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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
羊鬼の村
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2.羊鬼達の災難




 二人が羊鬼の捕虜となり、五日後。

 二人の虜囚生活に、変化が訪れた。

 目の前に、一匹の羊鬼。

 たった一つの目をキョロリと動かして、羊鬼は納屋へ入ってきた。

 その足取りは、彼が下っ端などではないことを示している。

 羊鬼は、厳かな声音でゆっくりと告げる。

「話し合いの結果、裁可は下った。お前達に関する決定を告げる」

 思ったよりも流暢な人間の言葉が羊鬼の口から流れる。

 羊鬼が人語を使うことに驚きつつ、エリックはいよいよ殺されると喉を一つ鳴らした。


 エリックは知らなかった。

 とある階級以上の魔物になると、人間の言葉を理解するくらい造作もないことを。

 目の前の羊鬼が、魔物として上位の知性を兼ね備えていることを。

 そして人間の言葉を喋れない程の、雑魚といえる魔物しか己の故郷にはいなかったことを。

 自分が、それほど平和な国に生まれ育ってきていたことを、彼は知らなかった。


 ちなみに銀河の城にいる魔物は、全て人語を理解できる。

 しかし声帯の関係で発音できないモノが殆どである。


 混乱するエリックの前で、脈絡もなしに羊鬼はいきなり言った。

「お前達は催眠術で記憶を消され、この村から叩き出される」

 その言葉を聞いた瞬間、エリックの意識は薄れ………




 次にエリックが気づいた時、そこは人里近い街道の上だった。

 大きな木の幹に背をもたせかける形で、寝ていた自分に気づく。

 だが、自分が何故寝ていたのか、そもそもどうしてこんな所にいるのかが思い出せない。

 幸い荷物に欠けた物はなく、忌々しいことに自分の剣までが手の届くところに置いてある。

 確かめる様に剣を手に取れば、最早慣れてしまった重みを確かに感じる。

「チッ」

 思わず舌打ちが漏れるが、それは紛れもなく本心からだった。

「俺、今まで一体何してたんだろう…」

 頭の中に大きな空白がある。それがどうしてなのかが解らない。


 目覚めたエリックの側にご丁寧に揃えられた荷物に、欠損などない。

 それは無論のこと、あの羊鬼達が返したからだ。

 羊鬼は「えっさ、ほいさ」と二人をここまで運び、親切に荷物も全て運んでくれた。

 しかしエリックは、そんな羊鬼の苦労など知らない。

 それどころか、彼等の苦労を踏みにじる。

 エリックは、記憶の空白に全く納得できなかったのだ。

 一所懸命、頭を抱えて思い出そうと試みる。

「そうだ、俺…確か山越えを」

 そこまでは思い出せるのだが、山越えの後が思い出せない。

 そこで、ひとまず隣で寝ていたシャロンを起こすことにした。

「おい、シャロン、シャロン。起きろよ」

「うぅ~ん…あと十五時間……」

「・・・微妙に強気だな、こいつ。いいから起きろよ」

 そう言ってエリックが更に揺さぶると、つい力が入りすぎた。

 シャロンの体が中空を泳ぎ…地面の上へと倒れ込む。

 その拍子にシャロンは頭を打ち、否応なく目は覚めたようだ。

「エリックさん、何するんですかー…!」

 痛む頭を抑えつつ、シャロンが抗議の目を向ける。

「それよりシャロン、どうしてオレ達こんな所で寝てんだ?」

 エリックは話題を逸らして逃げつつ、一番の疑問をぶつけた。

「………エリックさん、覚えてないんですか?」

「シャロン、覚えてるのか?」

「いえ? 私も覚えてないんです」

「シャロンも? 二人とも覚えてないって、一体…?」

 訝しげな視線で周囲を見渡すエリック。

 周囲を窺うのに忙しくて、逆に近くに視線は通らない。

 彼はシャロンが何やら含みのある目線で自分を見ている事に気づかなかった。


「どうして思い出せないんだ? 俺は何してたんだ?」

「…思い出さなくても、良いと思います」

「え?」

「いえ、何でもありません」


 何が何やら解らないという顔で、シャロンを見るエリック。

 彼は、剣がずっと沈黙していることを不思議にも思わなかった。

 もはや密入国でビクビクしているどころではない。

 エリックは頭の中の空白に漠然とした不安を抱えていた。

 彼がその空白を埋める記憶を思い出すのは、三日後のことだ。



『お主、本当に思い出せないのか?』

「へ?」

 それは宿場町の小さな宿屋、朝の目覚めに受けた一言。

 剣はこの三日、ずっと不機嫌だった。

 エリックはそのことを大したことだとは思っていなかった。

 だが剣の苛々した声を聞いて、やっと何かが変だと気づいたようだ。

『情けない…本当に情けない。何故にお主はそこまで愚かで無能なのだ。お主は勇者であるというのに、どうして魔物の良い様になって平然としていられるのだ!』

 こんなに凄まじい剣幕の剣を、エリックは初めて見た。

 剣に触れてみると、びりびりと激しい振動が手に伝わる。

