか…

 勇者を名乗る少年が、同じく領主の館へと飛び込んでいったことに。


 深紫色の炎が天を舐め、地を走る。

 そんな中で、あってはならない邂逅が行われようとしていた。

 最強でなければならない魔王と、未だレベル1の勇者。

 そこは魔王の城ではなく、魔物の住む世界でもない。

 小国の領主の館であり、人間の住む世界である。

 魔王と勇者の邂逅が、こんな所で行われて良いはずがない。

 此処での二人が出会うことなど、あってはならないのだ。

 では、一体どうしたらいいのだろうか。

 魔王と勇者の二人は、己の仇敵が此処にいることを、全く知らない。

 そんな状態で彼等は、一体どうするのだろうか…。




混沌の使者(=クリュス&レイヤ)

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