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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
羊鬼の村
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3.梅千代の哀願






 トトヨ国に銀河達が辿り着いたとき、状況は切羽詰まったものとなっていた。

 羊鬼達が領主の館に立て籠もるのも限界となっていた為だ。

 館の周囲を大勢の騎士達が取り囲み、状況は今にも攻め込まれそうになっていた。

 その様子を、銀河達は闇に紛れてそっと見ている。

 状況の苦しさに眉間に皺を寄せ、これからどうするのかを思い悩む。


 騎士団長の隣にいる少年のことなど、誰も気にとめもしなかった。

 銀河も、レイヤも、クリュスも、誰も。

 まさかそれが、羊鬼を苦況に追いやった張本人とは知らず。

 銀河の宿敵として運命づけられた、勇者などとは思わない。

 もしもそのことを知っていれば、状況はまた変わっていたろう。

 阿鼻叫喚の方向で。

 未だ力の弱い勇者を倒すために、クリュスや、大勢の魔物が血を求めていたことだろう。

 己の知名度などないに等しかったことを、エリックは感謝するべきだった。

 だけど名誉につられて勇者となった少年は、知らずに自分が有名になることを望むのだ。

 無益な争いを嫌う銀河は、己を取り巻く周囲のことなど全く理解しないまま。

 ただ、羊鬼達をどうやって救ったものかと思案する。

 