「おい、お前の尊大な口調は、いつになったら治るんだ?」

『お主に勇者の自覚と、それに相応しい力が見られるようになったらだ! 恐らく一生待っても、そんな日は来ないだろうがな!』

 だったら何で、俺を勇者に選んだんだ。

 エリックはそう思わないでもなかったが、命が惜しいので口に出したりはしなかった。

『お主、健忘症になるには早すぎるぞ。たかが催眠術ごときで何故、記憶が改竄されるのだ。娘は平気だったというのに…!』

 剣の深い嘆きは、剣に触れるエリックにも痛い程伝わった。

 文字通り痛かった。

 反則としかエリックには言い様がないが、刀身からビリビリ電撃が流れ出し、エリックを感電させている。接触した部分からエリックの身体を操作し、手を放すことも叶わない。

「お前…っ こんな事ができるなら、魔物にしろよ!」

『五月蠅い! お主のような無能は、一度痛い目を見るがいい!』

不気味な黒い電流が、エリックの腕を伝い、頭にまとわりつく。

『我に尊敬して欲しければ、この程度の術は一人で解けるようになるのだな!』

 その声と共に電撃は勢いを増し、容赦なく主人を攻撃する。

 やがてエリックの意識は焦げ付いた様に熱と影を纏い、意識を失った。

(…俺、何か最近、こんなんばっか?)

 薄れいく意識の中で、何となく、そんな気がするエリックだった。


 

 剣による電撃攻撃を受けた後…エリックは、全てを思い出していた。

 剣をひっつかみ、荷物を掴んでエリックは宿を出る。

 その様子に驚いて、シャロンも宿を飛び出してくる。

 シャロンは走り出したエリックを追いかけ、併走する。

「エリックさん、どうしたんですか?」

 その声に、怒りに燃えるエリックの声が応える。

「シャロンは知らないだろうが、俺達は魔物に操られてたんだ! 何を企んでるか知らないが、このままにしておけるか!」

 記憶を改竄されたことにエリックの腸は煮えくりかえっていた。

 おまけに、無意識下に剣による魔物への疑惑を植え付けられ、煽られている。

 しかし記憶を消されただけで「操られていた」とは言い過ぎの様な気もするが、今まで貧乏籤を引きまくったエリックの被害妄想は、一度突っ走り始めるとキリがない。

 そして彼は、魔物を悪い物だと決めつけていた。

 羊鬼が自分達のことを平和主義者だと言ったことも信じずに。

「エリックさん? 思い出したんですか?」

 エリックの言葉に瞬きを繰り返し、シャロンが驚く。

「思い出した…って、シャロン、覚えてるのか!」

「えぇと、実は忘れてません。精神操作が無効になる魔法を、予め自分にかけていました」

 歯切れ悪くだったが、シャロンは正直に自分がどうして忘れなかったのかを白状した。

 その言葉を聞くことで、エリックは自分が未熟者だと改めて噛み締めることになる。

「あのう、それでエリックさん、どうするんですか?」

「魔物の村なんて存在、知ったからには放っとけるか!」

 簡潔な、エリックの言葉。

「それじゃあ、このまま勝負に行くんですか?」

「このまま突撃しても、また同じ事の繰り返しだろ。近くに城があったから、そこの奴らに話して、人数を集めてから攻撃だ! 数と勢い揃えりゃ、多分何とかなる!」

 エリックの言葉に、目を見開く程驚くシャロン。

「エリックさんも、一応考えたりするんですね!」

 そう思われても仕方がない素行だが、シャロンは正直すぎる感想を口にした。

 その言葉はエリックが思わず転びそうになるくらい胸に刺さった。

 シャロンは、自分が何を言ったのかも気づいていない様子。

 無邪気に自分を見上げるシャロンを見ては、エリックも怒るに怒れなかった。

 そして思う。

 どうか神様、シャロンが考えてから物を言える子にしてくださいと。



 とにかくこうして、羊鬼の村は人間に発見されるに至った。

 新米勇者とその連れは、羊鬼を追い込んだ張本人だった。

 二人は城へと向かい、魔物の村を見つけたと上告した。

 勇者と言っても信用されず、最初は取り合われなかった。

 だが、エリックは粘り強く危険性を説く。

 やがて真剣なその様子に耳を傾ける人も増え、いつしか信用を向けて貰える様になる。

 一度村の存在を知った城の人々は騒然とした。

 彼らは騎士団に人員を要請し、魔物の村を殲滅するべく人員を投入する。


 羊鬼達は、逃げまどった。

 だが元来頭の良い彼らのこと、彼らはほとんど無傷で村から逃げた。

 そして人々の裏をかき…逃亡よりも、救援を信じての時間稼ぎを選択した。

 圧倒的に弱い彼等では、逃亡しても狩り出されると判断したからだ。

 彼等の能力、体格共に、逃亡生活には向いていなかった。

 だって走っても、幼稚園児並みの速度しか出ないから。


 人里には来るまいと、人間は考えていた。

 だけど羊鬼は、そんな彼等を逆手に取ることに成功した。

 人が出払って蛻の殻と化していた城を乗っ取り、城主の息子を人質に取ったのだ。

 彼らの元に今、魔王が向かう。




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