 銀河達は、ほんの少数でここにいる。

 それは大勢で詰めかけて、人間に見つかることがないようにという銀河の配慮だった。

 銀河は魔王だが、本人の意識の上では人間のつもりである。

 決して人間と魔物の戦争を望んでいるわけではなかった。

 ただ魔物の権利を侵害されることなく、平和の上で共存できれば満足だったのだ。

 その為には、その夢を実現するためには、過剰な戦力によって人間を殲滅することなど以ての外としか言い様がない。

 平和主義の魔王など奇妙な物だが、銀河は優しい少年だったのだ。

 誰かが傷つくのを、見ることすら嫌う程に。

 そんな銀河の主張で結成された、即席の少数パーティ。

 あまり数を使わない策と、多くの人間達を惑わせることが銀河達には求められていた。

 彼らが本気になれば人間の百人や二百人、一瞬で消滅させることも可能ではあったのだが。

 銀河はゆっくりと仲間達の顔を順に見ていき、その役割を確認していった。

 初めに目をやったのは銀河の隣に座っている少女。

「レイヤ」

 農村の生まれである彼女はただの人間でしかなく、戦わせることなどできるわけもない。

「じゃあレイヤ、君は攪乱部隊の副隊長ね」

「んー、解った。じゃあ、せいぜい混乱させるわね」

 ビシッと親指を立てて、レイヤは良い笑顔でやる気たっぷりに元気なお返事。

 その背後に、まるで狼のような気迫が見えた。

 ゆらりと立ち上り、物騒な咆吼を挙げる狼の幻影が見えた気がした。

 普通なら引くはずのその光景。しかし銀河達は全く気にしない。


 銀河は普通にレイヤから目を外すと、自分の向かいに座っていた吸血鬼へ視線を寄せる。

 何かと常識では計れない奇抜な行動の多い、掟破りの吸血鬼だが、その実力だけは本物だ。

 だてに不死人系魔物の長をやっている訳ではないらしい。

 そして銀河は、彼のその素行に相応しい任務を与えた。

「クリュスさんは、攪乱部隊の隊長をよろしくお願いします。せいぜい派手に、人間の方々を混沌の渦へ叩き落として下さい」

「任せてください。そういうことは大の得意です」

「それじゃあ、攪乱部隊隊長のクリュスさんと副隊長のレイヤは、二人で細かい計画を詰めてから好きに動いてくださいね。何をやっても、僕は笑って流すと約束しましょう」

 にっこりと笑顔で、銀河は顔に似合わず大雑把なことを言った。

 そんな彼に、危ないなとクリュスは遠い目で空を仰ぐ。

 何だか最近、銀河が周囲に毒されてきていると思った。

 毒した本人の持つべき感想ではない。


 次に銀河が視線を向けたのは、梅千代。

 しかし梅千代は、もう既に小さな子竜ではない。

 この三ヶ月…銀河とごろごろ遊ぶ中でも身体は育ち、いつの間にか立派な若竜だ。

 魔王城があるのとは別の大陸である此処まで銀河達を運んだのも、梅千代だった。

 その大きさは未だ親竜には及ばないものの、人間の2~3人ならば既に乗せて飛べる。

 それだけの大きさに、梅千代は育っていた。

 大きな四枚の翼を持つ、空を飛ぶことに突出した竜。

 優に小山程の大きさのある飛竜。

 今では銀河お気に入りの騎竜として、誇りを育て始めている。

 だけど梅千代は、魔王城で安穏と育った飼い竜でもある。

 闘争、騒乱、揉め事とは無塩に育ってしまった。

 兄弟達が既に経験している様な血みどろ行為を、一度もしたことがない(何しろ、餌付き)。

 そんな梅千代にとって、今回のことは初の揉め事なのだ。

 銀河の視線を受けて、梅千代はゆっくりと頭を垂れる。

 悠然と振る舞っては居ても、内心では初陣への不安と緊張で心臓がバクバクしていた。


 銀河は飛竜の首を優しく撫でると、ハッキリした声で告げる。

「梅千代は、クリュスさん達の事を手伝ってあげてね。二人の言うことをよく聞くんだよ。何も怖がることはないからね。大丈夫、大丈夫だからね」

 梅千代の大きな目に、優しい飼い主の背後がくっきりと映る。

 そこには隊長(クリュス)と副隊長(レイヤ)の気迫に満ちた怪しい笑顔が…。

 それを目にした梅千代は、ビクッと竦んで目をそらせずにいた。

 蛇と真正面から遭遇した蛙のように、恐怖の目で隊長と副隊長を凝視している。

 その大きな目からは、涙がこぼれそうだった。

「…梅千代、どうしたの?」

 明らかに様子のおかしい愛竜を、銀河が心配する。

 彼の目は、背後の二人まで見通すことができない。

 竜は、一生懸命に長い首を左右に振り乱す。

 それは言葉による意思疎通のできない飼い主への、必死の意思表示だった。

 嫌々をする竜が、銀河は可愛く見えた。

 背後を見ていない銀河には、それは飛竜が自分と離れるのを嫌がっている様に見えたのだ。

 それもあながち間違いではない。

 竜は必死に、お願いだから離れないでと、この二人の傍に置いていかないでと訴えていた。

 だけど銀河は気づかない。

「お願いだよ、梅千代。あの二人が暴走したら、君が何とか二人の暴走を止めてあげてね」

 気づかないどころか、更に無理難題を押しつける。

 梅千代はこの優しい飼い主がとても大好きだったけれど…

 飼い主の鈍さに涙しながら、彼はがっくり項垂れたのだった。


「それじゃ、残りの僕とサルメさんはクリュスさん達が人間の注意を引いている間に、羊鬼くんたちを救出する役で良いですか」

 銀河は己のペットの嘆きにも気づかずに、残り一名の仲間に顔を向けて同意を求める。

 そこにいるのは黒い黒い、石油のように真っ黒な靄だった。

 だけどそれは、ただの靄ではない。

 注意深い者なら、その靄がよく見れば馬の形を取っていることに気づいたことだろう。

 目だけが赤く輝き、黒い体が揺らめいている。

 実体のない黒駒の姿をした魔物、サルメ。

 サルメはトトヨ国に住まう魔物を取り仕切っている夢魔(ナイトメア)だった。


 銀河の言葉に、サルメはただ無言で、頷いただけ。

 性別さえも定かではない彼は、まるで品定めでもするような目で銀河を見る。

 実際に彼は、新しい魔王の手腕を確かめる為にここにいるのである。

 今のところ銀河に大人しく従ってはいるが、一度でも銀河のことを失格だと判断すれば、すぐさま銀河に逆らってでも独自の判断で羊鬼の問題を片付けるつもりだった。

 魔王への忠誠心がないわけではない。

 だが、それとこれとは話が別だというのが彼の主張で。

 無能な上司の下で戦っても、無駄に労力が費やされるだけだと彼は知っているのである。

 そんな厳しいサルメの論にも、銀河はただ苦笑するしかない。

 自分が無能であることを一番よく知っているのは、銀河自身だった。

 銀河のことを無能だと一番思っているのは、銀河自身だった。

 そう、銀河は己のことを無能だと思っているのだ。

 経験の不足と知識の不足が、補えない程に壊滅的であると、誰の目にも明らかだった為に。

 こんな自分が、有能であるはずがない。

 そういって落ち込むのは簡単だった。

 だけど銀河は、立場上は落ち込んでばかりいることが許されていない。

 今が無能でも、これから正しい判断ができるように。

 有能にはなれなくても、せめて無能とは呼ばれない程度にはなりたい。

 一生懸命な気持で銀河はそう思う。



 熱意も新たに銀河はもう一度、頼もしい仲間達を見回した。

 ………そこにいたのは、なんとも纏まりのない集団だった。




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